ルフラン
恋人と喫茶店に入り、僕はいつものようにアイスコーヒーをオーダーする。彼女はアイスティーとケーキを頼んだ。携帯を忙しなく操作しながらそれらを待つ。僕はそんな姿を何気なく眺める。まずはアイスティーが運ばれ、彼女は一口啜る。ガムシロップを2つ入れる。蓋はどちらも半分だけ開けてある。ケーキと一緒にアイスコーヒーが運ばれる。ケーキはごく普通のショートケーキ。彼女はこういうとき冒険はしない。夏季限定の西瓜のかき氷があったとしても。アイスコーヒーには赤いストローが挿してある。僕はそれが目が入ると反射的に口に出してしまった。
「あ、赤いストローだ。なんていうか、ちょっと運命的」
すると彼女は、少し驚いたように微笑んだ。
「あれ、入くんって赤色好きだったっけ?」
「うん、赤は嫌いじゃない」
違う、そうじゃないんだ。僕が欲しい言葉は、会話のツールとしてのものじゃない。
「じゃあ今日はいいことあるかもね」
こんなにも悪戯で自己満足な一言が欲しかった。
彼女がパジャマのシャツを裏表反対に着たり、1人用のアイスを2日に分けて食べたりしたとき、ふと君を思い出すことがあった。そんなとき、どうしようもない罪悪感に塗れ、人間として生活することすら許されないような感覚に陥る。惰性で彼女に恋してるような、モヤモヤとした灰色の感情が渦となって体ごと巻き込み、視界をぐるぐると回す。脳が映像を見せる。いつの日かの君との記憶。君を思い出すトリガーは僕にさえ分からない。言うなれば、それは何十年も前に仕掛けられた地雷だ。いつそれに踏み込み、爆発を起こすのか。処理を間違えれば何もかもが壊れる状況で、僕は今日まで生きている。いや、死を延長している、というべきだろう。
ひとつ分かるのは、季節が繰り返されるたびに思い出すということ。思い出は映像として脳にしっかり記憶されている。それを、回る四季が自動的に思い出させる。
桜が散る川辺でレジャーシートを敷き、手作りの弁当を食べていた。よく晴れた空は、今にもどんよりとした雲に覆われそうになっていた。風が涼しくなってきて僕たちは急いで帰り支度をする。猫目の三白眼が僕を見つめる。
「私は桜も、俄雨も、刹那的でどっちも美しいと思う。儚さを孕んだ事象はきっと美しい。入くん、分かる?」
そして君は歩き出す。
「だから、過去は美しい。いや、美しく見えるの。私は入くんの過去のこと知りたくない、必ず美化されてるから。でも、"今"何をして、"今"何を思っているかは教えてほしいの。私という存在で思考が埋め尽くされるように、ね」
そう言って振り向いたとき、髪が嫋やかに揺れた。その瞬間から僕は刹那的な美しさをもつものが好きになった。君の髪が揺れるたび、その口が緩むたび、そして三白眼が開くたび、引き込まれていった。この世界にたった二人だけで、僕たちを干渉するものが他にないような、そんなユートピアが聢と存在していた。
だから、“君”を超えるあの春はもう来ない。桜と共に祝福されてきた誕生日も、カーテンが閉まったままの薄暗い部屋で過ごすのだ。どんなに素晴らしい思い出が更新されたとしても、また美化された過去を羨望し、ひとりで夜を明かすことになる。きっとそれが罰であり、報いなのだ。肝心なときに自分の見えているもの、感じているものでしか判断できない。正に今もそうだ。生きる道を分つとき、黒い波が僕を飲み込み、最悪な一手でセルフメイトへと向かう。
僕は未来に期待なんてしていない。これが自分が傷つかない精一杯な生き方なのだ。それに気付いたのは、自分が健常ではないと自覚したときで、そうなればもう手遅れなのだ。しかし、まだ高校生だった君は早くもそう生きていた。そして僕と出会ってしまって、また傷ついた。僕が傷つけてしまった。本当なら流れることのない涙を流し、飲まなくてもよかった薬を飲まざるを得なくなった。それでも君は罵ることなんてしなかった。
救われてばかりの恋だった。僕から何かを与えることなんて出来なかった。だから今も僕だけが“君”に執着している。何歩も先の苦しみを生きて、何十歩先の未来を憂いていた。それが僕には儚さに見えて、そんな姿ばかりが記憶に残っている。あの恋が君とって辛いものになってしまったから、僕はこの先ずっと償わなければならない。何度も立ち止まった僕をその度に見守ってくれていたのに、ひとりで勝手に諦めて、悲劇ぶって、それで生きるのが辛いと嘆いて、本当に最悪だ。本当に、気持ち悪い。もっと自分を強く非難できる言葉なんてたくさんあるのに、こんなときでも言えない。結局自分が大事なんだ。
いや、はっきり言葉にしなければならないだろう。卑怯で、搾取的で、不誠実。独善的で、自己陶酔的、そしてひどく惨め。感性に寄生してそれを浪費する。僕はそんな人間なのだ。
また直ぐ春がやってくる。桜を見ると同じ記憶が巡り、同じ言葉を選ぶ。そうやって繰り返しながら、誰かの優しさや慰めを求めようとする。だから戒めとしてこうやって文字にして、記録に残すのだ。
春が、希望に満ちた祝祭にはなりうることはもうない。
今年も花粉が悪さをするでしょう。それでも変わらぬ生活をお送りされることを、静かに街から願っています。




