09
「僕も毒を疑ってみたけど、問題なさそうだ。赤いだけで済んだのは、ミカロの治療のおかげだから気にしないで」
「申し訳ありません。シオン様」
エイビスは一時離脱していた自分に納得がいかないのか、僕よりも後ろに移動した。
確かに赤くなっているからやけに目立つ。布でも巻いておくか。
僕が手ごろな布を取り出して巻き付けていく。
エイビスは僕の実力に興味があるのか、乾いた喉に水を補給した時のような目で僕と目を合わせる。
マラカスを持っているかのような両手。どうやら力になりたいらしい。
「・・・やってくれるかい?」
「はい、もちろん!」
鼻歌をバックミュージックに高速で札束を数えるかのような手つきで布を巻くと、彼女は目を細め僕に笑顔を自慢してきた。
「ありがとう、助かったよ」
「イチャついてないで行くわよ」
ミカロは毒針のような目つきで僕を見て通り過ぎると、隅にあった茶色い扉を開く。
彼女の毒のおかげで今の状況を冷静に考え直せそうだ。
扉は欠伸を漏らしながら僕たちに新しい道を見せてくれた。
電灯も仕事を終えているようだが、屋内運動場はほぼ一直線の位置にあり、月のおかげで位置も確認できる。見える範囲に敵の姿もほぼない。というよりも明かりがなくて見えない。
先に進もうとしたが、僕の服はフリもなく抵抗を始めた。空気が首に詰まった。
「ぐぇ」
「待ちなさい。アンタ、ここ自動感知システムとかあるんじゃないの?」
「ええ、もちろんありますとも」
頭の血管が凍った。
後ろを振り返ると、コーラを飲んだらアイスコーヒーであったかのように思考が停止したかのように眉を押し下げたミカロの顔があった。
エイビスから続きの返事は特にないようだ。
「エイビス、システムに感知されずに移動する方法は考えてあるんだよね?」
「もちろんです。ミカロの箒を使えば、範囲外の屋根伝いに運動場へ向かうことができますから」
「私、箒なんて持ってないわよ」
初めてエイビスの案に綻びが出たかもしれない。これはこれで少し面白いが、エイビスは口と目を曲げただけの心が込もっていない作り笑顔と今にも飛んでいきそうな右拳が小刻みに揺れていた。
「箒、持っていないのですか」
「だからそう言ってるじゃない」
「魔法使いにとってはトレードマークのようなものではありませんの。学園の生徒は皆持っていますわ」
「知らないわよ。私、風の魔法で移動できるから箒なんてなくても移動できるし」
ミカロに一般が通じないのは経験済みだが、エイビスはほぼ初めてだからなのか、眉間が凝縮されている。
慣れるんだエイビス。僕もよく悩まされるけど。
「まぁいいわ。3分間浮遊できる魔法を使うから、それで問題ないでしょ」
「初めからそれを言ってほしかったですわ。まぁミカロがやけに落ち着いていたので、解決策があるのは気づいていましたが」
震えていた拳に凝縮された眉間。エイビスでも気づけないことがあるらしい。
敢えては言わないが、ミカロが素直に協力してくれるのは何か嫌な予感がする。
それでも手錠より奇妙なダイナマイトは飛んでこないだろう。
「ホントは私を崇めなさい、って言いたいところだけど今回はいいわ」
「安心してください。例えどんな状況であったとしても、私はお断りさせていただきますから」
ほら、飛んできた。ただ相変わらず僕への言葉よりも甘さがあるのは、お菓子をもらえたからなのか。
今は悩んでもしょうがない。
ミカロは杖を握る感触を確認すると、僕たちの前に手を出した。
「さっさとやるわよ。エイビス、アンタも」
「わかった」
「アンタではありません。ちゃんとシオン様とお呼びください。付与魔法は相手を理解している情報量が少ないと、上手く馴染まないと聞いたことがあります」
ミカロの差し出した手が震えた。どうやら魔法の使い方として合っているらしい。
変に刺激しても逆効果だ。落ちたときは何とかしよう。
「シ、シ、シ、シ・・・」
「そんな不吉な言葉を何回も連呼しないでください。シオン様ですわ」
エイビスの言いなりとはいえ、魔法付与の条件は正しいのか、彼女は家族を殺された恨みを晴らすかのような赤い目で僕を睨むと口を横に伸ばした。
「わかってるわよ、シ・オ・ン!」
「そんなに大きな声を出さないでください。誰かに気づかれます」
「アンタだって、さっき鼻歌言ってたじゃない。風の力を与えたまえ、ゲイン・ビュール」
手の周囲が緑色に光り、風が足元から飛び抜けていく。お風呂に入った後のように肩や腕、足も軽い。
これなら空で泳ぐことができそうだ。
試しにどれぐらい飛べるのかやってみよう。
唇に飛び掛かった距離を思い出しながらかかとに集めた力を足先に弾き出す。
「そしたらこの扉を出てジャンプしてみなさい。屋内で飛ぶとろくなことにならない。
・・・アイツはどこに行ったの?」
「シ、シオン様。ご無事ですか?」
そういう注意事項は先に言ってほしい。
お陰で2階に首だけお邪魔している。風に守られているお陰で傷はないが、宙を浮いている四肢の感覚がスライムを触ったような感触でなんとも気に入らない。
仕方なく相棒で首周りの部分だけを繰り抜くと、ミカロは引き戸を押している人を見ているような目で僕を見ていた。
流石のエイビスも思考が凍っているのか僕から目線を離して話そうとはしてくれない。
「早く行こう。遊んでいる暇はない」
「そうね。私はアンタがどこかの天井に突っ込んでいったとしても、助けないからよろしく」
はいはい、わかってるよ。と彼女の返答を隅に弾く。ミカロ、エイビス、僕の順で飛び出す。羽でも生えたかのように体は空を泳ぎだし、出口が小さくなっていく。
エイビスが少し下から手を振ってきた仕草を合図に移動を開始した。
午前三時。流石に近くに見回りをしている人物はいないが、裏庭に赤いレーザーが絶え間なく働いている。
室内運動場に立ちふさがる冷えた鉄扉を確認できる位置まで移動すると、ミカロが言っていたように泳ぐ勢いが弱ってきている。
ミカロは地面を指差し下に下がっていく。
そういえば、コレどうやって降りるんだ。先に聞いておくべきだった。
歩いた先で地雷を踏んだような感覚だ。変な汗が手に染み付く。
下を見ると、エイビスがバンジージャンプでもするかのように頭を下に向け地面へと突き進み、階段の傍で体を翻すと、ミカロが彼女の方角に手を向けた。
「リビュール」
エイビスの周りから緑のベールが消え、足と地面の触れ合う音が響く。
ああやって降りるのか。
彼女の降り方を参考に僕もミカロに風魔法を解除してもらう。相変わらずミカロはどこか不機嫌な表情で僕を見ている。
残念ながらここにお茶菓子はない。
餌付けというのもそれはそれで問題だが。
エイビスが扉に手をかけようとすると、ミカロは手で道を塞いだ。
「ところでさっき話してたヤツ、何か戦闘の情報が欲しいんだけど。まぁアンタより弱いんだろうけど」
「彼は私と同じ剣使いですわ。重い剣を使う割りに動きが速いことが主な特徴です。その特徴を活かして団体戦の作戦を立てている、というのが私の推測です」
今まで戦ってきた人物、といっても最初の一人はいきなり吹っ飛ばしてしまったから、あまり覚えがない。
だが戦った感じだと、これから会う彼が主力であることはまず間違いないだろう。




