06
「着きましたわ。シオン様、私は学園で少し
用事が残っていますのでここで失礼いたします。この先にいる者には既に連絡をしてありますので、何か確認をされたらエイビスの友人であることを伝えていただければ問題はありません」
「そうか、分かった。どのくらいで戻れそうか聞いてもいいかな?」
「恐らく1時間ほど後になるかと思います。私も居候の身ですから特に心配はご無用ですわ。それではまたお会いましょう」
彼女は僕に一礼をすると、落ち着いた流れのある足で僕たちから離れていく。察してくれるのは非常にありがたいが、その中で1つ覚悟しておかないといけない。
彼女には、嘘がつけない。嘘をついたとしても見抜かれてしまう。彼女を守るために嘘をつく必要があるとしたら、脳が焼き切れそうだ。
ミカロが急かす前に鉄扉へ手をかざすと、砲台が動き出すような重く独りよがりな音が響き、鉄扉が退き屋敷の入り口が姿を現した。
石材で敷き詰められた円状の通りに対し各方角を守るように首が痛くなるほど高さのある4人の剣士が石像の姿で待機している。ドルフェリアでは入口に銅像を飾る文化があるのかもしれない。誰かがいると言っていた割にはまるで日が昇る前のように音が届いてこない。ひとまず扉を開けて彼女の伝言をそのまま伝えよう。扉にアルティウス、と書いてある。この屋敷の持ち主の名前だろうか。
「そちらはご主人様の専用口です」
真横からするか細い男の声。僕は正面に相棒を構える。執事のテンプレートといわんばかりにタキシードを着こんだ白髪の男は僕へ挨拶代わりに手を向け心優しく笑った。
空気に溶け込んだように気配がしなかった。
もし敵だったらやられていた。吹き付ける一筋の貫くような風。頬の汗を拭うと彼の髭が動く。
「少し驚かせてしまいましたかな。エイビス様からお話は伺っております。どうぞ、こちらへ」
芯のある翡翠色の瞳。ゆっくりと相棒を背中に戻すと、白髪の男は背中を向けて僕たちを部屋の場所まで案内してくれた。案内されたのはベッドが4つは並ぶ広さに対して4人で使えるサイズの円卓と椅子が用意された簡素な部屋。興味の惹かれる複数の花々の形を重ね合わせたような模様の赤い絨毯。二人分の高さはあるであろう赤いカーテン。暖炉では時折炎が怒りを見せては僕たちを威嚇してくる。図書館にあるのと似たケーキスタンド。ミカロはまた味わいの時間に入ってしまった。
武器を預けるかどうか聞かれたが、認知の実力差を見せつけられてはさすがに許容できない。
「それではエイビス様が戻られましたら、またお伺いいたします。ゆっくりとお寛ぎください」
扉が閉まるまで彼は頭を下げていた。思ったよりも執事だった。本当は暗殺者かもしれないが。通信端末が珍しく構うように震えた。
メッセージは1件。誰が送ってきたのかは想像がついている。またお買い物コースだ。
だが、メッセージを開くとそこにはミカロと名前が入っていた。
『どこかで聞き耳を立てられているかもしれないから、通信で話すわよ』
彼女のいるテーブルを見ると、フォークで紙を回し集めながら右手で自前の通信端末を振ってきた。話してこなかったわけじゃなく、彼女なりに何か対策を考えていたのかもしれないな。
『わかった。エイビスや執事の人と関わった限り裏切りそうには見えない。君はどう思う?』
『私は二人や他の人が敵になることを考えて立ち回るのが一番得策な気がするわ。ロクサリエンの情報を素直に教えてくれるわけもないから、情報を零させるためにわざと親しくようにも見えるわ。それよりアンタ、エイビスの元カレなの?』
そういえばミカロが唯一気になったのか、わざわざ聞いていたな。実際のところ、あれほど聡い女の子を覚えていないことについて自分を疑いたくなる。実際、エイビスの涙については夢のことのようにも感じる。柑橘の香りが近づいてきた。景色を見るふりをすると彼女は僕に沸騰したような笑顔を見せた。ハイハイ。
『さてね。残念ながらあんなに印象的なのに、覚えてはいないよ』
『鼻は伸びてたのに?』
『知るか』
『ひとまず夜に試したいことがあるの。上手くいけばあの子が私たちを捕まえようとしているのか分かるかもしれない』
ミカロは今までの言葉が溜まっていたかのようにいつになく多すぎる文字で作戦を伝えてきた。階段で返答したあの対応力。エイビスの聡さが勝るのか、魔法による幻想の実現が勝るのか楽しみだが、実際に実行してピンチになるのは僕だけなのが納得いかない。だが、いきなり殴って状況が悪くなったので龍に乗って駅に逃げる作戦よりは最も効率的にも見えてくる。いや、比較対象が誤っているな。
『何か質問は?』
『いや、特にない。良い作戦だと思う』
『当然でしょ』
ミカロがテーブルに置いた小瓶を受け取り、念のために中身を確認する。特に香りはしないほぼ透明な白い液体。味は紅茶のような苦みがある気がする。
小瓶をゆっくりとポケットにしまう。テーブルには一冊の分厚い教科書サイズの本があった。アルティウス学園参考資料。この学校のことか。中身を見ると学園のルールや概要について頭が痛くなるほど埋め尽くされた文字で書かれている。ひとまず剣士と動物使いと魔法使いと戦略家を育成していることはわかった。
入口から鳴り響くノックの音。桃の香りが流れ込み、緑髪の彼女が姿を見せた。サファイアを含んだ紺色に加えて階級を示す金色の装飾。光を弾く肩章に純白のスカートの服装。いくら居候と言っても、彼女を怪しく感じるのはやむを得ないだろう。
「シオン様、ミカロ、お待たせいたしました」
「紅茶があったから助かったよ」
「ま、突然押しかけてきたんだから気にしてないわよ」
なんだ。これは僕に何かあるのか。単純に性別なのか。ここを出た後に試してみたいが、そこまでの興味があるわけでもない。
白髪の男は僕たちに新しい紅茶を入れると音を立てずにケーキスタンドを回収し扉を挟んで見えなくなるまで礼をしていた。正直なところ、彼が一番の脅威だがミカロがあまり気にしていないことが気になる。今回の紅茶は少し甘い。これがエイビスの好みなのか。
「アルバートさんが気になりますか?」
「いや、特に何がというわけではないけど、音を立てずに仕事をしているのが不思議で気になっていただけだよ」
「ええ。実は私もなれるまでに一番時間がかかった方ですわ。少しだけ心臓に悪い方でしたので」
紅茶の味とは裏腹にエイビスの笑顔は少し苦みを含んでいる。言葉にはしていないが、同じ職業を考えたようだ。
「それで、明日の作戦は考えてあるの?」
「もちろんです。私がこの学園を出ることについては一時的であれば問題なさそうですが、1つだけ片づけておきたいトラブルがあるんです」
エイビスは紅茶のカップを空にしてからノートにまとめた人間関係を見せてくれた。ルミアールという文字とエイビスファンクラブが気になる。アイドル活動でもしているのだろうか。
話が長くなりそうなので、新しい紅茶を用意する方法についてエイビスに聞くと、彼女は苦みの抜けた笑顔で僕に1つずつ教えてくれた。蓋をして3分蒸らす。香りがより一層深まっていくのが分かる。
「何、ファンクラブって。自慢?」
「いえ、非公式の団体ですわ。けれど私が病気になると、どうにかしてここに侵入しようと企てた方が何人もいたそうです。遠く離れることを告げるとどのような行動に出るのかも分かりません」
発信機とは考えにくいが、確かにエスカレートして付いてくる人物はいるかもしれない。
それにファンクラブの中に少なくともロクサリエンを恨んでいる人がいてもおかしくはない。蓋を外すと香りの子供たちが空へと飛んでいった。
「そこで、シオン様には私が転校する発表と共にボディーガードとして紹介したいと考えています」
「なるほどね。でも自分たちの方が信頼できませんか。
ってファンクラブの人たちが言ってきたらどうするの?」
「シオン様が私の信頼できる彼氏であると伝えます」
「ぶはっ」
頬からこぼれていく甘い香り、喉の焼ける感覚のせいで意見を言おうとしても何度も紅茶が出てくる。背中を撫でる感覚がすると、空を得たように紅茶たちは喉の奥へと消えていった。思った通り香ってきたのは桃の香りだ。




