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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第一章【遭遇】

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05

傷だらけのベンチに筋肉潔白とスローガンの描かれているロッカー。エイビスは柱を僕に突きつけた。いや、よく見るとそれは劇物の入れ物だった。


「昨日もあまり寝ていないのではありませんか? こちらを飲めば少しは気分も晴れるかと」

「大丈夫だ。久しぶりの任務で少し高ぶっているだけだから」


彼女は隣に座り観察をするように僕の顔をパノラマ撮影のようにゆっくり見ると、僕に肩を預けて頬にカップを当ててきた。暖かいというよりも明らかに熱い。


「嫌がらせかい?」

「いえ、思ったよりも可愛い回答でしたので、ついイタズラをしてしまいたくなったんです。」


彼女は僕のありのままを聞いたからか距離を取りカップの中身を自分へと取り込んでいく。


「それにしても不思議なご縁ですわよね。まさか私たちが」


エイビスの声が消えた。違う。彼女の口は問題なく動いているように見える。話し終えたかと思えば彼女は手を添えてその場に彩りを添えるように笑った。その笑い声すら僕には聞こえてこなかった。まだこんな情景にいたいと思ったのはいつぶりだろう。


「シオン様!」


読み古された本のような色をした天井と対比している光すら通さない緑のショートヘア。紫の瞳は僕を見ると、細く歪みを見せた。

僕は彼女に膝へ乗っていることに対して焦りを覚えて飛び起きた。


「ありがとうエイビス」

「とんでもありません。それよりも急に起き上がってよろしいのですか。よろしければ私を枕代わりにしていただいても構いませんが?」

「いや、それよりも早くここを出ないと」


時計がひとつ進んでいる。ここへ歩いてくる音がなく、心の音だけが僕を揺らす。いつまでも運が良いとは限らない。目的のエイビスも見つけ出せた。後は一度戻るだけだ。


「エイビス、悪いけど僕たちはここにいるわけにはいかない。ペンダントの謎を解くためにロクサリエンに来てもらえるかな?」

「ロクサリエンですか。申し訳ありませんがお断りさせていただきます」


どういうことだ。さっきの枕云々の優しさはどこに消えたんだ。口は思わず凍ってしまった。さっきまでが夢のように芯のある瞳に距離の感じる言葉。僕は夢に戻ろうと瞳を閉じた。ページは変わらない。話すしかないか。


「断るってどうして?」

「大きく二つの問題があります。1つは私がとても目立つ存在であること、そして2つにロクサリエンに向かう公共交通機関がないということですわ」


クリームパンのようにしっとりと悪魔のような事実に僕は顔どころか頭の考えすら固まった。エイビスは申し訳程度に僕へと近づくと桃の香りをなびかせて僕と腕を絡ませた。

鼻の上を泳いでいたはずの香りは喉を通り過ぎ、さらには手にはしっとりとした白い果実のように柔らかな感覚。対等なはずなのにいつの間にか彼女のペースになっている。人気と自負するだけのことはある。

彼女は僕の目を見て希望を指さした。


「しかし心配はありません。今回についてはシオン様の安全を確保でき、私たち3人が一緒にいる状況が揃えばよいのだと推察できます。本日は作戦を考えるために1日だけ時間をいただけないでしょうか」


確かに内容は悪くない。今日会っただけなのに、僕の仕事や配慮すべき要素すら見えているのではないかという考えすら隠れているような気がする。ペンダントで出会う人は大抵とんでもなく魅力のある人たちなのかもしれない。


「分かった、それで行こう」

「かしこーー」

「えー、私は反対だなぁ。なんか信用できない気がするし。私たちのことを捕まえようとしているようにも見えるなー」


ミカロは4段に並べられたスイーツやサンドイッチ、クッキーの傍にある席へと座ると、食べることに対しての礼儀を済ませて味覚を味わい会話を止めた。ここがドルフェリアでなかったら、恐らく龍が飛んでいただろう。

 エイビスは手を皺くちゃにすると、龍を呼び起こすような力の入った眉でミカロへと目線を動かし指さした。


「あなただけには言われたくありません。まずその話し方、本来のあなたとは違うのではありませんか?」


彼女はまた見るだけで真相を当てた。紫に光るその瞳には何か特殊能力が隠されているのか。それともエイビス自身の才能なのかはわからないが、龍を呼び起こしそうなことだけは間違いない。これ以上は嵐だけでは済まない。僕は彼女たちの間に割り込み互いの目線を確認する。やはりお互いの目は今にも武器が飛んでいきそうなほどに研ぎ澄まされていた。

 不思議なことに貫きそうな目は僕を見るとたわんだようにも見えた。


「ま、望み通りにいつもの話し方でいてあげるけど、私の言ったことも一理あるでしょ」

「やめろ、ミカロ。彼女もペンダントを持ってる。ここで何があったか知らないが、この場所に一番詳しいのはエイビスだ。彼女の知恵を借りないわけにはいかないだろう」


さてね、と言うように僕の言葉を髪で払いのけると、彼女は味わう時間を再開した。乾きが弾ける音を聞きながら僕はエイビスの詰まった笑顔を確認した。


「邪魔して悪かったね。ひとまず安全な場所まで案内してほしい」

「お気遣いありがとうございます。シオン様も大変ですわね」

「君ほどじゃないよ」


このまま彼女とお茶会を進めるのも悪くはなかったが、またミカロと争いになる気がしたので止めておいた。

ただ、いつかこれまでのやるせない気持ちを何処かで解消しておかないと、後々になって敵として現れてくるような恐怖がしてならない。

 図書館を出ると、床には橙の筆跡が広がっていた。あの心地よい空間に文句はつけたくないが、夜に訪れるのは避けた方が良さそうだ。エイビスは筆跡を身にまとい、僕を見ると影のない笑顔を僕に向ける。不思議とハーブの香りは既に消えていた。


「この時間帯だと、多くの生徒は興味のある事柄に興じているはずです。この隙に移動しましょう」


やはり学校とはいえ敵はいるらしい。僕より小さな体と裏腹に滑るように石材の廊下を歩いていく彼女を僕は小走りで追いかける。僕は敵の目線よりも彼女が歩くたびに手を振ってくるおしとやかな彼女と比較すると少し大きく白い輝きを見せる剣。もしかすると瞳だけでなく、髪にも何かが隠されているのかもしれない。

後ろから近づいてくる時折力強くリズムの速くなっていく足音。足音とは裏腹に弾きを見せない呼吸。敵にしてはあからさま過ぎる。

エイビスでなくとも後ろからミカロが来ているのは分かる。ペンダントも1つのリングが表示されている。

おかしい。なぜ1つなんだ。

顔に飛び込む疑問が爆発するほどの桃の香りと緑の髪。その場を下がると僕は思わず身構えていた。彼女は手で髪を遊ばせて温まった顔で僕とそっぽを度々見つめた。


「す、すみませんシオン様。この先は今騒がしいようです。ひとまずここから裏庭にでましょう」

「いや、僕こそ不注意だった。気を付けるよ」

「いえ、私はその……」

「早く連れて行ってくれない?」


エイビスは僕から目線を反らすと、今度は眉を皺くちゃにして足音を大きくして進んでいった。鉄さえ貫くような針を持った背中を前に僕は苦みのある記憶に残る露を飲み込んだ。

エイビスとほんの少し距離を開けて後に続く。忘れ去られたのか触れると手を放したくなるほど冷たい白く光を反射する扉。彼女と共に奥へと消えていくと、そこには図書館の傍とは比べ物にならない畑と同じくらいの庭園が広がっていた。学校はこの場所を隠すように背を向いている。

噴水が流す心を洗い落とすようなバックミュージックを聞きながら、僕らは赤やピンクなどの暖色で構成された何十にも及ぶ花のアーチを通り過ぎていく。アーチを通り過ぎていく旅に香りが変わる。上を眺めると徐々に1つの建物が僕を驚かせようと大きく姿を見せていく。時計も特にない空色の屋敷。この庭園を見て言うまでもない。心音が警告を知らせてくれる。エイビスはドルフェリアの貴族であるのはほぼ間違いないだろう。

 心なしか後から続く足音も遅い。ミカロの考えも確認しておきたいが、上手くいかなかったら龍を呼ぶことになるのは間違いない。念のために後ろを確認すると、彼女は面倒くさそうに僕を手であしらってまたクッキーを味わう時間にしていた。エイビスの影響を受けて彼女も魔法が解けてしまったらしい。

 アーチを抜けると、人が入るには十分すぎる十メートルはある鉄扉が僕たちに姿を見せる。この扉を通ると、恐らく執事やメイドが待ち構えているに違いない。エイビスはどうにかしてここに入れてくれる算段があるのだろう。ただ何か質問をされてさっきのように程よく上手くこなせる自信はあまりない。

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