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砂の上に敷いたシートの上で、僕とエイビスはロコモコ丼を並んで頬張っていた。炙られたパティと半熟の卵、ソースの塩気が波の音と混ざり合って、なんともいえない幸福感を演出している。
海から吹く風は肌を撫でたように柔らかく、髪を優しく撫でるように流れていた。視界の端には、キラキラと反射する波と、空へ伸びる真っ白な雲。絵に描いたような午後のリゾートだった。
「シオン様」
エイビスがふと口を開いた。ロコモコの器を両手で抱えたまま、控えめに視線を落とす。
「改めてお詫びを申し上げさせてください」
「ああ、あれ? ビンタの件?」
僕は少し首を傾げながら、ほっぺを指でつついてみた。もう痛みはない。
けれど、エイビスはゆっくりと首を振った。
「違います。私が謝りたいのは、ブルームスパイアでの作戦の件です」
「……ああ」
ようやく思い至った。彼女が本当に言いたかったのは、そっちのことだ。
「朝の時は、シオン様が私のことを信じていなかったのかもしれない。それだけをお伝えしていましたが、私もシオン様の実力を信じ切ることができていない部分がありますの。今の家を離れたときから、シオン様は独りで戦いたい方であることは理解しておりましたのに……」
エイビスは空を仰いだ。頬に風が触れ、髪がふわりと舞い、頬にかかった前髪を片手で静かに払う仕草は、まるで潮風に溶け込む一枚の絵のようだった。
「エルジードと戦った時のように、またあなたに危険が及ぶのではないかと、私は怖くて。だからこそ、シャルルローゼスやミカロと連携を取る形で配置をしてしまいました。あなたを信頼していたつもりで、実は信じきれていなかったのです」
彼女の声はどこか弱々しく、けれど真っ直ぐだった。風の音すら遠くに感じるほど、耳に届いてきた。
「僕は……そんなに気にしてないよ」
僕はロコモコのスプーンを置いて、エイビスの方へ体を向ける。
「結果として、無事だったし。何より、君が考えてくれた作戦のおかげで、みんな助かった。それに――」
少し照れくさく笑いながら、僕は続けた。
「こうして、エイビスと並んで食事できてる。それだけで、今は十分だよ。けど、これからはお互いの考えを話して、納得できる戦い方をしたいな」
エイビスは目を見開いたあと、ふっと小さく笑った。
「・・・シオン様は、本当に優しいお方ですね」
「そうかな」
「でも、もう一つだけ伝えさせてください。私自身、あなたのことを理解しているつもりで、全然分かっていなかったのだと気付きましたの。シオン様はどうしてそのようにお優しいのか、どうして独りで背負おうとするのか――もっと知りたいと、心から思いました」
今度は、彼女の手が僕の手に重ねられる。
「それと……少しだけ不純な動機もありましたの」
「不純?」
「以前、デートの約束を果たせなかったでしょう? ですから、ブルームスパイアの行動には、あなたと時間を過ごす口実も含まれていましたの」
ぐいっと体を寄せてくるエイビス。その表情は、いつもの上品な笑顔とは異なり、どこか小悪魔的でいたずらっぽい。僕の肩に触れるほどの距離で、彼女は囁くように言った。
「今夜、少しだけ。別の場所でお話しませんか?」
僕は言葉を返すどころか、脳が完全に停止しかけた。
そんなときだった。
「ん? また妙な空気出してるじゃない」
後ろから声がかかる。振り返ると、そこには手を腰に当てたミカロが立っていた。
「シオン、顔……赤くなってる。っていうか、腫れてる。ちょっと待ってて」
彼女は杖を構えると、小さく詠唱を唱えた。すると、僕の頬がじんわりと温かくなり、さっきの赤みと違和感がすっと引いていく。
「え、ミカロ、回復魔法がもう使えるようになったのか!」
「当然でしょ? 誰だと思ってんの。ワタシにかかればこのくらい、朝飯前よ」
ミカロは顎をわずかに上げ、片眉を器用に日の頭を描かせると、まるで自分が天性の癒し手であるかのように当然の顔で胸を張ってみせた。両腕や手には思い出が残っていたのか、鉛筆の先っぽのような傷が複数残っていた。
彼女は僕の目線に気が付くと、腕ごと後ろに隠してきた。
「ありがとう。助かったよ」
「ふん、礼なんかいいっての。で、二人ともこの後どうすんの?」
ミカロはエイビスと僕を交互に見ながら尋ねた。
「三人で観光でもしてく?」
僕は自然と頷いたが、隣のエイビスは少し考え込むような仕草を見せた。
「申し訳ありませんが、少し宿に戻っておきたいことがございますの。どうぞ、お二人でお楽しみくださいませ」
エイビスはそう言って、静かに立ち上がると、軽く頭を下げてビーチの向こうへと歩いていった。
風がまた吹いて、彼女のパレオの裾が翻る。
その背中を見送りながら、僕は心のどこかで、彼女の本当の気持ちをまだ掴み切れていないことに気付いた。
「ま、忙しいなら仕方ないか。シオン、次はどこに行く予定だったの?」
「とりあえずショッピングでもしようと思ってたんだけど」
ミカロは僕の話を聞きながら上着を脱ぎ、服の下に着込んでいた水着姿をあっさりと露わにする。ワンピースの下から現れたのは、ビビッドな青を基調にしたスポーティな水着で、彼女の引き締まった体にやけに似合っていた。
「そしたら少し泳いでから行こうよ。こんな休み、そうそうないし」
「え、ちょ、ちょっと待って。僕、そういうつもりじゃ――」
「文句言わない。リゾート来てんのに泳がないって、人生損してるから」
もう満足するくらいに泳いだって。そんな僕の意志など全くお構いなしに、ミカロは僕の手をつかみ、そのまま海へと突入する気満々だった。せっかく下調べしていた観光ルートは、あっさりと波に流されることになった。




