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「君は、僕たちの冒険に何度も助力してくれた。あのときの船の操縦だって、君がいなければ逃げ切れなかったかもしれない」
オラクリエはあくびをかみ殺しながら僕を見つめていたが、僕は続けた。
「エイビスも、シャルルローゼスも、ミカロも、それぞれ違う場所や背景を持ってる。正直、最初はまとまるなんて思ってなかった。でも、不思議と今は、バラバラな僕たちが少しずつ一つになっていく気がしてる」
少し照れ臭くはあったけれど、僕は言葉にする。
「だから、オラクリエ。君にも、ちゃんとこのチームの一員になってほしい」
「はぁ……」
彼は頭を掻きながら、呆れたようにため息をついた。けれど、すぐにぽん、と僕の肩を叩く。
「正直、お前らと一緒にいると手間ばっかりなんだよな。シオンは真面目すぎて、話が重くなるし、ミカロは口が悪いくせに情に厚くて放っとけねぇ。エイビスは完璧主義の皮をかぶった天然で、シャルルローゼスは言動がいちいち舞台じみててツッコミ疲れる」
そう言いながら、彼は空を仰ぐと少しだけ口元を緩めた。
「けどまあ、ロクサリエンとドルフェリアが一緒に行動してるってのは記録としても珍しいしな。面倒な連中だけど、面白いって意味じゃ文句なしだ。俺の記録帳に書くネタとしては悪くない。だから、仕方ねぇけど……俺も一緒に行ってやるよ」
そこで、彼はおどけたようにウインクしてみせた。
「なにより、俺の記録帳にはちょうどいい題材だ。“吊下飾を持つ者たちの旅路”ってな。まあ、面倒ごとになったらすぐ逃げるけどな?」
「うん、それでも、ありがとう」
僕は素直に感謝の気持ちを口にした。
このチームの絆は、少しずつだけれど確かに深まっている。
ミカロはシャルルローゼスと回復魔法の修行、どちらかといえば復習を優先する必要があるので、観光をどうするか悩んでいたら、案の定予定を明日に変更する内容のメッセージが届いていた。僕もエイビスとの関係を復元しておきたかったので、タイミングとしては丁度良かった。
なんでも命令できる権利を得たお嬢様はビーチで優雅に海を楽しみたいそうなので、泳ぐのはべたついて少し苦手だが、断る隙間もなく受け入れた。
レンタルショップで水着を借りる必要があったので、男女別々で着替えることになり、僕は青のシンプルな海パンと上着、さらにパラソル付きのビニールシートを借りた。どうせならしっかり休める空間を作りたかったし、何より彼女が望む二人きりの空間にはピッタリだ。
設営を終え、周囲を見渡したとき、彼女の姿が見えた。いや、正確には――囲まれていた。
数人の若い男たちが、エイビスに話しかけている。彼女は水色のリボンが付いたパレオ付きのビキニ姿で、どこか上品なのに目を引くほどに色っぽかった。そのせいで、ナンパの標的にされているようだった。
「申し訳ありませんが、私は待ち合わせをしておりまして」
エイビスが丁寧に断っているのが聞こえる。しかし男たちは引かない。
「いやいや、待ち合わせは後でいいだろ? 俺たちと、もっと楽しいことしようぜ」
そう言いながら手を差し出そうとしたその瞬間、僕は彼女と男たちの間に割って入った。
「ごめん、僕の連れなんだ。彼女、もう一緒に過ごす相手は決まってるんで」
男たちは不満げに舌を打ったが、僕がしっかり目を合わせると渋々引いてくれた。
「待たせてごめん」
そう声をかけると、エイビスはやや膨れた表情で睨んできた。
「私、ずっとお待ちしておりましたのに。シオン様、遅いです」
「いや……その、水着が似合いすぎて、歩くのを忘れてて」
その一言に、エイビスは目を逸らした。けれどその手は、僕の腕をしっかりと組んだままだった。
陣地に戻ると、エイビスはふわりとシートの上に腰を下ろし、僕を見上げる。
「先ほどの件、助かりました。ですが遅れたのは事実です。そのペナルティとして日焼け止め、塗っていただけますか?」
「えっ……僕が?」
「背中だけで構いません」
そう言われて断る理由もなく、僕は日焼け止めを手に取り、彼女の背中にそっと塗り始めた。しっとりとした留まりを知らない滑らかな肌に触れるたび、無駄に神経がすり減っていく。
「ありがとうございます。では、前もお願いします」
「前っ……!?」
「信頼回復の一環ですわ」
逃げ場がなかった。やるしかない。覚悟を決めて、僕はエイビスの正面に回り、目を閉じたまま、そっとお腹の辺りに手を伸ばす。
僕の指を通して柔らかくて弾力のある、今まで感じたことのない感触が伝わってくる。マシュマロよりも柔らかいが瑞々しく形も崩れない、柔らかいのに感触は頭を叩かれたようにハッキリと僕に教えてくれている。ただ違和感だけが指先に残っていた。
指先を動かすと沈み込むような感触、おまけにエイビスも緊張しているのか、口を結んでいるかのように珍しく声が聞こえてこない。
彼女の小刻みなリズムが聞こえて僕へ青い血が流れてきた瞬間、僕は目を開いて静かに手を離した。間違いなく、お腹じゃない。
「…………」
「し、し、しししし、しおん様っ!!」
パチンと音を立てて、彼女の右手が僕の頬に飛んだ。
その場は一瞬静まり返った。僕は謝ろうと口を開きかけたが、エイビスは顔を真っ赤にしながらも、その目は僕と図書館で初めて会った時の色と潤いがあった。
そしてそっと、僕の隣に腰を下ろし、何事もなかったかのように空を見上げた。
「こ、この後は私で塗りますわね」
その口調は、どこか甘く、そして誇らしげだった。
僕たちは気分を変えるために、ビーチサイドの屋台で買った甘めのフルーツジュースを片手に、シートの上で腰を並べた。トロピカルな香りと冷たさが、火照った体を心地よく冷ましてくれる。
「先ほどは……その、申し訳ありませんでした。あんな手荒な真似をしてしまって」
エイビスがカップを両手で包むように持ちながら、僕に謝ってきた。頬にはまだほんのりと赤みが残っているけれど、それが日差しのせいなのか、さっきの一件によるものなのかは判断がつかない。
「いや、むしろ驚いたよ。まさかエイビスにビンタされる日が来るなんてね。でも不思議と痛くなかったよ。むしろ加減が絶妙で驚いたというか、流石だなって」
「そ、それは褒めているのですか?」
「もちろん。普段は優雅なお嬢様なのに、ちゃんと怒るところは怒ってくれる。そこも含めて、君らしいと思った」
エイビスは返す言葉に困ったのか、そっとカップに視線を落としながら、微かに笑った。
僕はその笑顔に安心し、エイビスの手をそっと取った。
「海に入ろう。せっかくだし」
「・・・はい」
手を繋いだまま、僕たちはビーチに向かって歩き出した。
海の中は透明度が高く、膝下ほどの深さでも小さな魚たちの群れが泳いでいるのが見えた。エイビスが色鮮やかな魚を見つけるたびに、「あちらです、シオン様」と声を上げ、僕がその方向に手を伸ばす。僕たちはまるで子供のように、無邪気に水辺を歩き回った。
海水で濡れた髪、笑い合う声、そしてつないだ手。言葉がいらないほどに、そこには確かな信頼があった。
しばらく遊んでから、僕たちはシートに戻った。エイビスの顔を見ると、どこか満たされた表情をしていた。
その様子を見て、僕は彼女を休ませようと立ち上がった。
「じゃあ、僕が昼食買ってくるよ。少し休んでて」
そう言おうとした瞬間、彼女は僕の腕をそっと掴んだ。
「駄目です。シオン様をまたどこかへ行かせるなんて、私、耐えられません」
「そんな、大げさな……って言いたいところだけど、うん、わかったよ。じゃあ一緒に行こう」
「はい」
ふたりで手をつないだまま、ビーチ沿いの屋台通りへと足を運んだ。
屋台では、タコス、焼き魚、南国風のフルーツパフェなどが並んでいたが、僕の目はあるものに止まった。
「お、サンドイッチの屋台がある」
「お気に召しましたか?」
「うん。前にエイビスが作ってくれたサンドイッチ、美味しかったから。それを思い出して」
僕がそう言うと、エイビスは少しだけ体を寄せてきた。
「それは嬉しいですわ。またお作りいたしますので、そのときも召し上がってくださいませ」
その言葉と距離に、ちょっとどぎまぎしながらも、僕は笑って頷いた。
「でも、今はせっかくだし、ちょっと違うの食べてみようか。ロコモコなんてどう?」
「ええ、とても美味しそうですわ」
エイビスの笑顔が、まぶしくて、どこか穏やかだった。
不思議な感覚がする。エイビスとこうやって歩くのは初めてなはずなのに、前にも彼女の手を取ってどこかに走っていたような気がする。こころの中の霧が晴れない。そんなはずはない。いつかの誰かとの体験が僕の思い出からしがみついて離れていないだけだろう。
手をつないだままの僕たちは、ロコモコの屋台へと並び、その先に広がる午後の浜辺と、ささやかな幸せを味わいに向かった。




