03
何度か磨いては目視で確認して、今日の傷を癒していく。磨いていくたびに相棒から聞こえる声が和んでいるようにも聞こえてくる。
満足の仕上がりになった相棒を確認して同じ目に遭った友達を枕にした。さすがにベッドと違い硬く、何より思わずのけ反るほどに冷たい。明日はさすがにベッドのある所で寝たい。あ、セインとの約束、どうしよう。また罰ゲームだな。これ以上は考えずにいよう。
「動くな」
タバコの煙を纏ったような低い声。相棒が顔を出そうとすると、頭から震えあがるような冷たさが襲い掛かってきた。
月明りは僕の味方だったが、林は僕を上から蔑んだ。ほつれと黒いシミが目立つ灰色のローブに片手で使うのに便利な短い月の光すら通さない黒さの銃。武器だけに頼っているからか、体躯は僕より細い気がする。だが、不思議と恐怖はない。男はローブから顔を出すと、僕を見てウインクをして笑った。ほんの微かにハーブの香りがした。
確かに気づかないはずだ。僕が信頼している人物なのだから。僕の瞳は好物を見つけたように研ぎ澄まされ、林たちが騒めくほどに口を開いていた。
「私、約束を破らないたちなんだ。だから来ちゃったよ」
「セイン! どうしてここに。それにその銃はどうしたんだ?」
彼女は僕の頭から冷たいおもちゃを離すと、夜空を眺めてから銃の感触を確認していく。
「食材を買うにしても、ロクサリエンの市場だけじゃ限界があるの。だから護身用として持つことにしてるんだ」
「そ、そうなのか」
ロックの留め金で手を止めると、留め金を何度か触り誤魔化すようにロックを解除した。
鼓動の速度が明らかに高まってきている。彼女が持っていることに対してよりも、当たる当たらないのレベルだ。玉が上に飛んでいく予感がする。
「そんなことはさておいて、前に相談してくれたペンダントについて話そうと思ったんだけど、その手錠って何かのお楽しみだったりするの?」
「これは気にしなくていい」
「まぁ、シオンも男の子だからねぇー。しょうがないよねぇ」
セインは気になったことは解決したい主義だ。この前カレーが好きなことを伝えたら、上手いと言うまで定食のメニューを勝手に変更された。
彼女は頬杖をついて含み笑いの顔で僕の返事を待っている。
「ところでどんな情報が手に入ったんだい?」
「んー、そんなに嬉しい情報とは言えないけど、そのペンダントは街で売っているものにはないみたい。装飾が大好きなパリーさんが言ってたから間違いないよ」
話をずらされたのが納得いっていないのか、セインは僕の方に寄りかかると口を閉じてリスのように頬を膨らませた。おまけに目をわざと合わせてこない。彼も僕に冷たい風を送ってくる。
初めて聞いた名前だが、さすがにヴァンガードは関連していない人物だろう。ただそれでも危険を理解していながら、おもちゃを持ち出してやってきてくれたことには感謝だ。故郷に戻ってきた感覚というのは、こんな感じなのか。口の中で笑いが踊りだす。
「何か面白いことでも思いついたの?」
「いや、良いリフレッシュになっただけだよ。ありがとう」
「どーいたしまして。今度も約束破ったら、私が納得するまでカレー食べてもらうから」
「分かってるよ。本当に助かった」
やはり手錠が気になるらしく、彼女は僕の傍を離れて手元を改めて確認すると、僕と目が合わないよう背中を見せつけて来た。吹き付ける風のせいで体が波を起こす。そろそろ休まないと、耳が凍りそうだ。
「それじゃシオン、またね」
「あぁ、店長によろしく」
彼女は僕に手を振ると、闇の扉へと姿を隠した。砂利の飛び交う音が小さくなっていく。いつもの鐘の音があれば区切りもつくが、残念ながら今日はお預けだ。
それにしても偶然が良すぎる。あの列車に乗っていたのか。おまけに僕たちを追いかけて来たことになる。気づかなかったのが親友だからというのは少し都合が良すぎるような気がする。
いや、今は寝よう。突然現れたオアシスに感謝だ。
***
朝起きると、そこには右の拳が目の前に来ていた。
またか!
離れようとした瞬間、僕は勢いよく振り子のように引っ張られていく。よく見ると自分の拳じゃないか。鳥の羽ばたいていく音が鳴ると、カバンを開けたような音が鳴り柑橘の香りが近づいてきた。手慣れた手つきで僕の制限を解いていく。
「ほら、取ってあげたわよ」
「これ、毎回必要なのかい?」
ミカロが目を閉じた。悩むほどのことなんだろうか。いくら考えてもいきなり殴ってくる人の方が、一般人の近くで攻撃を仕掛けようとした人の方が信頼もなく手錠を付けるべき人のはずなのに。あまり過度な期待はしないでおこう。ベッドで寝れるのは来年になりそうだ。
「宿を取れば別の部屋だし、自由でもいいわよ」
「そうか。運が良ければ考えておくよ」
しばらくはミカロについてとやかく考えておくのは止めておこう。これ以上問題点が出てきても困る。林を抜けて線路の見える場所まで戻ると、列車は置いたまま、複数の4輪車でロクサリエンに進んでいったような跡が残っていた。
従業員の言っていた通り、昨日だけでは空間異常は改善されなかったようだ。列車の進行方向には、異常を知らせるように分かりやすく薄く赤い壁が僕たちを見下ろしていた。林には風がやってきているのに、僕たちには飛び込んでこない。どうやら噂通りいつもと異なる場所に繋がっているみたいだ。
ペンダントが示すブーメランの方向も、困ったことにこの先だ。しかもブーメランが急かすように何度も点滅している。
「それ、距離が近いと点滅するらしいわ。私も喫茶店の近くでペンダントを見たら、点滅してたから」
ミカロは足音もなく体を浮かせていた。この先何があるか分からない以上、対策をしておくのは必須だろう。とはいえ僕に便利な魔法は特にないから、相棒に頼る他ない。
「準備はできてるかい?」
「いつでもいいわ」
「オーケー」
朝の一杯を味わうように呼吸を整えると、僕は彼女に合図をしてから赤い壁との遊びに付き合うことにした。
***
隣から来る柑橘の香りを蝕む塩の臭い。空から鳴く猫の声。船の雄叫びが聞こえる。塩を固めた白い公園で花柄の噴水を前にして、僕たちは立っていた。ペンダントは僕の方向を向いている。
ミカロはブーツで地面を突くと、僕の相棒を指さした。
「武器、しまって。ここじゃ目立つわ」
「そうみたいだね」
ミカロが言うようにロクサリエンの時よりも
公園には一般人の人数が多く二十人ちかくいる。市場でも開かれているのかもしれない。僕は赤い壁を確認するために道を振り返るフリをして相棒を背中に戻した。だが、僕の目の前には赤い壁はなかった。
「ミカロ、赤い壁が見えるか?」
「ダメ。周りにはなさそうね。何処か別の場所にあるか、異常が解消されてるみたい」
複数の塔から構成されている白を基調に緑の石材が各所に添えられている建造物が僕に挨拶をしてきた。
周囲を見回しても赤い壁はない。ペンダントに従うまま行動するのは迂闊だった。最悪通信端末を使えば何とかなるかもしれないが、
基本的に仕事以外で使うことは認められていない。まずは、場所の把握からだな。
「ペンダントの案内もあるけど、まずはここが何処なのか確認しよう。あの場所じゃないといいけど」
「何で私がこんな流暢に情報を渡してるか教えてあげる。ここ、ドルフェリアよ。一度来たことがあるから、間違いない」
ドルフェリア。ロクサリエンと並んで首都候補に挙がっている街の名前だ。今は停戦協定を結んでいるが、僕もヴァンガードの部隊員として彼らの生活に悪影響を与えている。言葉で話し合おうとしても、何人かは復讐を仕掛けてくるのは簡単に想像がつく。
香っていた柑橘は消え、彼女はローブの中で杖を握っている。おまけに呼吸の感覚もわずかに速くなっている気がする。何より独りよがりの言葉がない。特に疑う必要はなさそうだ。
「一旦退くわよ。命がいくつあっても足りないわ」
「分かった。何かアイデアはあるかい?」
「ひとまず区間列車の近くに移動しましょ。後のことは場所を移動したら話すわ」
塩のような擦りの少ない階段を下りて煙の立ち上げる方向を確認する。右奥から流れてきているようだが、さっきであった建造物と似ている建物が複数ある。煙の場所から直線状に旗の複数取り付けられた塔が建っているから、そこまで向かえばなんとかなるか。




