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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第四章【解毒】

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「なにそれ、心配して損したわ」


 そう言いながら、小さな紙袋を取り出し、中から熱が少し残ったままのタコスを一つ、僕の前に差し出した。


「ほら、食べて。朝ごはんの予定だったけど、あげる」

「ありがとう。自分で食べるよ」

「いいから。口、開けて。黙って」


 ミカロの語気が強くなり、僕は苦笑しながら口を開けた。

 ――明日は確実に空に亀裂が走る天変地異でも起こるかもしれないな。

 そんなことを思いながら、一口かじる。ピリッとした香辛料とジューシーな肉の味が混ざって、驚くほどおいしかった。


「ん、うまい。これ、初めて食べたけど」

「でしょ? ワタシも――」


 ミカロが僕のタコスにかじりつき、味を確かめた瞬間、ぴたりと動きを止めた。


「あっ……」


 僕の口に触れた部分を、彼女も食べた。いわゆる――間接キス。

 顔を真っ赤にし、むせるようにして目を逸らすミカロに、僕も何も言えなくなる。


「……落ち着いた?」

「う、うるさい」


 そんなやり取りを終えて、水を飲み干す頃には、体の痛みもほとんど消えていた。何より、立ち上がれそうな気がして、壁を支えに体を起こす。


「じゃ、そろそろ部屋戻るよ」

「は? 何言ってんの」

「いや、本当に大丈夫だよ」

「もしまた倒れたらどうするの? 今度は誰も助けられないかもしれないでしょ。ここにいなさい」


 その目は本気だった。命令口調とは裏腹に、ミカロの瞳は不安と優しさを隠しきれず、まるで僕の無事だけを願う灯火のようだった。

僕は大人しく右腕を差し出した。


「何?」

「いや、手錠」

「そんなのはいいから!」


 怒鳴りかけた彼女の口を、僕はそっと塞いだ。扉の向こうに誰かがいそうな気配があったから。

 ミカロは言葉を飲み込み、僕の手をはらいながら、視線を逸らした。


「さっさと寝て。ベッド、空いてるから」

「はいはい。ありがと、ミカロ」


 その夜、僕は静かに、彼女の部屋で目を閉じた。

 波の音が、遠くで優しく響いていた。

 僕はミカロの部屋のベッドの中で、半ば目を開けたまま眠っていた。

 耳に残るのは、さっきまで聞こえていたシャワーの音。その音が止んだ後、部屋にふわりと漂い始めた柑橘系の香りが、なんとも落ち着かなくさせた。これは、落ち着けって方に無理があるよ。

 寝返りを打ちながら心の中でそうぼやいたけど、案外、体はしっかり休まっていたらしい。ちゃんと寝たつもりはなかったのに、目覚めは悪くない。

 身体を起こし、軽く伸びをしたとき、視界の端に人の気配が映った。


「おはようございます、シオン様」

「うわっ……エイビス?」


 ソファにちょこんと座っていたのは、白いワンピース姿のエイビスだった。にこやかな笑顔を浮かべながら、こちらを見つめている。

 しかし、なぜかその笑顔が――少し怖い。

 その笑顔は、どこか無理に形を保っているように見えた。さっきからずっと、何を言っても笑顔で返してくれる。でも、それが返って不自然で、胸の奥がざわついて仕方ない。

 気になって、ミカロに視線を向けた。彼女はそれに気づくと、目を伏せたまま小さくため息をつくと、彼女は部屋を出た。先に言って欲しかったけど、この違和感は間違いない。

 僕は覚悟を決めて、彼女に正面から問いかけた。


「エイビス……君、怒ってるんだよね」


 その言葉に、彼女の笑顔がすっと消えた。

 無言のまま立ち上がると、彼女はゆっくりと僕のそばに歩み寄り、膝をついて僕と同じ高さまで視線を落とす。


「ええ、怒っています。とても……」


 そう言って、彼女は小さな拳を作り、僕の胸元を何度か軽く叩いた。怒鳴るわけでもなく、強く殴るわけでもない。ただ、感情を伝えるための、不器用な仕草。


「シオン様、私はあなたを信じていました。だから作戦を立てて、あなたに任せたのです。それなのに、あなたは私の作戦を無視して、勝手にレオグランに挑んだ」


 僕は口を開けず、彼女の言葉を受け止めるしかなかった。


「結果的にシオン様は勝ちました。それはすごいことです。でも、それでも……私は……」


 エイビスは唇を震わせ、必死に感情を抑えているようだった。でも、その目から静かに涙が一粒こぼれ落ちた。


「私は、あなたが信頼してくれなかったことが……悲しかったのです」


 心を零すように、彼女は目に煌めきを浮かべながら、僕の腕を掴んで僕を見た。


「私の作戦が未熟だったのでしょうか? それとも、私が指揮を執ると決めた時点で、あなたの中で何かが崩れてしまったのでしょうか?」


 涙が頬を伝って落ちていく。けれど、それを拭うことなく、彼女はまっすぐ僕を見つめていた。


「教えてください、シオン様。なぜ、私の言葉に従ってくれなかったのですか?」


 静かな部屋の中に、彼女の声だけが響く。

 僕は息を吸って、言葉を選んだ。


「・・・エイビス、君の作戦を信じてなかったわけじゃない。ただ、」


 言い淀む僕に、彼女はじっと待っている。


「ただ、あの時、ミカロが本当に危ないと思った。目の前で彼女が連れて行かれたのに、何もできなかった自分が悔しかったんだ」


 エイビスは涙を流したまま、拳をそっと下ろす。


「だからって、勝手に動いていい理由にはなりません」

「分かってる。でも、止められなかった。僕の中で、もう一度ミカロを失うわけにはいかないって、そう思って……」

「なら、どうして私に相談してくれなかったのですか」


 その一言に、僕は何も言えなかった。

 悔しそうに眉を寄せながらも、彼女は怒りよりも悲しみの色を濃くしていた。信頼していた仲間に、自分の想いが届いていなかったこと――その事実が、何よりも彼女の胸を締め付けていたのだ。


「私は、あなたに頼られたかった。共に作戦を立てて、共に戦って、共に勝ちたかった」


 僕は、ゆっくりと反対の手を伸ばして、彼女の手に触れた。


「ごめん。本当に、君を信じてなかったわけじゃない。レオグランのことも、勝てるか分からなかった。でも、僕が動かなければ、誰かが傷つく気がして、それが怖くて」

「……シオン様」


 エイビスは小さくうなずく。


「信頼は、言葉だけでは伝わりません。ですから――何か、行動で示してください」


 僕は数秒、目を閉じて考えた。


「じゃあ、明日一日、僕と一緒に過ごして。二人で。君にちゃんと伝えたい。僕が君をどれだけ信頼しているか、君の隣にいることがどれだけ大事かを」


 エイビスの瞳が、少し揺れた。

 そして――彼女は、小さく、けれど確かに頷いた。


「今すぐ行きましょう、シオン様」

「いや、ちょっと待って。今日はミカロから話があるんだ」


 僕はベッドから降り、ソファへと歩いた。

ミカロは僕の考えを読んでいたのか、シャルルローゼスを連れて来ていた。個室にしては豪勢過ぎる二席ある二人用ソファが埋まると、僕が先行して話を進めた。


「それじゃ、改めて……ミカロの件、皆に伝えようか」


 ミカロはひとつ頷いて、エイビスとシャルルローゼスを見た。


「ワタシ、回復魔法の修行をするために、一時的にチームを離れようと思ってる」


 エイビスは椅子を引く音も忘れ、勢いよく立ち上がった。瞳は揺れ、家を忘れているようだった。


「それは、また誰かに脅されているのではありませんか? レオグランとか、貴女のお父様ですか」

「違うってば。なんでシオンと同じ反応なのよ」

「ミカロ、とりあえず話を進めよう」


 ミカロは頭をかきながら、小さくため息をついた。


「前にも言ったけど、ワタシ自身の問題なの。シャルの契約獣が前線に出るとしたら、ワタシがちゃんと後方支援できるようにならなきゃって、そう思ってるだけ」

「まぁ、良いのでは――」

「私は反対します」


 言葉を遮ったのはシャルルローゼスだった。いつもの澄んだ声に、少しだけ鋭さが混じっていた。


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