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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第三章【決意】

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オラクリエの号令で、船がブルームスパイアの港を離れ始めた。風が帆を満たし、船体がゆるやかに波を割って進み出す。


「よーし、出航だ。お姫様と騎士と迷えるお嬢様たちと、それから無口な鳥のお通りだ」


呑気な口調のオラクリエだったが、誰もが緊張を手放せてはいなかった。

ドン、と重たい音が甲板に響いた。シャルルローゼスが振り向いたその先、空を裂いて迫ってくる赤い閃光。その中心には、炎を纏った箒乗り――エルジードの姿があった。


「御姉様、追ってきています! このままでは危険です」

「分かっておりますわ。シャルは対魔法防御陣、展開してください」


そう言いながら、彼女は僕と目を合わせた。泉のような清らかな美しさの雫が黒に染まっていく。


「シオン様、この出血量……まさか!」


さすがに無理をし過ぎたのか、自分の体じゃないみたいに思う通りには動いてくれない。しかもそれ以上に眠い。だが、この眠さは危険な気がする。死神が笑っているような気がして、何度も瞳を力強く開く。


「私は手が離せません。ひとまず薬を!」


エイビスが僕の元へすぐに駆け寄り、懐から回復薬を取り出そうとしたそのとき、僕の前にはミカロの背中が映った。


「待って、エイビス。ワタシにやらせて」


エイビスは何も言わなかったのか、静かにモーターと勢いよく何かの近づいてくる音だけが僕を通り過ぎていく。


「信じて。お願い」

「早く済ませてください。あなたは魔法使いでしょう」

「もちろん」


ミカロは僕に祈りのこもったような優しい笑顔を見せて僕の手を優しく取り、顔を見つめてきた。僕の心はゆっくりと波打つ勢いと速度が高く速まっていく。


「また勝手に一人でボロボロになって。ほんと、バカ。お人好し。お節介焼き」

「ミカロが脱出できたら、それで良かった。後はどうにでもなる」

「この手に宿れ、癒しの風よ。傷を負い、倒れ伏す者に再び歩む力を。痛みを越え、心にぬくもりをこのお人好しに」


彼女は静かに呼吸を整えると、もう一度、両手を合わせた。


「——ヒール」


 彼女の掌に魔法陣が浮かび、光が僕の傷口に触れる。けれど、奇跡のような再生は起こらなかった。出血は止まったが、肉が閉じることはなかった。

 それでも僕の意識は徐々に戻り、目の前にいる彼女の顔がはっきりと見えた。


「ごめん、またミカロに無理をさせたね」

「アンタって本当に……謝る必要なんか、ないのに」


 彼女はそう言って、ぐいっと僕に抱きついてきた。意識が戻った直後の身体には、その感触はあまりにも強烈すぎた。

 彼女が破いたドレスの影響で露出が増えているのもあって、柔らかな肌の感触が直に伝わる。体温と、鼓動までわかってしまうような距離感だった。ちょっと……まずい、これ以上は別の問題が出てきそうだ。

 僕は無意識にごくりと喉を鳴らし、意識が妙な方向にいかないように必死で耐えた。


「あの、ミカロ。ちょっと、寒くない? それ、ドレス破けてるし……」

「は? あ、う、うんちょっと、ね」


 顔を赤くしながらそっと離れた彼女に、僕は自分の上着を差し出す。


「これ、使って。温かいから」

「……ありがと。アンタって、やっぱ変なとこ優しいよね」


 照れ笑いを浮かべたミカロが何か言いかけたその時――。

 また、甲板を揺らす爆発音が響いた。

 視線を上げると、エルジードが炎の嵐を引き連れて、僕たちの船を狙っていた。


「くっそ、まだ追ってくるのか!」


 僕が歯を食いしばると、前方で詠唱を終えたエイビスが叫んだ。


「もう十分でしょう! 退いてください、エルジード!」


 だけど、彼女の言葉に応える気は、エルジードには微塵もなかった。


「イチャついてるのを邪魔されて欲求不満か? こっちはまだ、燃え尽きちゃいないんだよ!」


 エルジードの手元に火球が現れ、その数は――ざっと見積もっても五十を超えていた。しかも全弾、こちらの船を目がけて撃ち込まれる気配を見せていた。


「私が前線で攻撃を防ぎます。ミカロ、あなたはシオン様を守ることだけ考えてください」


 オラクリエが舵を握りしめ、後ろを振り返った。


「いや、船も守ってくれよ!」

「分かってるわよ。船を直進させて! 真っ直ぐ!」


 ミカロがそう叫ぶと、オラクリエはすぐさま反応した。


「任せたぞ、お姫様!」


 船は炎の中心へ突き進む。エイビスがその前に立ちはだかり、次々に火球を防ぎながら進路を確保していく。

 その一方で、ミカロは僕をちらりと見て頷くと、シャルルローゼスと向き合った。


「シャル、水をお願い!」

「ええ、すぐに!」


 シャルルローゼスの魔法陣が展開され、水が空中に浮かび上がる。


「風槍、行くよ! 《ヴェル・ティエール》!」

水槍術リヴァイアサン・ライン!」


 風と水が融合し、一直線の力を生み出す。それが蛇のようにうねりながら、エルジード目掛けて空を駆けた。


「風だと? なら、焼き払うまで――って、水かよ!」


 風に気を取られたエルジードの注意が逸れた瞬間、隠れていたシャルの水槍が彼女を捉えた。


「ちっ……面倒なのが増えてるな」


 炎が一度かき消され、エルジードは体勢を立て直そうとするが、その瞬間、彼女の耳に通信のような声が届いたらしく、箒の動きを止めて端末に耳を傾けていた。

 エルジードは明らかに不満そうな顔で返事をしているようだが、距離ができたので、何を言っているのかは分からない。

 彼女は箒を旋回させると、最後にこちらを振り返って言い残した。

 僕は空に溶けていく炎の尾を、まっすぐに見つめると、瞼はゆっくりと世界との扉を閉じた。

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