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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第三章【決意】

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鳥達が上機嫌で朝を楽しむ声を聞きながら、レオグランファミリーの兵士装束に身を包んだ僕たちは、塔の影に沿って歩を進めた。胸元の金のエンブレムが、少なくとも見た目だけは僕たちをこの地の関係者に見せてくれている。

 だが、内心は落ち着かない。これから向かうのは、ミカロの家。すなわち、彼女が自ら閉じこもろうとしている場所。扉を叩く理由はただ一つ――それが本当に、彼女の意志なのかを確かめるため。


「ここで待っていますわ、シオン様。ミカロと、きちんとお話しになってくださいませ」


 エイビスが小さく頷き、シャルルローゼスもそっと視線を送ってくる。オラクリエに至っては、腰を壁に預けながら気だるそうに言った。


「いいなぁ、青春。……俺にもそういう時代、あったっけか?」


 口ぶりは軽いが、目はどこか真剣だった。

 僕は一度だけ深く息を吐き、扉を開けた。

 

 豪奢な廊下の先。警備兵の一人にミカロの警護状況を確認すると、彼は疑いもせず答えてくれた。


「花嫁を祝う花束が届いたので、運び込んでも良いですか?」

「花嫁は、三階南側の小間にいらっしゃいます。式前のご準備中ですので、お静かに願います」


 礼を言って足を扉に進める。ドアの前に立つと、何とも言えない緊張感が身体を包み込んだ。

 ノックはしなかった。

 中に入ると、ミカロはすでにこちらに気づいていた。鏡越しに僕を見つめる目は、まるで氷のように冷ややかだった。


「来たの。わざわざ、ワタシを笑いに?」

「そんなつもりはないよ。けど、ミカロの本心を確認しにきたんだ」

「本心? そんなの決まってる。これが、ワタシが選んだ道だから」


 その声に揺らぎはなかった。けれど、何かが足りなかった。彼女の“らしさ”が、どこか遠くに置いてきぼりになっているような、そんな感じ。


「君の選んだ道が、ここにあるって本気で思ってるのか? 君を無理やり着飾らせて、家に押し込めて、友人とも関われずに閉じ込めるこの場所が?」

「人聞きが悪いわね。ここはそんな場所じゃない」

「そうかな? それにその話し方、自分でも分かってるんじゃないか。自分のことを押し殺して結婚することにミカロにとっては何の意味があるんだい?」


 いつになく挑発の色を持った慣れない言葉にミカロの口元がわずかだけ揺れた。


「アンタに何がわかるのよ。……ワタシは初心者の回復魔法も使えない、貴族としても不十分なタミア家の落ちこぼれよ。“普通”に生きるしか、もう道はないの」

「そんなことが理由になるもんか」

「なるわよ! 他に何があるのよ、アンタが知らないワタシの情けなさを、誰よりもワタシが一番知ってるんだから!」


 彼女が叫んだその瞬間、部屋の奥から重い足音が響いた。


「おいおい、また喧嘩か?」


 現れたのは、やはりこの女――エルジードだった。紅のマントを片手で翻しながら、部屋の中央に進み出る。


「なにかと思ったら、お前か。まーた“守ってくれる騎士様”の登場ってわけだな?」

「エルジード、やめて」


 ミカロが声を絞る。

 だが、エルジードは聞きやしない。


「どうせこいつは回復もできねぇ落ちこぼれだ。誰が手ぇ出したって、守ってやんなきゃ何にもできねぇ」


 その瞬間、僕の中で何かが切れ、目に血が大量に流れ込むような音がした。

 歩み寄り、無言で彼女の手首を掴む。ぎゅっと力を込める。


「ミカロに対してそういうことを言うのはやめろ。今ここで、撤回しろ」


 その静かな怒りに、エルジードの眉がぴくりと動いた。


「謝るわけねぇだろ。挑発か? いいぜ、お前がその気なら戦ってやるよ。 昨日の戦いが不完全燃焼で困ってたんだ」

「エルジード!」


 ミカロが声を張って彼女に叫んだ。


「部屋を出て。これは、ワタシの問題。ワタシが決めるの。アンタがどうこう言うことじゃない」


 エルジードは面白くなさそうに僕を睨んだまま、舌打ちして踵を返す。


「チッ……好きにしろ。けど、こいつが血を見ることになっても、俺は知らねぇからな」


 扉が閉まると、部屋の中に沈黙が落ちた。

 しばらくして、ミカロがぽつりと呟く。


「アンタ……どうして、こんなワタシのために、そこまでしてくれるの?」

「君は僕に散々だったよ。会うなり殴られるし、罵倒されるし、叩かれるし、寝るときは手錠。今でも思い出せるくらいに妙な出来事ばっかりだ」

「・・・自覚はあるわ」

「でも、そんな君が、報酬金をある所に寄付していたり、誰かをお人好しと言いつつも、困った時には助けてくれたり、実はエイビスの好きなものをリストアップして南の街で探していたり、シャルルローゼスを気遣ったり、誰かのために行動しているのは、全部知ってる」

「それは……」

「僕は、ミカロのそういう姿が君らしいと思ってる。誰かのために動いて、その人に“ありがとう”って言われると、戸惑いながら顔を背ける君が、すごく素敵だって思った。

それにペンダントを持つ者が全員揃わないと、あの記憶には意味がないと思ってるんだ」


 ミカロは拳を握ったまま、震えていた。

 彼女は顔についたトパーズの輝きを指で取りはらうと、やがて、力を抜いて、寂しそうに笑った。


「そういうの、反則よ。……ありがとう。でも、さようなら」


 その言葉が、どこまでも静かに心に落ちた。

 ミカロは振り向かず、窓の方を見つめたまま、言葉を足さなかった。

 言いたいことは言えた。まだ彼女はここに残っていることも確認できた。悔いはない。僕は彼女に手を振って、部屋を出た。

 ミカロの部屋を出た僕を待っていたのは、彼女とは違う意味で厄介な存在だった。


「やあ、話は終わったかね?」


 そう声をかけてきたのは、金糸で飾られた深紅の礼装に、獣の爪を模した銀の指輪。顔は整っているのに、その瞳にある光だけが爛々とした傲慢さを物語っているバリトンボイスの目立つ男だった。

 高価の指輪から察するに、彼がレオグラン本人、なのだろう。


「君が噂の“守り人”か。なるほど、粗末な鎧の割に目が据わっている」

「それは恐れ入ります。そのようにお褒めいただけるとは思っていませんでした。申し遅れましたが、シオン・ユズキといいます」


 僕が礼をとると、レオグランはニヤリと口元を吊り上げた。


「いや、君が誰かなんて、どうでもいい。ただ少し気になってね。あんな不出来な娘に執着する男がいるとはな。あれのどこがいいんだ? 感情的で、回復魔法ひとつまともに使えず、あまつさえ何の役にも立たない」


 その言葉を聞いても、僕は表情を変えなかった。心の奥で何かが泡立つ音を感じたけれど、今は耐えるべき時だ。


「ミカロ様は、確かに不器用な方かもしれません。しかし、誰よりもまっすぐで、人の痛みに敏感な方です。僕は、それが素晴らしいと思っています」

「ははは、綺麗事ばかりだ。君は、あれの身体を知っているのか?」


 レオグランはわざとらしく視線を滑らせる。


「言葉は悪いが、あれはなかなかに豊満で艶やかだ。今日のために用意された衣装も見たか? 締め上げられた腰と露出の多い胸元――あれはまるで、君のような善人を試すために存在しているようなものだ」

「そのような話は、控えていただけませんか」

「おや、怒ったのか? やはりお前は、“あれ”を特別に見ているんだな」


 レオグランは愉悦に満ちた目でこちらを見つめてきた。


「それと、お前たちの“作戦”のことも、多少は耳に入っている」


 その言葉に、僕の瞳が鋭くなるのを、自分でも分かった。


「安心しろ。俺は式を荒らされても構わん。ただし、“俺の前で”荒らしてみろ。その時は、正々堂々、お前を叩き潰してやる」

「そのお言葉、忘れません」

「ふん、礼儀だけは一流のようだな。まあ、あの女には似合わん」

「似合うかどうかは、彼女が決めることです。あなたではありません」


 そう言って、僕は一礼してその場を立ち去った。

 背中に、レオグランのねっとりとした視線が残っているようで、ぞわりとした感覚が離れなかった。


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