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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第三章【決意】

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目を覚ましたとき、天井は木の葉の隙間から光を落としていた。

 木造の簡素な屋根、薄い毛布、微かな薬草の香り。


「目が覚めたのですね、シオンさん!」


 駆け寄ってきたのはシャルルローゼスだった。その後ろには、白い花を模した姿の鹿がふわりと浮いている。恐らく、彼女の魔法か何かだろう。呼吸に痛みもない。歩けそうだ。

 僕は起き上がろうとしたが、腹部に痛みが走り、身体が沈んだ。


「無理なさらないでくださいませ。まだ、炎のダメージが治りきっていないんです」

「ありがとう。ミカロはどうなった?」


 僕の問いに、シャルルローゼスの顔が少し曇った。


「御姉様の話ですと、シオン様が倒れた後は特に戦うこともなく、屋内に戻られたそうです。彼女からの連絡は、何もありません。私はオラクリエさんと一緒にシオンさんを地上に運び出し、フロラメリアの癒しの加護で大方の回復を施しました。今はここの西塔で明日の作戦を相談しようと考えています」


 僕は手元の端末を確認した。ミカロから、メッセージが届いている。体が思うように言うことを効かない。指は方向を変えてくれるだけで、端末まで進んでいかない。


「私が代わりに操作しますね」

「頼むよ、シャルルローゼス。オープンのところを押してもらえると開く」

「こう、ですね」


 慣れていない親指でメッセージを開くと、そこにはあまりにも他人行儀で、丁寧すぎる言葉が書かれていた。


『前に送ったメッセージは消してください。

もう、関わらないでください。シオンはシオンの道を進んでください。ワタシのことは忘れてください』


 これが、ミカロが書いた言葉とはとても思えない。淑女過ぎる。ただ、僕の名前を呼ばないといけないくらい、困っている状況なのは分かったよ。

 シャルルローゼスは無意識なのか、僕の端末を見ず、鹿の柔らかな肌に顔をうずめていた。柔らかそうだが、体を癒される時間は変わらないだろう。


「見ても構わないよ」

「拝見しますね」


彼女はメッセージを見ると、鹿の背を撫でた。


「直球で言ってしまうと、演技がお下手ですね。ミカロさんらしいといえばそうですが」

「ミカロは……追い込まれてる」


 確信だけが胸に灯った。

 僕は深く息を吸い込み、エイビスとシャルルローゼスに頭を下げた。


「僕が、勝手に動いたせいで……本当に、ごめん。でも、ミカロはあんな場所にいちゃいけない。彼女を結婚式の場から連れ出そう」


 顔を上げると、エイビスが静かに微笑んだ。


「ええ、シオン様。ご一緒いたしますわ。あの方を、奪い返しましょう」

「御姉様、いつの間に。わ、私ももちろん協力します!」

「盛り上がっているところ悪いが、これから誰か来るらしい。ま、ミカロってのが関わってる人だと思うが、どうする?」

「では、訪問が終わってから作戦を練りましょう」


謎の訪問者が来る前に、塔に上って立地の情報を確認しておくか。

 塔の一角に設けられた仮設の警備詰所から、僕たちは式場となる主塔の様子を遠巻きに観察していた。

 ガラス細工の装飾が陽を受けて輝き、白と金の花弁が天幕を彩っている。優雅な旋律が微かに風に乗り、まるで王家の祝祭のような雰囲気が漂っていた。

 だが、胸の奥ではずっと何かが引っかかっている。

 これは、誰かの幸せを祝う場じゃない。

 これは、ミカロを縛りつける檻だ。


「いらしたようです」


 シャルルローゼスの声に視線を向けると、遠くから騎士に先導される形で、一人の男性がゆっくりと近づいてくるのが見えた。

 長身で、彫りの深い顔立ち。純白のタミア家の礼装に身を包み、背筋は伸び、歩みに一片の迷いもない。

 彼の名は――アルシール・タミア。

 第三番隊の隊長が耳打ちする。


「彼は貴族でありながら、式典に参列する兵士全員に声をかけて激励するご予定だと伺っています。緊張するなよ」

「はい、もちろんです」


 だが、アルシールの眼差しは真っ直ぐに僕たちへと注がれていた。

 まるで、この中に何かを知っている者がいると決めつけるように。

 やがて彼が近づき、丁寧に言葉を投げかけてきた。


「ご苦労様です。皆さんの働きに、妹もきっと安心しているでしょう」


 ミカロの名が出た瞬間、僕の呼吸が一瞬だけ止まった。

 その反応を、彼は確実に見逃していなかった。


「あなた、少しお話しできますか?」


 そう言って、アルシールは僕だけに視線を向けた。


「え、あの!」


 エイビスが言葉を挟もうとしたが、アルシールはやんわりと笑みを浮かべて制した。


「申し訳ありません、お嬢さん。男性同士で話したいこともあるのです。少しだけ、お時間を」

 

 塔の一角にある小部屋。窓はなく、周囲の音も届かない。この部屋は本当に便利だ。

 そこに着くと、アルシールは椅子に腰かけ、僕に座るよう促した。


「君の名前を訊いても?」

「……シオンです。シオン・ユズキ」

「ふむ、やはりか」


 彼は机の引き出しから、小さな木箱を取り出した。その中には、あのペンダントが入っていた。


「これは妹が身に着けていたものだ。彼女が自分の意志で持ち、そして、手放したいと言った。だから私は、これを預かり、君に渡すことにした」


 彼の語りは静かで、穏やかだった。


「我が家は、男を中心とする古い家系でね。妹のような者には、何一つ居場所がなかった。それでも彼女は、自分で決めたんだ。家を出るって」


 アルシールは少しだけ、遠くを見るような目をした。


「私は……妹にしがらみのない人生を生きてほしいと、心から願っている。だが、私は家に属する者だ。今日この場では、それ以上のことはできない」


 ペンダントを僕の前に差し出す。


「君は、それを持つに足る人間だと思う」


 その手にあるものが、どれほど重い想いを背負っているのか。僕には痛いほど伝わっていた。

 僕はそれを、ゆっくりと受け取った。

 

 部屋を出ると、エイビスとシャルルローゼスが待っていた。二人の顔には安堵と、少しの不安が交じっていた。


「ご無事でよかったですわ、シオン様」

「ええ。少し考えさせられる話でした」

 

 その夜、僕たちは小さな作戦会議を開いた。

 結婚式の構造、出入りのタイミング、どこで遮断を入れるか。

 エイビスはすでに最善手を導き出していた。


「式が始まり、主賓が並び終えたタイミングで、私たちが舞台に出ます。演出に紛れて奇襲を仕掛けます。あの規模の式典であれば、一瞬の混乱が全体の停止をもたらすでしょう」


 けれど、僕は小さく首を横に振った。


「エイビス。攻撃の前に、僕はミカロと話がしたい。あのメッセージを信じているわけじゃない。けど、彼女がどう思っているか、ちゃんと聞きたい」

「ですが、それではエルジードに気づかれるリスクが増しますわ。否定されようとも、強引に連れ戻す方が――」


 言葉を遮るように、僕は彼女を見つめた。

 何も言わず、ただ目を合わせる。

 すると、エイビスは小さく目を見開いた。

 数秒、沈黙が流れる。

 そして、ほんの少しだけ、彼女の頬が朱に染まった。


「・・・仕方ありませんわね。そこまで言うのなら」


 エイビスは視線を逸らしながら、静かに息を吐いた。


「シオン様の意思に従いましょう。ですが、彼女が拒んだとしても、私は強引にでもあなたを引きずってでも連れ戻しますわよ?」

「ありがとう。必ず、彼女と一緒に戻るよ」

「意外と甘いんだな、君のお姉様は」

「私も御姉様に同じようなことをされたら、頷いてしまいます」

「お前もそっち側か。分かったよ、降参だ」

 

 その夜、塔の上空には雲ひとつない星が広がっていた。

 あの日、旅の始まりで見た空と同じように、何かが動き始めている気がしていた。

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