20
ブルームスパイアに着いてから、僕たちは街の高層建築に紛れるように歩いていた。
空を突くようにそびえ立つ尖塔群と、精緻な装飾で彩られた建築美の都。広場には花と音楽が溢れ、人々の喧騒すら調和の一部に感じられる。まるで芸術そのものが街として息づいているかのようで、ただの都市とは一線を画す、息を呑むような美しさだった。
エイビスは早速ペンダントを手に位置を測っていた。
「この方向……やはり、正面に見えるあの塔の奥の区画ですわ。おそらく、レオグランファミリーの関連施設でしょう」
「どう動こうか。隠れて突入が定石だと思うけど」
僕の問いに、シャルルローゼスが答えた。
「私たちの人数では、隠密が最も安全かと存じます」
だが次の瞬間、空気を読まない男が口笛を吹きながら現れた。
「いやあ、隠れるのって性に合わないんだよ。ほら、そこに一人はぐれてる兵士、ちょいと借りるか」
そう言って、オラクリエはあっという間にその兵士を背後から叩き伏せ、彼の鎧を着込み始めた。
「正面突破の時間だ。君たちもどうぞ、さあさあ」
「ちょ……オラクリエさん!」
「俺は記録人だからね。思い出は派手な方が記録しがいがある」
どうしようもないと半ば呆れながらも、僕たちも彼に倣って兵士達を眠らせ、鎧を装着した。
そして、通された先にあったのは――
「これは……」
目を疑うような、豪奢な建築。天井にはクリスタルのシャンデリア、両脇には花々の装飾、そして壁一面に飾られたタミア家の紋章。
「この準備……まさか」
エイビスの瞳が揺れる。
「はい。婚礼の儀、ですわね。間違いなく」
シャルルローゼスも確信したように口にした。
そのとき、背後から声がかかった。
「おい、何してる! 貴様ら、第三番隊の者だな? 西塔の警備が手薄だ、すぐに向かえ!」
兵士の顔には焦りがあった。僕たちは敬礼のふりをして踵を返そうとした。が、空を裂くような爆音が響いた。
「今のは?」
僕は反射的に訊いた。
「北東の上層部、第四階層の空中庭園で爆発を確認!
周辺に警戒しつつ、騒動の元を確認せよ!」
その言葉を聞いたときには、もう僕の身体は勝手に走り出していた。
根拠なんてなかった。けれど、確信だけがあった。
ミカロが、そこにいる――。
空中庭園に辿り着いたとき、視界の端を、赤い閃光が横切った。
飛行箒。その先にいたのは、見覚えのある短髪の女性。
濃い紅のマントを翻し、片手に炎の魔法陣を展開している。
そして、彼女と対峙していたのは小さな杖を握った銀髪の女性がいた。左腕に焦げ跡がある。けれど、立っていた。
「こんな場所で暴れるなんて、いい度胸してるよな、お嬢様よお」
「エルジード、アンタも同じじゃない。爆発まで起こして、自分の魔法管理すらできないわけ?」
そう言って女性は笑った。紅のマントを翻し、鋭い金橙の瞳を光らせる彼女は、炎を纏うような存在感を放っていた。短く切り揃えた赤髪と、黒革の戦闘服がその奔放で攻撃的な気質を際立たせ、見る者すべてに警戒を抱かせる。
「丁度鬱憤が溜まってたんだよ。結婚を聞いた途端、逃げた挙句に騒ぎ起こしてくれるとは思ってなかったけどな」
「そんな茶番、参加するつもりなんてない。あたしの人生は、あたしが決める」
「そうかい。じゃあ、倒してみろよ。そしたら、俺も相談してやるよ」
エルジードが箒を傾けた瞬間、炎が螺旋を描きながら飛び出す。
ミカロは風魔法を使わず、拳を握った。
「アンタにはこれで十分よ!」
彼女が踏み込んだ。足元を砕き、正面からエルジードに拳を叩き込む――が、箒で空中を自在の動きには届かない。
逆に上から火球を叩きつけられ、地面を滑るように後退させられた。
「燃えろよ、ミカロ! なんで俺がここに呼ばれたのか、本当は分かってんだろ?」
エルジードの笑い声が、空に響いた。
僕は耐えきれず、正体がバレる覚悟で前に出た。エイビスの声を背に頭の鎧を取り、箒を目掛けて飛び上がった。
「やめろ!」
振りかざした剣は、エルジードの防御魔法に弾かれたが、その一瞬、ミカロの攻撃がかすかに届く。
「おいおい新手か? いいじゃねぇか、祭りが盛り上がるな!」
エルジードは箒を旋回させ、僕の前に舞い降りた。
「でもな、お前の動き、気に食わねぇ。だから先に潰してやるよ」
そう言って、彼女は魔導箒を地面に突き立てた。
「燃え尽きるまでが火の性――」
空へと舞い上がり、紅蓮の魔力が彼女の周囲に羽根のように展開される。
「焼け落ちろ、すべての過去と明日を! フェルミオン・レイン!」
降り注ぐ火の羽根。僕は避けようと足に力を込める。だが、遅かった。
足元に絡みつくような炎の鎖が、地面から這い上がっていた。
「まずい……!」
「動かないで!」
ミカロが叫び、風の魔力を叩き込む。けれど、それも届かない。僕の体は炎に縛られたまま、逃げられなかった。
次の瞬間、灼熱の爆風が全身を包んだ。
視界が赤に染まり、鼓膜を焼くような音が押し寄せた。膝が崩れ、痛みが脚から這い上がってくる。僕はその場に膝をついた。
「どうした、もう終わりか?」
エルジードが、上空から見下ろしてくる。
「ミカロお前、回復魔法くらい使えるんだろ? ほら、こいつ治してやれよ」
ミカロは言葉を返さず、震える手を伸ばした。
「やめろ、これは罠かもしれない……!」
僕が制止しようとしたとき、ミカロは小さく魔法の詠唱を口にした。
けれど、その魔法陣はすぐに崩れた。
再び詠唱する。だが、またしても崩壊して崩れていく。
まさか。その言葉を口にするより前にエルジードがニヤリと笑った。
「おいおい、まさかとは思ったが……回復魔法、使えねえのか?」
「違う。違うの!」
ミカロは必死に祈るように手を重ね、魔法を発動しようとする。けれど、何度やっても魔法陣は淡く輝いては崩れるだけだった。
「どんだけ想ってようが、使えねえもんは使えねえんだよ。ザコが」
「やめて、お願いだから、やめて!」
それでもミカロは諦めず、手を伸ばす。その手は血がにじむほど爪を握りしめていたが、魔法陣の反応は変わらない。ミカロの瞳の色が少しずつ闇に染まるように黒く暗くなっていく。
「彼を……シオンを助けたいだけなのに!」
その姿に、僕は言葉を失った。
だが、エルジードは呆れたように箒を構えた。
「うぜぇんだよ。お願いだけすれば、上達するほど、魔法は甘くねぇ」
そして、箒でミカロを蹴飛ばした。
「どけ。焼き直してやる」
火球が放たれ、僕の胸元を直撃した。胸が肺が焼けていく。入ってくる空気ですら、熱い痛みが体に染み込んでくる。全身が宙を舞った。
視界が揺れ、熱と痛みが全身に広がっていく。僕は地面へと叩きつけられ、意識が薄れていった。




