02
「いっつまで触ってんのよ!」
腹を岩で貫かれたような衝撃。骨が熱い。
この感覚はさっきと違う!
さっきの会話のせいで上手くガードができなかった。荒い息を何度はいても変わらない。せめて次の対処だけはしなければ。攻撃のあった方向を見ると、肩を揺らして僕を貫くような目をするミカロがいた。
「さっきのアレ何? 早く答えて。今度は手加減しないであげる」
一般人の近くにも関わらず、杖を僕へと突きつけ、息を揺らしながら彼女は口を閉じる。
僕は相棒を席に置いたまま立ち上がり、後ろで体を縮こまらせている女の子に笑顔を見せると、刃の目をするミカロに手を差し出した。
「やめろ、一般人の前で武器を構えるなと君も教わったはずだ」
「アンタあんなことしておいて、よくもそんなことが言えたわね。分かった、お望み通り吹き飛ばしてあげる」
彼女の刃が磨かれていく。相棒を構えた方がよさそうだが、一般人を巻き込むわけにもいかない。僕はゆっくりと敢えて音を立てて彼女を背に縮こまっている女の子と目線を合わせる位置に移動した。無言で口を開けている状況からして、女の子が何を考えているかはだいたいわかる。
「ごめんな。あの人、今日は良くないこと続きみたいなんだ。安全なところまで送るよ」
「う、うん。わかった」
女の子を抱え念のためにミカロの状態を確認しておく。よし。杖は構えたままだけど、さすがに打ってこないか。
『この先で線路の異常を感知したため、緊急停止を行いました。運転再開までしばらくお待ちください』
爽やかな音声のアナウンスが終えると、女の子を隣の号車で新しい席におろした。特に火事や煙の臭いはしていないから、特段出動する必要はなさそうだ。女の子をおろすと彼女は指で何かを編み込もうとして口を開く。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。この先は少し危なくなるから、ここでじっとしていてくれよ」
「う、うん」
あの様子からして、一般人に当たるとわかっていながら打ってくることはないだろう。
鉄が僕へ反撃する声を聞きながらミカロの場所へと戻ると、彼女は立ち上がって僕へ杖を突きつける。ただ、目は刃というよりは迷路のようにどこか落ち着かない。
自分の席に戻り相棒の感触を確認すると、彼女は杖の先を空に戻した。
「アンタの言ってることは分かった。けどさっきのことは許さない。だから取引してもらう」
「さっきのことが何かは分からないけど、取引については聞いてから判断するよ。それに、丁度僕も君に確認したいことがあるんだ」
進行方向から騒ぐ鉄の音たち。やけに移動が速い。相棒の位置を確認してから彼女の背に移動すると、星マークの帽子が目立つ青シャツに黒のパンツを着た若い男性が姿を見せた。
恐らく列車の従業員だろう。運動に慣れていないのか、まるで詰まった食べ物を吐き出してしまいそうなほどに息通りが激しい。
「水、飲みます?」
「いえ、だ、大丈夫です。それよりも申し訳ないのですが、電車はここで停車することになります」
従業員のセリフに思わず相棒を落としてしまった。珍しいこともあるもんだ。事故などで止まることはあったが、今回は急に停車しただけなのに。それにこの従業員の慌てようも少し気になる。行ってみるか。
彼女の意思を確認しようと振り返ったら、彼女の目はまた刃のように何かを貫こうとしていた。
「アンタ、どうして車内放送で停車について伝えないの?」
「それは……」
彼女の言っていることは正しい。だが、従業員が口を噤んで僕らに真実を伝えないのは、邪な理由があるようにも思えない。ここは一つ、探ってみるしかないな。
ブーツを振り出したミカロを見て、僕は従業員までの道に手を挟んで相棒の姿を彼に見せた。
「僕はヴァンガードに所属しているシオン・ユズキと言います。今回の騒動が事件なら、契約によって調べないといけないので、手短に教えてもらえると助かります」
従業員は驚きよりも好物を見つけたような煌めいた目で僕のことを見てくる。休日なのに仕事をしなくちゃいけないのか。まぁ、ミカロに出会ったタイミングから、ほとんど自分の過ごしたい休日は崩壊しているから、どちらにせよ一緒か。まだ仕事の方が気晴らしに丁度良いかもしれない。
「ヴァンガードの人だったんですね! いやいや失礼しました。一般の人だと少し話にくかったもので、すみません。ちなみにそちらの方も同じ所属の方ですか?」
「……そんなとこ」
あ、多分これ違うやつだ。迂闊に身分を明かすべきではなかったかもしれない。従業員は彼女の目を見て危険信号を察知したのか、僕に向き直り強い風が過ぎ去ると口に手を添えて小さく開いた。
「どうやら、例の空間異常を検知したようです。また誤作動だといいんですが」
空間異常。確か列車が急に何処かへ消えたり、
敵の軍艦が空から現れて問題になったのをラジオで聞いたことがある。列車では何度かあるみたいだが、実際に空間異常について調べるのは今回が初めてだ。
「なので、今すぐには列車を動かすことができなさそうです。申し訳ありません」
「別にいいわ。私たちはちょうど目的地を変更する必要があったから丁度良かったし。
シオン、行くわよ」
順応するのが早すぎる!
思わず僕は真実を告げてしまいそうだったが、従業員さんが申し訳なさそうにしているお陰で僕たちはすんなりと列車の状況について聞くことができた。
錆の入った階段を降りて列車の外に出る。僕の歩く下で小さな石たちが鳴き声をあげると、
ミカロは僕の前で柑橘の香りを放りながら道を塞いだ。
「取引の話、忘れてないでしょうね?」
「もちろん。僕の確認したいことが一緒だといいけど」
ミカロは周囲を確認してから杖を構えると、魔法陣を作るためか必要な言葉を唱えていく。けれど、魔法陣が五重の状況となっても景色も変わっていなければ香りの変化があったわけでもないようで、五感だけではどんな変化があったのか分からない。
「私はさっき流れ込んできた出来事について確認しておきたい。アンタは?」
「ちょうど僕もそれを確認しておきたかったんだ」
彼女はゆっくりと息を吸い込むと、何かが腑に落ちたように魔法陣を解いた。列車が動く気配はないので、空間異常の問題に対処してくれていたわけではないらしい。
風もすっかり止んだが、建物がないせいで寒さが気になってしょうがない。
「なら協力しましょ。ペンダントには進行方向の方にアンタと同じ状況の人がいるみたいだから私はそっちに行く。アンタは他の示している方向に行ってみて」
「いや、そうはいかないみたいだ」
ペンダントを見ると、ブーメランは目の前にいるミカロの方向を指している。ここまでは一緒だが、左や右に移動しても今回は方向が変わらずミカロの奥を示している。ミカロは僕のペンダントの状況を見て砂利を蹴り上げた。小刻みに動いていないと寒さで凍えていきそうだ。
「どうやら今の状況だと探せるのは1人みたいですね」
「私も見たから分かったわよ。今日は嫌な風が来てるから、野宿して明日先に行くわよ」
「分かりました。それでいきましょう」
野宿と言ってくれたのは構わないが、この雰囲気だと間違いなく僕の分は用意してないだろうな。列車で寝ることができれば一番だが、
恐らく乗った駅に戻ってしまう可能性が高い。
運がいいことに列車の奥に林があるから、そこで風を凌ぐしかないな。ミカロのことがなんとなく分かってきたような気がする。
林に着くとミカロがテントを広げ寛いでいた。手元にあるのはいつもの携帯食料と砥石と相棒、そして情報端末。時間の暇つぶしなら何とかなりそうだが、時折思わず体が揺れるほどの環境には物足りなさすぎる。
目を開くとミカロが湯気立つ飲み物を片手に熱さを何度も調整しながらやってきた。
「そうだ、これ渡しとく」
手を差し出した瞬間、彼女は手錠をかけた。
まずい、判断が遅れた!
彼女との距離を取ろうとする。が、もう一方の輪が繰りぬかれた大木に付いているせいであまり動けなかった。地面と靴が擦れ合うと音は静寂に戻り、彼女の手元から薄い白煙が昇っていく。僕は武器を構えたが、彼女は珍しく杖は持っていないようだ。それどころか呆けているようにも見える。
「いや、これ防犯用だから。協力関係といっても眠ってたら何されるか分かったもんじゃないし」
「どうだか。会うなり殴ってきた人を誰も信用しないと思うよ」
文句を言うと心なしか体が程よく暖かくなったような気がする。けれど寒くならない。
なんだこれ。手錠から暖かさが流れ込んできている気がする。これなら鼻が凍らずに済みそうだ。空を見ると普段の明かりでは消えてしまうほど遠くにある星さえ見える気がする。
「あっそ。じゃ」
彼女は踵を返すと飲み物を冷ましてからゆっくりとテントへ戻っていった。助けてくれたような、手錠が付いて寧ろ別のピンチを迎えそうになったような飲み込みにくい状況に迷いつつもとりあえず相棒を磨き直した。




