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東の海へ向かうため、僕たちは旅客船《セレスティア号》に乗り込んだ。甲板から見える空は澄み切っていて、まるで何もかもを忘れさせるようだったけれど、僕の胸にある焦燥は少しも晴れなかった。
「今更ですが、ミカロさんには家族関係にわだかまりがあるようなのです」
シャルルローゼスが小さく呟く。優雅な口調の裏には、明らかな不信が滲んでいた。
「タイダルフォースには、ロクサリエン・バンガードに所属している方のうち、要注意人物としていくつかの人物の顔を覚えるよう周知されているのですが、なぜかミカロだけは最後は話し合いで連行するよう注意書きがあったのです」
「クラリッサ達は攻撃してたね。怨恨でルールを無視したのかな」
「あの時はシオンさんが正面にいたから、攻撃の許可が出ているのかもしれません」
「私は本拠地で待機することが多かったので、その理由を調べてみたんです。これがまとめた書類です」
シャルルローゼスが、懐から取り出した小さな書簡を僕とエイビスにそっと見せた。
「これは、ドルフェリア王家の記録室に保管されていた資料です。詳細までは申し上げられませんが、資料を要約すると、ミカロさんはかつての貴族階級に連なる家系に生まれたそうです」
言葉の意味を理解するのに、ほんの数秒の静寂が必要だった。
「つまり……王家と関係が?」
「血筋の話であって、ミカロさん自身は特に権限もないと思います。ですが、彼女を呼び戻したということは、ご家族の中で考えがあるのでしょう」
会話を切り上げるように、シャルルローゼスは静かに視線を下ろした。
そんななか、僕は甲板の片隅で、見覚えのある軍服に目をとめた。金のライオンのエンブレム――あの兵士たちが、同じ船に乗っている。
だが、ミカロの姿は見当たらない。
「奴ら、どこへミカロを……」
「追いましょう。何か情報が得られるかもしれませんわ」
僕たちは船の内部、貨物室へと移動した。
蒸気の匂いが漂うその場所で、件の兵士たちが輪になって、何かを話している。
「もうすぐブルームスパイアか。式典に間に合えばいいが」
「問題ない。ご令嬢の式典は翌日行われる予定だから、時間は問題なさそうだ」
「いや、私が心配しているのは、あの人だ」
「口を慎め。それ以上は自分の中だけにしてくれ」
彼らの会話が終わり、その場から離れていく音を確認すると、僕とエイビスは顔を見合わせた。
「ミカロが……?」
エイビスはブルームスパイアの位置を地図で指示してくれた。ペンダントの方向と同じようにその地名は東に位置している。
そのとき、背後から声がした。
「やあやあ、そんな真面目な顔で物陰に隠れてると、こっちまで悪いことしてる気分になるよ」
肩を叩かれて振り返ると、そこには派手なコートに身を包んだ切れ長の双眸を持つ男が立っていた。だが気の抜けた笑みと、どこか芝居がかった動きには敵意を感じない。だけど、その声には不思議な響きがあった。
「お、怪しんでるねぇ。安心してくれ。君達のことは良く知らないし、探偵みたいで面白いと思っただけさ」
「では、なぜあなたもここにいたのですか? 彼らの話を聞いていたようですが」
「そりゃあ、ブルームスパイアは記録の宝庫だしね。王家のお嬢様が式典を開催する、なんて面白い話が舞い込んできたから、ひとつ記録しに行くところさ」
彼は軽く肩をすくめると、ちらりと貨物室の方を見た。
「先に言ってしまうけど、ああいうのには、あんまり近づかない方がいい。彼らはレオグランファミリー。ドルフェリア王家の牙みたいなもんだ。戦場を整理するのが仕事で、記録を残さず処理するのが得意な連中だよ」
「つまり・・・ミカロは彼らに連れて行かれたのか」
「重要な役割を担わされてる、ってことだろうね」
僕は思わず一歩前に出て、問いかける。
「なら、手を貸してくれ。さっき言ってたご令嬢は僕たちの仲間で間違いない。僕たちに付いてくれば、式典を間近で体験できる。どうかな?」
オラクリエは一拍置いて、笑った。
「いやいや、俺は戦うのが目的じゃないから。巻き込まれるのはごめんだよ」
そう言いながらも、その目の奥には、どこか僕たちを見透かすような色があった。
「じゃ、健闘を祈るよ。記録されない勇気は、美しいけど儚いからね」
そう言い残し、彼はその場を去っていった。
貨物室に再び耳を澄ませると、兵士たちが何かの合図とともに動き始めた。
「会議を始める。警備の配置についてだ」
その声に続いて、別の男が応じた。
「ブルームスパイアの西塔は警備が薄い。そこを強化すべきだ」
何かがおかしい、とエイビスが目配せをしてきた。
その瞬間だった。
「誰か、いるな」
兵士の一人がこちらを振り向き、剣を抜いた。
咄嗟に僕たちは遮蔽物の陰に身を隠し、兵士の顔が見え目を合わせると、僕は首に反撃の分をお見舞いした。
「対象を確認。攻撃開始!」
「運航に支障が出てしまいます。応戦せず、防御に徹してくださいませ」
シャルルローゼスが魔法の障壁を展開し攻撃に備えた。
だけど、兵士たちの攻撃は止まなかった。
そこへ、船尾の手すりの上に、片足で着地する男の姿があった。
「おいおいおい、こいつは俺の記録船だってのに、勝手に戦場にすんなよ」
オラクリエが、どこか楽しげに、でも確かな殺気を漂わせて笑っていた。
「仕方ないねえ。じゃあ俺も、舞台に上がるか」
そう言って、彼は槍を手に舞うように戦場に飛び込んだ。
「さあ、第二幕の開演といこうか!」
戦闘の中、オラクリエは回転する槍で音の結界を張り、敵の攻撃を翻弄する。敵の足元が揺らぎ、注意を逸らされた隙に、僕たちは動いた。
「このままじゃ埒があかない。退避を!」
「行くぞ。掴まっとけよ!」
オラクリエの導きで、僕たちは船腹に積まれた小型ボートへと飛び移る。
敵もすぐに追ってくるが、オラクリエは静かに口元に手を添えた。
「記録の中に眠れ、“追跡の記憶”よ。スカンディア・スピン」
彼の槍から放たれた声の残響が、追手の小型艇に絡みつき、錯覚と幻声でその動きを乱す。
そのまま敵の艇は操舵を誤り、岩礁へと激突した。
やがて波の向こうに、塔が連なる都市の姿が見えてきた。
ガラスと石で彩られた尖塔が、まるで星に触れんとするように聳えている。
「ブルームスパイア。記録と建築の都。いい舞台になりそうだねぇ」
オラクリエの声が、旅の続きを告げるように響いた。




