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「アンタ。絶対、笑うでしょ」
「笑わないよ」
「そもそも見せないから」
彼女はやはり着たかったらしく、立ち上がると、申し訳なさそうに店員に何かを話すと、店員は新しいオーダーを承ったようにミカロを別の部屋へと連れて行った。
ミカロは戦えれば服はあまり気にしないと思っていたが、意外と硬派なのかもしれない。
最後に水を飲み干すと、店員さんがネズミを見つけた蛇のような目つきで僕を見て手招きをしてきた。
「あのー彼氏さん、ちょっと」
「シオンで良いですよ。彼氏ではないので」
「彼女さんがしてくれた新しいオーダー、二人で挑戦いただく必要があるので、あの扉から一緒に参加していただいてもよろしいですかぁ?」
このお店では男女が訪れると強制的に彼氏彼女にされるらしい。これ以上理解を求めても無駄な気がするので、入店したからには何かしら注文するかのようにやむなく納得して、ミカロの入っていった扉へと進んでいった。
「店員さん、ごめんなさい。このリボン、整えてもらっても……」
恥じらいながらも毅然と立つミカロの姿は、いつもの強がりや刺々しさとは違う、どこか儚くて可憐な輝きをまとっていた。フリルの揺れも、真っ赤な耳も、睨むような視線でさえ、彼女の不器用な優しさと真面目さを際立たせていて――僕の目は、ただ彼女に釘付けになっていた。
「何で入って来てんのこの変態っ!」
ピストルのような風の勢い。
僕は彼女の右ストレートを両手で受け止めた。
「いや、店員さんが、というよりも何で着てるの?」
「メ、メニューで注文したら、ハズレを引いちゃったの! 最悪よホントに」
最悪と言うわりには、振り返る前は新しい魔法を僕に放つような楽しみのある声で振り返っていたような気がする。
だが、これ以上彼女の反応を攻めると、龍が飛んできそうなので、ここは素直に受け止めよう。
「そ、そうだったのかー。それは災難だったね」
「そ、そうよ。このメニューはこれで終わりみたいだから、早く出ていきなさいよ。着替えらんない」
僕はおとなしく扉を出ると、犯人は出来上がったハンバーグから溢れた肉汁を見るような目で僕を見つめてきた。
「彼氏さん、彼女さん可愛くなかったですかぁ?」
「ノーコメント。いたずらは程々にね」
「さっきの写真、撮ったんですがいります?」
「彼女に送っておいてください」
「分かりました。お二人ともに後で送っておきますね!」
やはり異世界過ぎるのか、話が通じない。僕はメッセージの通知を大人しく上に隠した。
ミカロは着替え終えると、潜入任務のように慎重に部屋を出てくると、店員さんから「制服、買っていきますか?」と訊かれた瞬間、
「ぜーったいにもう着ないから!」 と叫んでいた。
けれど僕は見た。ミカロが、ほんの一瞬だけ新しい服を着たことに対して、パフェを味わっていた時と同じように微笑んでいたことを。
彼女の新しい一面を知った気がして、なんだか今日という日が少しだけ、特別に思えた。
カフェからの帰り道、ミカロは歩幅を合わせることもなく、気だるそうに前を歩いていた。沈んだ空気をどう取り繕うか考えていたところに、僕の端末が震えた。
画面を開くと、冒険者ギルド・カフェから送られてきていた写真が目に飛び込んできた。
そこに映っていたのは、制服姿のミカロだった。フリルのついた白と青の丈の短いスカートに、白くマシュマロのように柔らかそうなブラウス、赤くなった頬。カメラ目線ではないのに、妙に絵になっている。あまりの意外さに、僕は思わず固まった。
彼女にも同じものが送られてきたのか、僕と同じようにメッセージを見て足を止めていた。
「見た?」
「いや、何も」
振り返ったミカロは、目を細めてにらんできた。さすがに見たことはバレているらしい。
ここは大人しく履歴を消しておこう。もったいないが。
「一瞬しか見れなかったけど、似合ってたよ。すごく」
「はあ? 何それ。からかってんの?」
「本気で言ってる」
そう答えると、ミカロはしばらく視線をそらし、それからポツリと呟いた。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「どうぞ」
「なんでアンタ、あのときクラリッサとシャルルローゼスと戦ったとき、ワタシを守ったの? ワタシ、アンタのこと雑に扱ってたじゃん」
僕は一瞬言葉を探して、それから答えた。
「そんなの決まってる。君が仲間だからだよ。乱暴に扱われたとか、手錠を付けられたとかそんなのは関係ない。仲間を守るのは当然だろう?」
ミカロは一歩、僕から離れるように歩きながら口を尖らせた。
「そっか。仲間、ね……そう、だよね。うん。仲間か」
その言葉の響きには、どこか釈然としないものがあった。まるで、彼女自身がその答えを望んでいなかったかのように。
そう感じた直後だった。通りの角を曲がった先に、異様な光沢を放つ金の鎧をまとった集団が姿を見せた。胸元に輝くのは、金のライオンのエンブレム。
「立ち止まれ。ミカロ・タミアを拘束する」
前方の男が告げた。冷たい響きのその声は、感情のかけらもなかった。
「タイダルフォース……じゃない?」
「我々は王命によって動いている。従わぬならば、力を行使する」
ミカロの顔が青ざめた。
僕は即座に相棒へ手を伸ばそうとして、何も持っていないことに気づいた。そういえば宿に置いてきたか。代わりにミカロの手を掴み、裏路地に駆け込む。
袋小路の石壁を蹴り、細い道を抜け、ひとまず商店の裏手に逃げ込む。
けれど――中央に進むと狭い路地の四方を、彼らは寸分の隙もなく取り囲んでいた。
「逃げ場はない。引き渡してもらおう」
「ふざけるな」
僕は素手で構える。力が足りないことはわかっている。でも、それでも守りたかった。
拳を振るう。体を翻して蹴りを叩き込む。だが、武装した兵士たちは動じず、むしろこちらの動きに呼応するように、冷静に僕の攻撃を封じてきた。
打ち込まれる衝撃に体が耐えきれず、膝がつく。体を動かし態勢を整えようとするたび、
足蹴りが続く。剣もない、彼女の魔法もない。それでも、僕は止まるわけにはいかず、体を動かしては止められた。
「もうやめて!」
ミカロが叫んだ。
「分かったわ。ワタシを連れて行きなさい。それでいいでしょ。降参するから、彼を傷つけないで」
「いいだろう、それではこちらに」
「ミカロ、だめだ!」
「いいの。アンタみたいなお人好しがただ蹂躙されてるのなんて見てられない。さよなら」
彼女は背を向けて僕の下を指さすと、それだけを残して、ミカロは兵士たちに連れ去られていった。
ポケットから端末を見ると新しいメッセージが届いていた。
『助けようとしてくれてありがとう。でも、
素直なことに言わせてもらうと、迷惑なのよ。
怪我くらい自分ひとりの力で直しなさいよ。
手伝う必要はなんてないから』
大量の文字を打てるほどのスピードよりも、文章の内容が少し引っかかっていた。文章の区切りが変だ。相変わらず、彼女は誰かがいないと素直になれないらしい。
僕は気が付けば、思い出の好物を三年ぶりに見たときのように笑みを浮かべていた。
傷だらけの体を引きずり、宿に戻ると、エイビスとシャルルローゼスが心配そうに出迎えた。
「シオン様、そのお姿……一体、何があったのですか」
「ミカロが連れていかれた。金のライオンの紋章をつけた兵士たちに。タイダルフォ―スとは関係ないみたいだ」
二人の顔色が変わる。
僕は椅子に座りながら、ふとポケットに入れていたペンダントを取り出した。
「方向が変わってる」
エイビスがペンダントを覗き込み、慎重に呟く。
「確かに、これまでは北を示しておりましたが、今は東を指していますわ」
その言葉に、全員の視線が自然と交差する。
「つまり、ミカロがそこにいるってことか」
僕が立ち上がると、シャルルローゼスも静かに頷いた。
「彼女をこのままにしておくわけにはいきません。私も同行いたします」
「私も当然、お供いたしますわ」
エイビスの目に、迷いはなかった。
僕たちは三人、まだ見ぬ東の地を目指し、宿を後にした。




