17
次にペンダントが示してくれたのは、北の方角だった。ロクサリエンよりもさらに上、雪深く険しい地域だった。
けれど、そこへ向かうにはタイダルフォースとドルフェリアの監視網をかいくぐる必要がある。空と陸の警戒は日々強化され、いくら僕でも簡単に突破できる状況じゃない。そうなると、どうしても強行突破しか選択肢が見つからない。そう思っていた矢先だった。
「なので、南へ参りましょう」
エイビスが紅茶を飲むような軽やかさで提案してきたとき、僕は耳を疑った。
「……え? いや、目的地は北だよね? それを南に?」
「はい。おそらく敵も北へ向かうと思っているでしょうし、南に情報拠点を置く知人もおりますの。視点を変えてみれば、新たな糸口が見つかるかもしれませんわ」
確かに理屈は通っている。理屈だけなら、だけど。
それでも彼女の不思議な勘――いや、確信に近いものを信じたのは、たぶん僕の中で、彼女がすでに信頼できる存在として根を下ろしていたからだと思う。
列車を降り、馬車に揺られ、ようやく辿り着いた南の街は、陽気な色で染められたレンガの家々が並び、鼻孔をくすぐる甘い香りと果実の風がそこらじゅうを漂っていた。
しかし、到着早々、後部座席で何やら小さく揉めている気配がある。
「シャルルローゼス、エイビスを気にかけてたのなら、どうして学園に通わなかったの?」
ミカロが、隣にいるシャルルローゼスに静かに傘へ雫を落とすみたいに爆弾を置いた。
「……私も私なりの事情があったんです。私としても学園に通う方が効率的ではあったんですが、タイダルフォースで関わっている時間には特別な印象が強かったので、悪い気もしていませんでした」
言葉の端々に気品が漂う彼女にしては珍しく、ほんの少しだけ口調がほぐれている。エイビスに関する話題が糸口だったのだろう。ミカロも緊張を抜くように小さく息を吐いた。
「クラリッサって、ワタシがあんな顔するくらいイヤな奴だったけど、アンタの味方だったんだよね?」
「……昔は、ですが。今はもう、あの人がどうなろうと御姉様の方が、ずっと大切です」
かすかに微笑みが混じったその言葉に、ミカロの肩が小さく震えた。
「あんた、悪くないじゃん。ちょっと面倒なだけで」
「それ、褒めているんですか?」
「どっちでもいいでしょ」
まるで雪解けのようなやり取り。旅の空気も少しだけ軽くなった気がした。爆弾も白山に埋もれている。
南の街に着いた僕たちは、木製の扉に月の刻印が浮かぶ宿へと足を踏み入れた。外観こそ普通だが、内装はどこか幻想的で、カーテンの模様が星図になっていたり、柱が鍵盤模様だったりと、とにかく独特だ。
部屋に荷を置くと、エイビスが僕の方に近づいてきた。
「シオン様。明日は調査をお休みにしませんか? デートとなると、ミカロやシャルにも大義名分が必要になりますし」
「エイビスには今回、シャルルローゼスのために貢献してもらったし、それでいこう。
二人もそれでいいかな」
二人から帰ってきた返答はただ頷きだけだった。ミカロからは刃でも飛んでくるかと思ったが、シャルルローゼスと理解できる部分が増えたからなのか、埃が飛んできただけで終わった。ありがとうシャルルローゼス。
この提案に対して朗らかになっているのはエイビスだけだ。目を閉じ、時折頭を傾げては好物を頬張っているかのような笑顔を見せてくる。
「それでは、待ち合わせについてはまたお伝えしますね。よろしくお願いします、シオン様」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
そう言って笑みを浮かべた彼女の瞳は、夜空よりも澄んでいて、それだけで心臓が少し跳ねた。
ところが次の日。待ち合わせ場所に着いた僕の目の前に現れたのは――
「……なんで君がここに?」
「アイツに頼まれたのよ。言っとくけど、アンタなんかに一ミリも興味ないから」
ミカロだった。
状況が飲み込めず目を瞬かせる僕に、ミカロが手元のメッセージを見せてくる。
《ごめんなさい。私、少し体調を崩してしまいましたの。代わりにシャルが看病してくださるそうなので、ミカロ、スイーツはどうかシオン様とお楽しみください》
……体調不良? エイビスが?
いや、絶対に仮病だ。彼女なら少なくとも事前に延期を伝えるよう動くはずだ。その証拠に何度か彼女自身からの確認もあった。おまけにメッセージには舌で可愛い子ぶっている絵文字つきもあるし。
「ま、ワタシとアンタが一緒に行動してるのも変な状況よね、やっぱり帰るわ」
「ちょ、待って。スイーツは君も楽しみにしてたんじゃないの?」
「・・・ハァ、しょうがないわね。店まで案内して」
エイビスは丁寧にどこへ訪れる予定だったのか、位置情報も教えてくれていた。
だが、詳細を検索すると、彼女が選んだわりには一般とはかけ離れているものの、オシャレとは考えにくい場所が出てきた。
「いらっしゃいませ!冒険者ギルド・カフェ《光の羽》にようこそ!」
店の前で元気よく迎えてくれた店員は、フリルたっぷりのエプロンドレス姿。全体の虹色の雲や妖精などのデコレーションで、看板にはクエスト風の手描きメニューが書かれている。
店の中はいつかの居酒屋をそのまま移行しただけなのか、あまり手つかずだが、非日常を感じるにはこのままの状況で良いのかもしれない。
「ご注文は、任務カードを引いていただく形式です。選ばれたスイーツを、店内の探索によって発見していただきます!」
「茶番ね」
即座に切り捨てるミカロ。だがその後、手元のカードを見て少しだけ目を細めた。
「『氷魔女の涙を探せ』……塩キャラメルパフェ。エイビスに勧められたの、これ」
「それにしようか」
「いや、一応他のも見とく。」
彼女はメニューをまんべんなく確認すると、結局そのクエストを選択した。
そして僕たちのテーブルに置かれたのは、地図風に描かれた『探索カード』。
店内の各所――本棚や小道具の展示台、壁の仕掛けなどにヒントがあり、それを読み解いてスイーツを見つけるのが任務らしい。
装飾の陰に隠れたレバー、謎の暗号、照明による誘導……思いのほか凝った作りだった。
「ちょっと、ここの影、さっきより角度変わってるわ。アンタ、そっち押してみて」
「わかった。こっちだなっと」
僕が外枠の絵柄とドアノブの絵柄を合わせて押すと、機械仕掛けの扉が開き、中にはカードとともにキラキラと輝く塩キャラメルのパフェが描かれていた。
「やった!」
ミカロは僕に手を向けた。よくセインが手を見せて押してくれるのを待っていたな。
僕は数年前に食べた駄菓子を見たように朗らかな気分で彼女の手を叩いた。叩くと、電気が弾けるような音がした。
「……ッ!」
ミカロが一瞬で顔を赤らめ、すぐに手を引っ込めた。
「ままっ、まあ。これくらい当然よ。子供向けの茶番だし」
そう言いながら、ミカロは報酬としてだしてもらったパフェをすくい、一口。
その瞬間、彼女の表情は霧が晴れるように緩んだ。
まるで、冬の朝に毛布の中で見つけた陽だまりのような、柔らかな顔。
「美味しい。ほんとに、ちょっとだけ……いいかも」
その顔があまりにも可愛らしくて、つい笑みをこぼした僕を、彼女は睨み返した。
「な、何よ。ニヤニヤしないでよね」
すぐに視線をそらすミカロ。その耳まで赤いのを、僕は見逃さなかった。
するとそのとき――
「お連れ様、ちょっとよろしいでしょうか」
再び現れた店員が、ミカロをまじまじと見つめて言った。
「え? な、何?」
「実はお客様のような可憐な方に、ぜひ一度当店の制服を着ていただきたく……カップルでの記念撮影も人気なので、彼氏さんもドキドキしてくれるかもしれませんよ」
「カ、カップルじゃないわよっ!」
即座に否定したが、すでに制服は用意されていた。
フリル、リボン、短めスカート。どこからどう見ても甘々なメイド風衣装。
ミカロは否定していたが、何度か制服を見ると、着てみたいのか何度か僕を見て様子を見ていた。これは押せばいけるかもしれない。




