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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第二章【束縛】

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シャルルローゼスの袖がめくれた瞬間、僕の視線は自然と彼女の腕に吸い寄せられた。

 真紅。まるで火傷のように赤く染まった皮膚。魔力の残滓がまだ淡く漂っているのがわかる。さっきの攻撃の代償か、あるいは元からなのか。


「その腕、」


 問いかけようとした僕の声を、彼女が先に遮った。


「大丈夫です。問題ありません」


 微笑みすら浮かべて、彼女はそう言った。でも、目は笑っていなかった。僕にはそれ以上、何も言えなかった。ただ、彼女がその痛みに意味を見出しているのなら、僕が口を挟むべきじゃないのかもしれない。

 戦場は、混迷の渦の中にあった。

 瓦礫の向こうでは、ミカロとエイビスが押し寄せる一般兵と青光の目立つ二足歩行兵器を相手に苦戦していた。


「あれは、量産型の魔導歩兵。肩に重火器を担いだのは機甲兵ですね」


その弾幕の間を縫って、二人は懸命に応戦していた。


「エイビス、攻撃が雑になってるわよ!」

「前衛を押さえなければ、シオン様たちの退路が確保できませんの!」


 エイビスが舞うように駆け、剣で兵の隙を突き、次々に倒していく。けれども、次の瞬間には別の兵が現れ、その背を取られる。


「そっち!」


 ミカロが龍を放ち、背後の兵を撃ち落とす。息ぴったりの連携。しかし、クラリッサがその流れを切断するように割って入った。


「いつまで遊んでる気よ!」


 戦闘用の強化外骨格を纏ったクラリッサが、手にした重装魔導槍でミカロの足元を抉る。ミカロが飛び退き、着地の隙を突かれてエイビスの突撃も逸れる。完全に流れを読まれていた。


「ちっ、アイツいつまで追ってくるのよ」

「数が厄介ですが、打開できない相手ではありません」

「準備できました、行きましょう」


 そのときだった。僕とシャルルローゼスが駆け込むと、空気が一気に変わった。


「シオン様、援護いたしますわ! シャル、正面から魔導兵器を狙ってください!」

「はい、御姉様のために!」


 僕が剣を振るい、ミカロの後ろに迫っていた兵士を切り伏せる。シャルルローゼスが展開した氷の花弁が、クラリッサの動きを一瞬止めた。


「アタシの獲物に、よくも!」

「なら、私を止めてからにしてください!」


 その隙に、エイビスが魔導兵器のコアを見事に貫き、炎の爆発があたりを包んだ。

 状況が一気にこちらに傾いた、そう思ったのも束の間だった。


「増援来るわよ!」


 ミカロの叫びに、振り返ると、タイダルフォースの新たな部隊が戦場の南側から到着していた。空を舞う輸送艇、飛び降りる武装兵。完全に包囲される前に、退かなければ。


「シャル、爆発を使って退路を開ける!」

「了解!」


 彼女が魔法陣を幾重にも展開し、残っていた戦闘兵器の一つへ干渉する。内部のコアが不安定になり、爆裂音とともに吹き飛んだ。煙と炎が視界を覆い、僕たちはその隙に裏手の廃路地へと滑り込む。


「逃がさないわよ、シャルルローゼス!」


 クラリッサの怒声が背後から飛ぶ。僕たちを追おうとする彼女を、シャルルローゼスが振り返って制止する。


「クラリッサさん。私は感謝しています。軍で学んだこと、教わったこと、すべてが私の血肉になりました」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。


「だからこそ、今は私の信じる人と共に行きます。どうか、お許しください」

「ふざけるな。お前、どうなるのか分かっているのか!」


 クラリッサが再び踏み出しかけるが、その言葉と態度に一瞬、戸惑いを見せる。シャルルローゼスはもう背を向けていた。

 僕たちはそのまま退路を走り抜け、谷間の抜け道へと出た。そのとき、空から紅蓮の輝きが降り注ぐ。タイダルフォースが放った最後の火炎弾だった。建物数棟を焼き尽くす勢いのそれが、僕たちの進行方向に落ちようとしていた。


「退け!」


 僕が叫んだその瞬間、シャルルローゼスが一歩前に出た。


「絶対に、誰も傷つけさせない!」


 彼女の周囲に白銀の魔法陣が展開され、冷気が爆発する。炎と氷がぶつかり合い、衝撃波が周囲を駆け抜けた。けれど、僕たちの身体には、火の熱も破片も届かなかった。

 守られていた。彼女の魔法が、確かにこの世界から僕たちを守ってくれた。

 崩れた瓦礫の隙間から空を見上げると、朝の光が差し込んでいた。

 この戦いに、明確な勝者はいなかった。でも、信じて共に立つ者がいる限り、僕たちは確かに前へ進める。

宿に戻ると、ようやく空気が緩んだ。

 あれほど激しい戦闘のあとだというのに、どこか日常の静けさが戻った気がしたのは、シャルルローゼスが僕たちの味方に加わってくれたからだろうか。


「御姉様、私、確認しておきたいことがございます」


 シャルルローゼスはそう言って、エイビスの前に立った。その目は真剣で、まっすぐだった。


「シオン様と、キスをしてくださいませ」


 唐突すぎる発言に、エイビスはぽかんと口を開け、それから顔を真っ赤に染めた。


「ま、ま、待ってくださいまし! シャルそんなこと、なぜっ」

「御姉様が本当にこの方を信じているのか、確認したいだけです。私にはそれが一番分かりやすい方法ですから」


 シャルルローゼスは柔らかく微笑んだ。その表情には茶化しでも悪意でもなく、ただ純粋な信頼の確認という意思が込められていた。


「わ、わかりましたわ。信じています。私はシオン様を信じております」


 そう言いながらも、エイビスはしっかりと僕の目を見ると、静かに目を閉じた。

するのか、本当に。ここは形式とはいえ、シャルルローゼスの信頼を得るためにもやるしかない。

 シャルルローゼスは小さく頷くと、口や目から笑いを零した。


「ふふふ、冗談です。私も改めて力を貸しましょう。御姉様が信じた方なら、私も信じます」


 宿の部屋割りは、自然とミカロと僕が同室、エイビスとシャルルローゼスが同室という流れになった。これが最もトラブルが起きにくいという判断からだった。

だが、トラブルは間違いなく起こるだろう。本意ではないが。

 夕食を終えたあと、全員で僕の部屋に集まり、情報を整理する時間を取ることにした。


「シャルルローゼス、そのペンダント、あなたが受け取った経緯について覚えていることはある?」


 エイビスが慎重に問いかけると、シャルルローゼスは小さく首を振った。


「申し訳ありません。私がこのペンダントを持っていたこと自体、つい最近まで忘れていたのです」

「そっか」


 僕が軽く息を吐き、ポケットから自分のペンダントを取り出した。そして、シャルルローゼスも同じく自分の胸元からペンダントを取り出す。

 二つのペンダントが触れ合った瞬間、頭の奥に一瞬だけ映像が流れ込んできた。


***


ロクサリエンの懐かしい作戦室の情景が浮かんでくる。相変わらずロッカーやボードは古臭い。

エイビスはカメラを僕の目線にあうよう掲げた。


「シオン様、せっかくですから記念の写真を撮りましょう。この機会にぜひ」

「御姉様の言う通りです。いつかこの日を思い出すことができるように撮るべきです」

「ミカロ、全員で撮ろう」

「1枚だけよ」


芋の揚がったような音が響くと、情景は雲のように消えていった。


***


断片的で、はっきりとは分からなかったけれど、確かにその場にシャルルローゼスもいた。


「今の、見えた?」

「ええ、見えました。御姉様と一緒にいました。でも、それ以上の記憶は曖昧でよくわからなかったです」


 それでも、これまでの中で最も確かな手がかりだった。

 会話がひと段落つくと、シャルルローゼスは急にしおらしい表情を見せ、エイビスの腕に寄り添った。


「御姉様、私、本当にこれでよかったのでしょうか。タイダルフォースを裏切ってしまいました。きっと、すぐに追手が来ます」

「大丈夫ですわ、シャルル。私たちが一緒ですもの」


 エイビスは優しくシャルルローゼスの髪を撫でた。その手つきは、まるで母が子を慰めるようだった。

 そのやり取りを静かに見ていた僕に、エイビスがふと目を向けると、手招きをした。


「シオン様、少しだけお耳を」


 そっと近づくと、エイビスは僕の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「シャルルを救ってくださって、ありがとうございます。そして、約束していたデート忘れておりませんよ」


 彼女の口調はいつも通り丁寧なのに、その意味するところに一瞬、僕は息を呑んだ。

 夜は静かに更けていった。


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