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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第二章【束縛】

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「御姉様がそう言うのなら、納得します。でも、それならばこそ、彼らがどんな人なのか、私自身で確かめなければなりません」


 彼女が懐から通信機を取り出し、指を滑らせた。


「クラリッサ・ノアール、応答願います。ゲート前にて確認すべき対象がいます。部隊とともにこちらへ」


 しまった、と思ったときには遅かった。


「逃げるわよ。この距離じゃ選んでる時間なんてないわ」


 ミカロが小声で言ったときには、すでに軍の制服を着た女性が数名の兵士を連れて現れていた。目立つ銀金髪、鋭い視線。そして、彼女の目がミカロを捉えた瞬間、その表情が一変した。


「ミカロ・タミア。アンタ、よくものうのうと姿見せたわね」


 クラリッサ・ノアール。


「うわ、面倒な女が来た。何でよりによってコイツなのよ」


クラリッサの見せるミカロへの目線は虎のように鋭く見えた。ほぼ間違いなく争ったもの同士だろう。


「その口、今度こそ閉じさせてあげる」


 クラリッサが手を挙げると、兵士たちが構えを取った。僕はすぐさまミカロの前に出て、鞘から剣を抜く。


「アンタには手を出させない。悪いけど、ここは通さないよ」


 クラリッサの表情がさらに険しくなる。


「邪魔するなら、アタシも容赦しない」


 同時に、シャルルローゼスも指を上げ、何かを命じようとした。


「やめて。そこまでです、シャルルローゼス」


 エイビスが彼女の肩をそっと押さえた。


「彼らは敵ではありませんわ」

「でも、タイダルフォースに隠れて近づいていた。それは事実です」


 緊張が張り詰める中で、クラリッサがさらに大きな動作を取った。後方にある小型砲台を指差し、起動指示を出そうとした、そのとき。

 突如、爆発音が響いた。

 砲台のひとつが火花を散らして崩れ落ち、辺りが煙に包まれる。


「何、誰かいるかもしれん、探せ!」


 クラリッサが叫ぶが、僕たちは何もしていない。ミカロも同じく唖然としていた。


「あれ、アンタがやったの?」

「いや、知らない」


 混乱するクラリッサに、ミカロが飛び込むように接近し、脇腹へと鋭く蹴りを入れた。


「喋りすぎなんだよ、アンタは!」


 クラリッサが体勢を崩すが、すぐに立ち上がり、兵士たちに制圧指示を出す。その隙に僕たちは一気に包囲から離れようとした。

だが、すぐに別の脅威が迫る。


「シオンさん、このまま逃がすとでも?」


 シャルルローゼスが紅茶へレモンを指すように僕の前に立った。すでに手には細剣が握られ、瞳には敵意が宿っていた。


「御姉様をそそのかしたあなたに、確かめるべきことがあります」


 言葉を交わすより早く、彼女が突きを放つ。僕は剣で弾いたが、その一撃が異様に鋭い。


「なっ、僕の動きを」

「読めます。私の目は御姉様の動きを全て覚えていられるほどに特別なんです」


 彼女の連撃は、まるで僕の過去の戦闘記録を見たかのように的確だった。剣の振り、体重移動、構えの崩し。どれもが逆手に取られていく。


「これは、厄介だな」


 シャルルローゼスの刃が再び突き出され、僕はそのまま後退しながら、防戦を強いられた。

 大鳥に似た高叫びの声がした。恐らく増援だろう。僕は剣を持ち直し、視線をシャルルローゼスに向けた。彼女の意識がわずかにクラリッサへ逸れた、その一瞬。


「ごめん」


 僕は踏み込み、柄でこめかみを正確に打ち抜いた。シャルルローゼスの身体が力なく崩れ、その場に倒れ込む。彼女が倒れる直前、僕の目を見ていた気がした。迷いと驚き、それでも少しだけ安心のような違和感。

 そんな感傷に浸っている暇はなかった。僕はすぐにシャルルローゼスを背負い、瓦礫の影から走り出す。


「ミカロ、エイビス、後は頼む!」


 振り返りざま叫ぶと、ミカロが振り向いて両手を腰に当て、ふんっと鼻を鳴らした。


「アンタのために時間稼ぎするわけじゃないから」

「よろしく!」


 エイビスは静かに頷き、スカートの裾をたくし上げて軽やかに駆け出す。


「シオン様のお言葉とあらば、私、必ず務めを果たしてみせますわ」


 ミカロとエイビスがクラリッサの部隊に突っ込み、煙と火花があがる。僕はその隙を縫って、近くの廃倉庫へと駆け込んだ。

 鉄骨の柱にロープを回し、シャルルローゼスの手足を慎重に縛っていく。魔術を封じる封糸も交えて、最低限の拘束を済ませたとき。


「なぜ、なぜ毎回、こうなってしまうんでしょうね」


 縛られたままのシャルルローゼスが、静かに目を開いた。思ったより早く目を覚ましたのは、意志の強さか、それとも訓練の賜物か。


「意識が戻ったか。なら話が早い」


 僕が体勢を戻そうとしたそのとき、彼女の周囲に魔力の波が立ち上がる。


「近寄らないでください」


 地面に複数の魔法陣が浮かび上がる。瞬間、鋭い氷の刃が次々と飛び出し、僕の体に向かって弾けた。剣を振るい、肩を回し、何とかかわすが、風圧と冷気で視界が一瞬霞む。


「やめろ、話をするだけだ」

「話なんて、もうたくさんです!」


 シャルルローゼスの叫びは、まるで悲鳴のようだった。


「いつだってそうです。私が誰かのために助けようとする度、必ず奪いに来る卑怯者が現れる。どんなに信じたって結果はいつもいつも、いつもいつも悲しい結末。私はもう誰の指図も受けたくない。ましてや御姉様を巻き込んで何かをしようとする自分勝手な貴方なんかに御姉様を任せるなんて、できるわけがない!」


 僕は一歩、踏み込んだ。魔法がさらに炸裂し、辺りの鉄骨に氷が張りつく。前へ出るたびに何かを拒絶するような攻撃。

それでも、彼女からも飛び出してくる氷の粒を見て、止まるわけにはいかなかった。

 そして、二つ目の陣を跳び越え、彼女の足元に着地する。

 剣を、彼女の首筋すれすれに突きつけた。僕の相棒に鮮血がゆっくりと地面に注がれていく。


「君に何があったのかは正直理解できる。でも僕たちはそれでも進むしかない。君にも記憶の何処かで思い出せない部分があるんじゃないか。エイビスもそれがあるから僕たちに協力してくれたんだ。少なくとも彼女の決断は信じるべきじゃないのか。大事なお姉様なんだろう?」


 シャルルローゼスの目が、大きく揺れた。腕はマグマのように赤く腫れ、顔は大滝に濡れている。


「御姉様を信じろと?」

「ああ」


 沈黙。彼女はゆっくりと視線を逸らし、唇を噛んだ。


「御姉様を信じたい気持ちは、あります。でも、それだけじゃ足りないんです。私は、信じようとすればするほど、未来は私を裏切るんです。残酷で冷酷で無残に何度も何度も私を欺く」


 その言葉には、怒りも恨みもなかった。ただ、深く染みついた諦めがあった。


「御姉様が私の所にきてくれて嬉しかった。なのに、私は素直に喜べなくて、疑って、試して、こうして戦って、それでも私の心は少しも救われていない。なぜ、信じた先に希望がないんですか?」


 その問いに、僕はすぐには答えられなかった。

 シャルルローゼスは構えを解かずに続けた。


「私の思い通りに世界は広がっていくと思っていたんです。信じれば報われて、愛せば愛されて、正義は必ず届くって。けれど現実は、御姉様のような優しさすら、平然と疑われ、奪われる。そんなのって、悲しすぎるじゃないですか」


 彼女の声が震えていた。泣いてはいなかったけど、今にも崩れそうなほどに、彼女の中の信じたかった何かが壊れていた。


「だから、誰も信じたくない。信じれば信じるほど、痛みが返ってくるから」


 その言葉は、かつての僕にも覚えがある感情だった。

 僕は剣をゆっくり下ろし、代わりに、彼女の目をまっすぐに見た。


「迷惑なんてもう慣れたよ。誰かさんは自分勝手に動くし、誰かは僕のために見境なく動く。幼なじみは戦闘も不慣れなのに買い物に行く毎日だ。あと一個増えたとしても、別に気にしないさ」


 シャルルローゼスが小さく息を呑んだ。


「エイビスは、君を守りたいと願っていた。君がどう思っていても、彼女の中には揺らがない思いがあった。だから、僕は信じる。エイビスが、何かを捨ててでも君のために動く人間だってことをね」


 しばしの沈黙。

 シャルルローゼスは目を閉じ、縛られたままの手を少しだけ持ち上げた。


「その縄、解いてくださいませんか」

「いいのか?」

「はい。私は最後に御姉様を信じてみたいと思います」


 僕は剣を腰に戻し、縄を解いた。

 戦いはまだ終わっていない。クラリッサの部隊は迫っている。だけど、ここにひとつ、確かな火が灯った気がした。

 迷いの炎ではなく、信じるという灯火が。


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