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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第二章【束縛】

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窓から射し込む朝日が、まぶた越しに差し込んできた。僕は体を起こし、伸びをひとつ。まだ誰も起きていないようだったけど、軽く身支度を整えてから、愛用の剣を鞘から抜いた。昨晩のうちに磨けなかったのが気になっていた。

 鉄の匂いと、手になじんだ重み。布を巻いた指先が、慎重に刃をなぞる。汚れを落とすように、そして心も整えるように。

 そのとき、ノックの音とともに柔らかな声が扉越しに届いた。


「シオン様、お目覚めですか?」

「うん、入っていいよ」


 扉が開き、エイビスが顔を覗かせた。彼女は昨日よりもいくらか落ち着いた顔で、いつもの調子を取り戻しているように見えた。


「おはようございます、シオン様。あら、剣の手入れをなさっていたのですね?」

「うん。戦った後もそうだけど、戦う前はいつも状態を確認しているんだ。エイビスは普段、どうしてる?」

「わたくし、いつもは使用人に任せておりましたの。でも、最近は自分の手で手入れするようにしておりまして」

「いい心がけだと思うよ。もしよかったら、やり方を見ていく?」

「ぜひ、教えてくださいませ」


 エイビスは椅子に腰掛けると、僕の手元に注目した。僕は手順を一つひとつ説明しながら、刃の角度や、拭き方、油の使い方を見せていく。彼女は真剣な眼差しで頷きながら、メモでも取りそうな勢いだった。


「この拭き方はこんな風に優しくするのですね。なるほど、力を込めすぎては逆効果でしょうか?」

「そうそう。刃にストレスをかけないことが大事なんだ。磨くっていうより、整える感じで」

「ふふ、まるで人間の心のようでございますわね」

「エイビスらしい例えだね。確かに、剣も丁寧に扱えば応えてくれるよ」


 柔らかい空気が流れる中で、少しずつ、今日の始まりが整っていく。いつもよりも静かで、でも確かな強さを含んだ、そんな朝だった。


「じゃあ、改めて。シャルルローゼスと話をするのに、どうやって外に連れ出すかを考えよう」


 エイビスが頷く。


「タイダルフォースの規律から申しますと、部外者との接触は原則、施設内でのみ許されております。ですが、あの子の性格を考えますと、ほんの少し難しいところがあります」

「直感が鋭くて、空気を読むのも早い。つまり、こっちが何か仕掛けてるって察する可能性が高いってことか」

「はい。ですので、できる限り自然な接触を装い、会いに来たという事実が先行するよう演出するのが最善かと」

「具体的には?」

「私が単身でタイダルフォースを訪問し、あの子にだけ個別面会を希望する流れを取ります。中には入りますが、シオン様は安全圏にて待機していただき、会話の記録をこの通信デバイスで確認していただければ」


 彼女が取り出したのは、小さな耳掛け型の音声中継器。簡易的な仕組みだけど、短距離での会話伝達には十分だった。

 ちょうどそこに、部屋の扉が開いてミカロが顔を出した。寝起きのくせにすでに機嫌が悪そうな顔をしていた。


「アンタら、なんか話し合ってた?」

「シャルルローゼスと接触する方法について相談してたところだよ」

「で、ワタシの出番は?」

「今回は、宿で待機しててほしい」

「はぁ、なんで?」


 ミカロが不満げに眉を吊り上げた。


「タイダルフォースの中で顔が割れてる可能性があるのは、僕とミカロ。僕は近くで音声を拾う必要があるけど、ミカロは万が一エイビスの脱出が必要になったときに、迎えに来てもらう役割があるんだ」


 しばらく睨まれたあと、ミカロは「はあ」とため息をついた。


「まあ、わかったわ。でも、エイビスだけ突撃って、危険が高すぎない?」

「私の方が身元的には安全ですから。あの子に関しては、わたくしに好意がある可能性もありますので」

「それ、いつもの冗談じゃないわよね?」

「ええ。ですので、シオン様と一緒にいたことがバレないよう、単独行動を装う必要があるのです」

「ふーん、じゃあくれぐれもその気にさせないようにね」

「心得ておりますわ」


 そして、時間がきた。

 僕は駅近くの廃屋裏に身を潜め、エイビスから渡されたデバイスを耳に装着した。彼女はすでに門を越えて、タイダルフォースの施設に入っている。

 その向こうで彼女を懐かしむ女性の声が聞こえた。


「本当に私の望み通り来てくれださったのですね、御姉様!」

「ええ、時間が余ったので、あなたのことを確認しに来ただけです。お元気ですか、シャルルローゼス?」

「こんな素晴らしいことは他にありません! 御姉様、よろしければ業務の後、外に出て話せませんか? ご報告したいことがあるのです」


 その言葉に、僕の耳に伝わってきた音声が、急に明るさを増した。作戦は成功だった。

 やがて門が開き、シャルルローゼスが姿を現した。緑の長髪が光に透け、ペンダントが胸元で揺れている。僕のペンダントと、確かに同じものだった。

 エイビスと彼女は並んで歩き、施設の外の木陰へ移動していった。遠巻きに見守る僕の心にも、なにか温かなものが差し込んでくるようだった。

 しばらくして、再び宿の裏路地でミカロと合流した。


「やっほ、作戦成功っぽい?」

「うん、シャルルローゼスは、エイビスのことを信じてるみたいだ」

「ふーん、見た目と雰囲気でわかるね。あの子、カンが鋭すぎる。アンタ、変なこと言ったらすぐ見抜かれるから、気をつけなよ」

「まるでミカロが見破られたみたいな言い方だね」

「なにそれ失礼。ワタシはもっと演技うまいし」


 冗談めいた会話をしながらも、ミカロの目は真剣だった。

 シャルルローゼスとの再会は、思った以上にスムーズだった。でも、その先がどうなるかは、僕たちのやり取り次第だ。

 そして、夜がまた静かにやってくる。次の一歩が、確実に近づいているのを、僕は感じていた。

 シャルルローゼスとエイビスが歩いてくる姿が、朝靄の向こうにぼんやりと見えた。さっきまでの緊張感が嘘のように、あの二人はまるで姉妹のように並んでいる。もっとも、実際に血が繋がっているからこそ、あの自然さなんだろうけど。

 そのまま僕とミカロが待つ場所にたどり着くと、エイビスが立ち止まり、小さく息をついた。


「シャルルローゼス、こちらはわたくしの信頼する仲間です。シオン様と、ミカロですわ」


 僕は一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「シオン・ユズキです。エイビスとは最近知り合ったんだ。よろしく」


 ミカロも少しだけ目線を逸らしつつ、口を開く。


「ミカロ・タミア。まあ、エイビスには世話になってるけど、こっちはこっちで勝手にやってるわ」


 シャルルローゼスは、紫がかった瞳でじっと僕たちを見つめてきた。その目は透き通っているのに、まるで心の奥底まで見透かされるような鋭さがあった。


「御姉様」


 彼女がぽつりと口を開いた。


「この方々、本当に御姉様のお知り合いですの?」

「ええ、もちろんですわ。わたくしが信じている方々ですもの」

「彼らの持っている武器、学園では見た目が若干異なります。ミカロさんにいたっては言葉遣いが気になるのもありますが。それにお二人とも、私に何かを隠しているように思えます。もちろん、御姉様も何か隠しているのでしょう?」


 さすがに鋭い。エイビスは動揺こそ見せなかったが、返す言葉には一瞬、間を置いた。


「たしかに、わたくしはあなたに全てを話していなかったかもしれません。けれど、それは守りたかったからです。あなたの未来と、わたくしの過去と、そして彼らとの絆を」


 シャルルローゼスはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。


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