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僕と、彼女と、ペンダント  作者: ミシェロ
第二章【束縛】

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ペンダントが、柔らかな光を放ち、僕の腕で揺れた。中心に浮かぶ透明な石が、まるで意思を持つように淡く脈動し、光の矢印を形づくる。それは、はっきりと南東の方角を指していた。


「この場所はどこか分かるかい?」

「間違いがなければ、一番大きな施設では、タイダルフォースが位置していますわ」


 僕は無意識に呟いていた。エイビスがすぐ傍で目を細め、神秘的な瞳を光らせる。


「ペンダントはよほど僕たちに戦ってほしいのかもしれないな」

「最悪ね。ま、アンタと一緒に行動する時点でこうなるのは分かってたけど」


 後ろからミカロがぼそっと吐き捨てるように言った。その銀髪が風に揺れ、日差しを反射して鋭く煌めいていた。

 エイビスが軽やかにステップを踏み、振り返る。


「ではシオン様。ここからは列車を利用して、タイダルフォースへ向かうのがよろしいかと存じますわ。徒歩や馬車より、ずっと安全でございます」

「アンタ、本気で言ってんの?」


 ミカロが低く言葉を投げる。その声に、確かな棘があったが、エイビスはゆっくりと棘をはらった。


「あいつらはこの学園に侵入してきただけなのに、私たちを捕まえようとしてきた。相手の本拠地を下手に出歩いたら、速攻で拘束されるかもしれない。っていうか、絶対される」

「まあ、ミカロの言うことは最もだね」


 思わず目を逸らしてしまった。ミカロの言う通りだ。ミカロや僕の顔写真がドルフェリア内部に出回っていると見てほぼ間違いない。

それに、ルミアールがこのまま黙っているとは思えない。


「ここは遠回りして、進んでみるしかないか」

「いえ、ここは変装いたしましょう」


 朗らかな声でエイビスが言い放った。いつもの落ち着いた口調のまま、けれどその内容は想像の斜め上を行っていた。


「はい?」

「変装でございます。わたくし、舞踏会の際に仮装衣装の準備をしておりましたの。万が一の逃走用にも転用できるよう、生地や加工法には気を遣っておりますのよ?」


 どこか誇らしげに、エイビスは小さな鍵付きのトランクを開けた。そこには鮮やかな装飾のある帽子、古風な眼鏡、肌の色を変える粉末化粧、そして何より——見事なまでに男装用と女装用の服が二着ずつ、完璧に折り畳まれて収まっていた。


「この話がなかったら、いつ使う予定だったのよ。どう見ても要らないでしょ」

「お嬢様のたしなみですわ。それに、ロクサリエンへと向かう列車については警備が強化されているようです。そちらよりは安全でしょう」


 さも当然のように微笑むエイビスに、僕もミカロも声を失った。


「まあ、乗るしかないか」


 僕が肩をすくめると、ミカロが僕とエイビスの距離が近いときのような黒い顔で首を縦に降ろした。


「わかったわ。さっさと寄こしなさい。似合ってなかったら許さないから。アンタも早く」

「オーケー。エイビス、それで行こう。」


 仕方なく、僕は変装セットの中から控えめな旅商人風の装束を手に取る。

帽子と薄いサングラスを身につけ、前髪を少し垂らし、顔のラインを誤魔化すようにすると、鏡越しに見える自分の姿がまるで別人のように見えた。


「なにこれ、きっつ」

「太ったんじゃありませんの?」


 ミカロもぶつぶつ文句を言いながら変装を始めた。彼女は中性的な衣装を着込み、見事なまでに坊ちゃんに見える。女性だと気づかれることはまずないだろう。

 そして僕たちは、エイビスの指導のもと、列車へと乗り込んだ。

 発車してしばらく、列車の振動が心地よくて、少しだけ気が緩んだ。お腹が鳴ったのは、その直後だった。


「そういえば、何も食べてなかったね」

「まあ、シオン様ったら。でしたら、こちらをどうぞ」


 エイビスがトランクの奥から、丁寧に包まれた布を取り出す。中には、二段の小さな木箱。開けると、そこには色とりどりの料理が並んでいた。

 スモークチキンとハーブライス、刻んだ野菜とピクルスが整然と詰められていて、何より驚くべきは、その香りの良さだった。


「これ、エイビスが?」

「ええ。お口に合うかは分かりませんが、非常時にも備えておくのが家訓ですから」


 一口、口に運んだ瞬間、鳥がお腹の中で飛び上がり、頭の中で優雅に踊りだした。


「うまい。っていうか、めちゃくちゃ美味い」

「ミカロも、よければどうぞ」


 無言で手を伸ばしたミカロも、最初は納得がいっていないのか、窓を見て何も言わなかったけれど、箱を手に取り食事を口に入れると、次の瞬間には口角がわずかに上がっていた。


「……悪くない」


 それが彼女なりの最大限の賞賛だろう。

 食事を終えて一息つくと、ミカロがぐいっと僕の袖を引いた。


「ちょっと来なさい」

「え?」

「ちょっとズレてるところがあるから、直してあげる」


 有無を言わさず通路側の別の席へと引きずられた。エイビスが微笑みながら小さく手を振っているのが見えたが、ミカロは一切振り返らなかった。

 そして、ふたりきりになった車両の隅。ミカロは背もたれに寄りかかりながら、目を細めて僕を見つめた。


「アンタ、アイツのことをどこまで信用してるの?」

「彼女が裏切るとは行動を見ると考えにくいかな。だから実際に裏切られるまでは信じてみようと思ってる。他に疑問が出てきたら別だけどね」

「相変わらず、お人好しは変わらないのね」


 ミカロはまた窓を見たまま動かない。外を警戒しているのかと思ったが、その目は充実しているかのようにオレンジの鮮やかな色へと変わっていった。


「アンタさ、エイビスのこと好きなの?」


大自然のお陰なのかもしれないが、僕は彼女の言葉に正面からホースの水を喰らったような顔になった。

外の大砲を見て心を切り替えた。


「今の僕に恋愛を楽しむ余裕なんてないよ、例え彼女が僕に対して何を言ってこようともね」

「そう。ま、どうでもいいけど。そろそろ戻らないと、エイビスが追ってくるわよ」


 視線を逸らしながら、それでもどこか優しさを含んだ声に、僕はさっきの言葉を忘れられずにいた。

 駅に着いたときには、すでに昼下がりだった。列車を降りた僕たちは、できるだけ目立たないように周囲の流れに紛れつつ、改札を抜けようとしていた。


「いざとなると、やっぱり緊張するわね」


 ミカロがぼそっと言う。僕も頷きたい気持ちだったけど、口を閉じたままペンダントを服の内側にしまい込んだ。ドルフェリアの軍隊、タイダルフォース。ロクサリエンとは違い、駅の出口には銃を構え、今にも撃ちそうな表情の兵士たちが待ち構えている。

 そして案の定僕たちを見て、近寄ってくる人物がいた。


「そこの君、少しよろしいか」


 駅員。いや、制服の感じからして、巡回している車掌に声をかけられた。心臓が跳ねる。

 ミカロが一歩前に出て、少し眉を上げた。


「なに?」

「君、その荷物、登録されていないタグがついている。タグは持っているのか?」


 視線が下がり、ミカロのカバンに貼られた小さなシールに目を向けていた。貼りっぱなしの仮タグだったらしい。緊迫した空気が広がっていく。


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