01
喫茶店の帰り、右ストレートが飛んできた。
爆発を思わせるこじ開けられた樽。目の前には雲一つない空が広がっている。
この空を眺めていたいが、樽に入っていた抜け殻が気分をギュっと皺くちゃにさせる。銀髪でポニーテールの女の子は今にも二発目を放つような力強い目で僕を見ると、貫くように指さした。
「これ仕掛けたの、アンタ?」
汚れのない冷静な青さを詰め込んだダイヤ型アクセサリが上と左右に付いているペンダント。なぜか僕も同じものを持っているが彼女に渡した覚えはない。
口を開くよりも速く、彼女の眉が吊り上がる。
「ちょっと聞いて――」
「お前たち、そこで何をしている!」
騒めく街の住人を背に鋼鉄の面を持つ兵士たち。表情は見えないが胸元に刻まれた鷹を模した紋章からして軍の者たちだろう。それぞれが異なる傷を刻んだ剣を携えているが、家族でも見分けることはできないだろう。
「武器を捨てて両手を挙げろ!」
小さな背を向けた彼女は息を流し、杖を握った。
心なしか緊張が程よく抜けたようにも見える。
風が彼女の周囲に渦巻き次の拳を彷彿とさせる。
「ベルビュート!」
鳥肌が立つ間もなくグゴゴッと地面が揺れた。
その音が過ぎ去る間もなく彼女は杖を僕に向け貫くような力強い目で僕を見た。
「ウェイビュールッ」
ガードする間もなく体が浮かぶ。渦巻く龍が彼女を味方した。渦巻と共に現れた彼女の飛び蹴り。
今度はやらせない!
石材が飛んできたような衝撃。腕の骨は軋み、一瞬、肩の感覚が消えかけた。
辺りの風が彼女を守るように肌を冷たくする。
武器を構えていなかったら、一溜まりもなかったな。
凪に変わる気配がしない、背中に風が駆けると、渦の尻尾は彼女を追うように僕が倒れていた足跡を離れていく。
「捕まるのは面倒だから、アンタも来なさいよ」
彼女が正面に左手をかざし杖は力強く握りしめ、ゆっくりと息を吹き込んだ。
攻撃を仕掛けたいところだが、風のせいで上手く足取りがつかめない。
何度か試してみても、体は前に進むというより、ふわりと甘く空を蹴るだけで、まるで赤ん坊みたいだ。
そんな僕を見て、彼女は唇の両方を吊り上げ、
目尻を垂れさせた。
悪魔のような表情と同時に風を纏ったローキックが僕の目に迫っていた。
このままではやられる!
素早く武器を構え直し、ローキックを受けとめた。
顔をしかめた時には別の地面と挨拶を交わしていた。残念ながら握手ではなく尻もちでの挨拶になっているが。
風の勢いが薄くなった。今がチャンスだ。
散らばった石材の瓦礫を散らし、彼女の首元に相棒を突きつける。
悪いが君みたいに遊んだりはしない!
右腕にこれでもかと血を送り振り切った。
が、振り切った爽快さとは裏腹に体の揺らつく感覚はなかった。
彼女が杖を横に振ると、龍は散り散りになって消えた。
大きな水晶を取り込んだ淀んだ大木のような自分と同じくらいの大きさのある杖を僕に突きつけると、柑橘の香りがした。
「待って。今は捕まりたくないの。こっちで話さない?」
「・・・わかった。」
首を倒すと、彼女はローブに杖をしまい電車の中に消えた。
丁寧に赤レンガで敷き詰められたプラットフォーム。黒のポールについた閃きの灯。
列車は煙を吹き、いまかいまかと待ちきれずに激しく溜息をついている。
僕も相棒の傷を手入れしたいが、仕方なく背中に背負う。毎日磨くことを欠かさないほど愛情が深い剣。癒しの時間まで我慢してくれ。
できることならあの喫茶店の時間に戻りたい。
いや、甘えているわけにもいかない。出発のアナウンスに急かされて、僕は新たな旅へと乗り込んだ。
***
「シオン君、今日は休み?」
六席のカウンターと四つのテーブル席。
僕は相棒のために手前のカウンターが指定席になっている。
右手にある何かの石が付いたペンダントを鳴らしながら、喫茶店の看板娘のセインが髪を結んでいく。
幼馴染がいる空間はやはり心地よい。
ハーブのほのかな香りが昼飯の気分をより高まらせる。金髪を結び終えると彼女は僕にコップを渡し、適量の水を注ぎ僕の答えを待っていた。
「今日は休みだけど、調べたいことがあるんだ。セインはこのペンダントについて、何か知らないかい?」
「んー、どれどれ…」
ダイヤ型アクセサリが4つ付いているペンダントを見せると、彼女は鑑定をするようにペンダントを端から端をゆっくりと眺め、寄せていた体を戻すと定食のサラダを持ってきた。
「私の目と同じ色だけど、初めて見たよ。誰かからのプレゼントかな?」
フォークでキャベツやトマトを突き歯に運んでいく。オリーブの香りがメイン料理までの時間を心地よいものへと変えていく。滴る肉が油とささやく声がカウンターまで聞こえてくる。
「いや、困ったことに取れないんだよコレ。お陰で他のメンバーにからかわれて困ってるよ」
「おー、それは困ったね。はい、お待たせ」
激しく油とリズムを刻むハンバーグと添えられたミニポテトと丁寧に一口の棒状へと形を変えたニンジン。聞こえてくるリズムに思わず口が滴っていく。
今回は昼を済ませに来ただけで、ペンダントはその後だ。パンを持って来る前にハンバーグを刻み、油がリズムを高めていく。
ハーブの香りが強まり、横からパンの皿が流れて来た。
「けど、あの人なら知ってるかも。ここが終わってからで良ければ、紹介するよ?」
僕の目を見ながらセインは結んだ髪を上から下にさすりながら、僕の答えを待っている。
いつものパターンだ。しかも大抵は最後に何処かに行こうと取引を持ち掛けてくる。
「わかった。そしたらいつもの時間にここへ戻ってくるよ」
彼女は僕の目の前に手を出し、合図をした。
僕はいつものように彼女の手をはたくと、定食を片付けてーー
「ふんっ!」
時折揺れていく列車。ほんの少しだけ反発のあるクッションを持つボックス席。次に着く駅のアナウンス。爽やかな柑橘の香りを広げながら、風のない黒のブーツは僕の横に顔を出した。
正面を見ると、白いブラウスにグレーホワイトのロングスカート、風対策なのか魔法陣の刻まれたローブを着た彼女は足を下げて僕に笑顔を押し付ける。
「私、話そうって言わなかった?」
「昼飯の後だったんだ。眠くなっても仕方ないだろう」
笑顔が眉に歪むも、蹴りは飛んでこない。武器を持たない一般人も数人いるおかげでさすがの彼女も一般人のいる場ではわきまえているようだ。
歪んだ眉をそっぽに捨てると、彼女は向かいの席に座り足を組んで、また僕に笑顔を押し付けた。
一般人からすれば、僕が失礼なように見えるだろう。地雷を踏む前に話を進めておこう。
「シオン・ユズキだ。君の名前は?」
頬のちょろ毛を指で遊びながら、彼女は空を眺める。自分であれだけ横暴なことをしておきながら、誰かに予定を狂わされるのは嫌らしい。トンネルの叫び声が聞こえてくると、彼女は暗闇の車窓を眺めながら髪の向きを整えながら口を開いた。
「ミカロ。ミカロ・タミアよ」
「よろしく。それで、何を話したいんだ?」
車窓で身だしなみを確認するようにミカロは何度も左右の服や髪、腕の汚れを払い終えると、僕の持っているものと同じペンダントを僕へ突きつけた。
「話したかったのは、このペンダントのこと。その顔だとイタズラで仕掛けたみたいじゃなさそうだし、話くらいならしてあげる」
自分で殴っておいて、何て身勝手な物言いだろう。と、反論したいところだが、何かの拍子に気が変わって龍を呼ばれたら一般人にも迷惑だ。柑橘の香りを脇に僕もペンダントを前に差し出す。
「それ、何処かに私の位置を知らせる表示がない?」
ひときわ大きい1つからブーメランが表示されている。
ブーメランは彼女を狙いに定めたまま動かない。手を左右に動かしても、狙いの方向が変わるだけで目標が彼女であることに変わりはないようだ。
「確かに僕のペンダントは君の場所を示しているみたいだ」
「そ。おかげでアンタの場所が分かったってわけ。ただ、何をさせたいのか分かんないのよね」
トンネルを抜け列車が悲鳴を少しずつ上げていく。体を席に寄せると、タッチという表示が不意に出てきた。誰かが操作しているとは考えにくい。現にミカロも不思議そうに懐へしまった杖を触りながらペンダントを見ている。
「これ、もしかするとお互いのペンダントを触れ合わせると何かが起こるんじゃないかな」
「んー、そうかもね。でも、それはパス。アンタ埃っぽいし」
君の魔法のせいだろっ!
よかった、心の中だけで留められた。そっぽを向いているが、高まった稲妻は出る場所を得られずに迷路を駆け巡っている。
呼吸を整えて彼女を見ると、戦闘中の兵士に似た擦れた音声が車内に流れていく。
『緊急停車いたします。ご注意ください』
大木にぶつかったかのように列車はけたたましく悲鳴を上げて動きを止めていく。
上にある網棚すら悲鳴をあげ車両全体から雲が弾けていくような音が僕の横を通り過ぎていく。
風を纏っていない彼女が耐えられるはずもなく、何かに縋りつくような仕草を見せると、眠っていた僕が気に入らなかったのか、背中から僕の腹へと飛び込む。
列車の悲鳴? いや違う。まるで配慮したように小さく列車の悲鳴に似た音が鳴り響いた。
「ミカロ・タミアだな。よろしく」
「・・・別に今日だけの関係だから興味ない。足、引っ張らないでよね」
ぼんやりとしていて周りの景色は見えないが、
目の前にいるのは確かにミカロだ。
けれどこんな会話は記憶にない、はずだ。
もしかしてペンダントはこれを知らせようとしていたのか。




