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相続した物件はマヨヒガでした  作者: カブキマン


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待て。しかして希望せよ

 生贄に捧げられる聖女、聖人は約束の日まで食っちゃ寝をしているわけではない。

 贅の限りを尽くし怠惰を貪るなんてことは許されていない。

 むしろその逆、清貧と勤勉をこそ求められる。

 その一つに巡礼と称し世界中を回り人々の幸せを目に焼き付けるというものがある。

 そうして記憶した彼らの今後の幸福を祈り続けるというのがお役目だ。


『私……このままじゃ、死ねない……ッ!!』


 嘘じゃない。嘘じゃないのよ。

 幼い私が死にたくないと思ったのは。

 ただその理由を私自身も分かっていなかった。勘違いしていたのだ。

 市井の人々が甘受する幸福なんて私は何も知らない。

 自分は何一つ幸せを知らないのに他人の幸福のために死ぬなんて嫌だから逃げ出したと思っていた。


 私は私の幸せを知らなかったのだ。

 美味しいご飯を食べたい。

 何時か見た恋人たちのように素敵な殿方と愛し合いたい。

 我が子の誕生に涙し喜んでみたい。

 実感はないけど幸福というのはそういうものなのだろうと思っていた。

 愚かと言わざるを得ない。


 ――――だって幸福の形は人それぞれなのに。


 ただ幼い私を責めるのも酷だと思う。

 そんな当たり前のことすら学べる環境になかったということなのだから。

 知らぬまま私は逃げ続けた。


『やだ、やだ、死ねない、死にたくない!!』


 辛い日々だった。苦しい日々だった。

 しかし後に感じた充実した日々でもあったという感想も間違いではなかった。

 何せ辛くはあっても苦しくはあっても自らの幸福に近づいていたのだから。

 あの頃は分からなかったけど今なら言える。死ぬこと自体は別に問題ではなかったのだ。

 何なら歴代の生贄の中で最も死を受け入れていたとすら言える。

 世界が壊れた際に溢れ出した過去の生贄たちの怨念がその証明だ。


『許さない許さない許さない』

『認めない認めない認めない』

『我らを踏み付けた結果の幸福など看過出来るものか』


 そこには捧げられた全員が居た。

 けど仮に私が死んでいたとしても亡者の列には並ばなかっただろう。

 それぐらい物分かりの良い生贄だったと思う。


 ――――問題は“分からせられなかった”側にこそ存在する。


 私自身、意識していたわけではない。

 だが極々自然に無意識下で理解していた。自らが最も崇高な存在であると。

 そんな私が必死に抗ってもどうにもならず踏み躙られることをこそ望んでいたのだ。

 無様に許しを乞いたかった。必死に命乞いをしても無駄だと突き付けて欲しかった。

 そうして最期は無価値な衆愚の贄として捧げられるなら別に死んでも良かったのだ。

 私にとって重要なのは生死ではなかったから。

 なのに彼らはあまりにも弱過ぎた。


『……ふざけないでよ』


 世界を滅茶苦茶にしたのだってそう。

 めそめそと落ちぶれて行く世界が面白くないからだと思っていたが真実は違う。

 私はまだ人々に対する希望を捨てていなかったのだ。

 完璧な世界を破壊されたのだぞ。このままで良いのか?

 皆の幸せを奪っただけでは飽き足らず悪意を以って玩弄しているのだぞ。このままで良いのか?

 許されざる邪悪に鉄槌を! 正義の裁きを!! そう、願っていたのだと今なら言える。


「私を屈服させてほしかった」


 まあ結局、裏切られてしまったのだけれど。多くを望み過ぎたということなのだろう。

 白けていたのは望みが絶えてしまったことを心のどこかで悟っていたから。

 苛立ちを覚えていたのは世界の終わりを眺めながらもやっぱり諦めきれずそれを認めたくなかったから。

 でも、運命は私を見捨てなかった。


「――――ご主人様に、出会えた」

≪……≫


 変態の供述に全員がうんざりしていた。

 午後イチの体育がマラソンだった時よりかったるい顔してるもん全員。

 蹴り飛ばした変態回収しに行ったら旭、零、アーサーも何事かと集まって来てさ。

 んで皆で話を聞くことになったんだけど申し訳なさが半端ない。

 俺だけなら良いよ。コイツがこうなった元凶だもん。

 でも他の四人は違うじゃん? 巻き込まれ事故だよ大惨事だわ。


(何が酷いって全方位非難も同情も出来ないのが酷い)


 わからせ不発で滅びた世界、理不尽な運命を背負わされたラブソング。

 同情するには駄目な点が多過ぎるし非難するにも惨い点が多過ぎる。

 何だかなあとしか言えないのがもう終わってる。


「私は全霊で抗ったわぁ。何なら自分の限界を幾つも超えてみせたという自負もある。

けど何一つ通用しなかった。掠り傷一つ負わせられず嬲られ最後は恥も外聞もなく許しを乞うしかなかった。

屈辱感なんて覚える余裕もなかった。あるのは尽きぬ恐怖と絶望、そして無上の喜び……う゛、思い出すだけで」


 思わず手が出そうになったが必死に堪えた。

 ここで手を出せばテュポーンが何のために止めてくれたかが分からなくなる。

 コイツが欲望を丸出しにしているのは俺の暴力が中途半端に終わったからだ。

 だからこそラブソングは幸福を手に出来たし俺にも“二つ”益を齎した。

 一つは絶対にとは言わないが踏み止まることが出来たという事実。

 それはこれからの俺にとって大きな利益だろう。

 でもそれはそれとして、


「私は“ほんとうのさいわい”を見つけることが出来た」

「「「「賢治に謝れ」」」」

「“待て。しかして希望せよ”とはよく言ったものだわ。諦めなくて……本当に、良かった」

「「「「デュマに謝れデュマに」」」」


 やっぱ腹立つな。

 何だよこの名著愚弄コンボはよぉ。

 異世界人だろおま……あ、そういや図書館で本読みまくってたわ畜生めが。


「……まあ幸せになれたのは何よりだよ。それで結局、お前は何しに戻って来たわけ?」


 予想はついているがちゃんと言葉にしてもらわないと話が進まない。


「私にほんとうのさいわいをくれたあなた様に屈服と隷属を」

「……屈服と隷属はともかくここの住人になりたいってんなら良いよ」

「「「「え、正気!?」」」」


 反論したいが正気を疑われるのも仕方ない。


「だってこんなになった状態で放り出せねえだろ」


 ラブソングにも非はあるがコイツをこうしたのは俺だ。

 ここで拒絶してみろ。目障りだ死ねと受け取って喜んで俺に命を捧げるだろう

 本当にもう終わってる。

 じゃあ欲望の根を断つべく再度、暴力を振るう? 勘弁しろや。

 俺だって好き好んで暴力を振るいたいわけではないのだ。

 心情的にここでコイツを突き放すのは無理だし、


「……その代わりご主人様とかそういうのはやめろ。普通に接しろ普通に」

「分かりまし……いえ、分かったわぁ。ええ、傍に置いてくれるなら何だって」


 もう一つの利益もあるからな。

 日記を読んだ後に思いついたこと。コイツの協力があれば……。

次が最終話です。最後までお付き合い頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
まさかラブソングさんが住人になるとは。 いや彼女にそれを与えられるのは坊野君だけだから仕方ないね。 最終回も楽しみにしています。
もう最終話!?
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