囚人 坊野極⑦
『じゃあご飯にしましょうか』
昔住んでいたアパートに連れて行かれご飯を食べさせてもらい、
『お風呂ね。お背中流してあげる』
一緒にお風呂に入り、
『おやすみなさい。大好きよ』
テュポーンの胸に抱かれて眠りに就いた。
「――――いやおかしいな?」
そしてテュポーンの胸の中で起床。
おかしいことが積み重なり過ぎてテトリスだったらこれもうゲームオーバーだよ。
「ん……おはようおじさま」
俺の頭にぐりぐり顔を押し付けながらテュポーンが言う。
コイツはコイツで何やってんだよ。薄い本に出て来るバブみ系ロリかよ。
「気分は如何? 少しは落ち着いた?」
「……まぁたキレて手を出しちまったことに対して落ち込んではいるが」
それ以上に、だ。
「何かおかしくねえか?」
昨日までの俺を思い返すと明らかに異常だ。
無限に灰皿投げたりスカイタワー引っこ抜いたりしてたよな?
これがテュポーンとかなら分かる。まあそれぐらいはやれるでしょうよ。
俺は正真正銘ただの一般人だ。
じゃあマヨヒガの権能で? いや違う。マヨヒガの力を使った記憶は微塵もねえ。
「……まあ、そうよねえ」
「……何か知ってるのか?」
未だ胸に抱かれたままで表情は窺えないがそんな気配がする。
テュポーンは小さく溜息を吐くと抱擁を解き真っ直ぐ俺と視線を合わせた。
「まずは朝ご飯にしましょ?」
「……分かった」
積もる話はその後ってわけだ。
ベッドを出たテュポーンはキッチンに向かい昨日の残り物と合わせて簡単な朝食を作ってくれた。
「ってかお前、ここに住んでたんだな」
「ええ。おじさまがどんな暮らしをしてたのか気になって」
「そうか。でもこれ、多分わりと余裕があった頃だよな」
他愛のない雑談をしながらの食事。
正直な話をすると味はよく分からなかった。テュポーンのせいではなく俺自身の問題だ。
それでも腹は膨れるので少しは気分もマシにはなった。
「私が言葉で説明しても良いのだけれど」
これを、とテュポーンが差し出したのは一冊の日記帳だった。
読んでも? 目で問うと彼女は小さく頷いたので開いてみると、
「……祖父さん?」
それは紛れもなく祖父さんの筆跡だった。
内容は俺が幼稚園の頃のこと。
そう言えば名前のことでからかわれてシバキ上げたっけ。
「しょうもない奴らだったな。親が親なら子も子だった」
幼児の必死の訴えを嘲笑って小馬鹿にされたもんでカッとなった記憶がある。
ちょっと小突いたら直ぐに泣きを入れた。
昔からそうだ。俺は暴力を振るうつもりなんてなかったのに最終的に何時も暴力になっちまう。
大の大人がこんな子供に……酷く惨めだった。
こんなのに馬鹿にされたのかって。
「懐かしいな」
などと思えていたのは最初の内だけ。
読み進めていく内に自分でも表情が強張っていくのが分かった。
明かされた真実は到底、信じられるものではない。他ならぬ祖父さんの言葉でもだ。
それでも否定出来ない客観的事実が幾つも存在している。
「テュポーン」
「なぁに?」
「俺が暴れてるの見てたんだよな?」
「ええ。旭お姉さんたちと一緒にね」
「あの時の俺に勝てると思う?」
「いいえ」
テュポーンは真っ直ぐ俺の目を見つめ否定した。
その瞳には同情も労りも恐怖もない。ただあるがまま俺を受け入れてくれている。
それが何でか泣きたくなるほどありがたかった。
「私はあの魔女より強いけれどおじさまのように傷一つ負わず一方的に嬲ることは不可能だもの」
「……テュポーンより力では劣る三人は言わずがな、か」
「ええ。まず以っておじさまを強弱という物差しで測っている時点で足元にも及ばないのだと思うわ」
そもそも同じ土俵に上がれない。
「怪物になろうとした馬鹿な女では正真正銘の怪物には届かないということね」
「……俺が、怖くないのか?」
俺は俺が怖い。
何が恐ろしいって日記を読み終えたところで分かったのだ。
心は信じたくないと思っているのに深い部分で何かが噛み合った。
今の俺は怒りというトリガーなしでも究極の暴力を振るうことが出来る。
自らの形を自覚したことが原因だと思う。
そしてそれはテュポーンにも分かっているような気がするのだ。
なのに……。
「全然」
今日の晩御飯を答えるような軽さだった。
「だって関係ないもの」
「関係、ない?」
「私が恋したのはおじさまの心よ」
究極の暴力なんて些末なことだとテュポーンは微笑む。
嘘偽りのない真っ直ぐな言葉が強張っていた心を解してくれる。
「……それでも、多少はもやつくもんじゃないか普通?」
肩の力が抜けた俺がそう聞くと、
「そうかしら? いえ中々ロリコンにならないおじさまにやきもきさせられることはあるけどね」
何か聞き捨てならないこと言われた気がする。
何? お前俺のロリコン化計画進めてたの?
「だって心だけじゃなく体も愛してほしいじゃない」
「そこお前逆でね?」
「心は好きになってもらえる自信があるもの」
……まあ否定はしないけどさ。
この子の包容力に助けられて来た身としてはね? 今もそうだったし。
「それはさておき大丈夫そうで安心したわ」
「ま、そこはお前らのお陰だよ」
こうして言葉を交わしたテュポーンだけではない。
旭もアーサーも零も同じように俺を受け入れてくれていると信じられればこそだ。
「ってかさ。俺としては祖父さんと零に絡みあったの驚きだわ」
この日記アイツも読んだんだよな?
自分とこの祖父さんが始末しようとしてたとか気まず過ぎるんすけど。
そもそもあんな形で誕生したのも祖父さんが原因みたいだし。
いや祖父さん自身も人が勝手に生み出しただけみたいだけどさあ。
「零お姉さんは気にしてないし変に意識する方が失礼じゃないかしら?」
「つってもなあ」
「それより皆も心配しているだろうから早く顔を見せて安心させてあげた方が良いと思うわ」
「……そうだな。色々気を揉ませちまったみてえだし」
二人で身支度を整え家を出ようとしたところで、
「「――――」」
信じられないものを目撃することになった。
雌奴隷というプラカードを首から提げた全裸の女。ラブソングである。
「お、おはようございますぅ!!」
「うぉ、喋った!?」
思わず足が出ると奴は遥か彼方に吹っ飛んで行った。
「これ、俺の暴力性の問題かな?」
「ただの緊急避難だと思うわ」
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