×人 坊野極②
「……ん?」
そろそろ床に就こうかと作りかけのパズルを片付けていた正にその時だ。
テュポーンは言い知れぬ何かを感じ取り手を止める。
振り返りテーブルを見るとそこには坊野の祖父が記した日記帳。
唐突なのは毎度のことだが何か何時もと様子が違う。
今宵、自分は核心に触れるという予感があった。
「来たわね」
日記は開かずお茶の用意をしているとインターホンが鳴った。
扉を開けると予想通りそこには旭、アーサー、零の姿が。
彼らも自分と同じように予感を覚えたのだという確信があった。
「理由はやはりこれまでと明らかに毛色が違う客人か?」
ふざけたり煙に巻かれたりで核心から遠ざけられていた。
だというのにいきなりこれだ。
一番怪しいのは魔女だろうという推測に三人も同意を示す。
「ではあの魔女が坊野に害を成すから僕らを、と言えばそうではなさそうなのがね」
「もしそうなら僕らはあの魔女と顔を合わせられるようになってるはずだもんね」
しかし未だ不可視の壁は存在している。
「その答えも日記を読めば分かるのかしらね?」
心の準備は良くって? 三人が頷くのを確認しテュポーンは日記の朗読を始めた。
そうして途中まで読み進めたところで全員が異変を察知。
外に出てみれば目を疑うような光景をまざまざと見せつけられてしまう。
「……おい、テュポーン」
「……なぁに?」
「貴様はあの魔女をああも一方的に嬲れるか?」
「いいえ。いいえ。勝てはするでしょう。殺せはするでしょう」
だが無傷でというのは不可能。
決して小さくはない痛手を負わされるのは確実だと断定した。
次いでアーサーが僕からも確認させて欲しいと声を上げる。
「事実だけを述べるなら坊野は君よりも強いということになるな」
「ええ。私には不可能なことをおじさまはやってのけているのだから」
「では君は坊野に負けると思うか?」
「いいえ。いいえ。この光景を見ても尚、戦って負けるなどというのは想像出来ないわ」
私からも良い? と今度はテュポーンが三人に問う。
「あなたたちはおじさまを強いと思う?」
「「「いいや」」」
圧倒と呼ぶのも烏滸がましい。
一方的な蹂躙という事実を突きつけられても尚、坊野が強いと思えない。
どこからどう見てもただの一般人にしか見えないのだ。
「っていうかさ。あれも何? 訳が分からないんだけど」
背を向け逃げ出す魔女。
坊野はどこからともなくゴルフクラブを取り出した。地面にはゴルフボールもある。
「ひぎぃ!?」
見事なスイングで打ち出されたボールが魔女の背中に直撃。
坊野はすっ転んだ魔女に今度はバットとボールを使いノックを始めた。
「だってあれ、マヨヒガの権能じゃないでしょ?」
マヨヒガが物質を生成する際に生じる反応が皆無なのだ。
となると坊野自身が生成しているということになるがそのような力はまるで感知出来ない。
「……とりあえず、アレだな。日記を読み進めるしかなさそうだ」
「……そうね」
超人をしてあまりにも非現実的な光景。
それでもとりあえず坊野に身の危険はないことと今、話かけても声が届かないことだけは分かる。
ゆえに四人は中断していた日記の確認を再開することにした。
「先生に対する根本的な対処がどうとか言っていたな?」
頷きテュポーンは続きを読み上げる。
「『結論から語ろう。あの子は、極は究極の暴力を体現する存在だ』」
「「「きゅ、究極の暴力……?」」」
「『これを読んでいるお前たちは疑問に思っているのではないか? とてもそんな強さは感じないと』」
それは正しいと坊野の祖父は断言した。
「『もし戦いが成立するのであれば極はそこらの喧嘩自慢にも負けるだろう。
だがあの子が暴力を振るえば抗える者はこの世に存在しない。
矛盾しているように思うか? いいや矛盾などしていない。
そもそもの話、強い弱いなどというものは両者の交わりがあって初めて生じるもの』」
交わることがなければ戦いは成立せず、強弱という概念も生じはしない。
そこまで読み上げたところで四人は察した。
「『一方的な押し付け。それこそが究極の暴力なのだ』」
仮説を思いついた後、祖父は子供の坊野からあれこれ聞き出した。
その際、彼が持つ戦いや暴力というものへの認識を知ったのだという。
壊れるまで、圧し折れるまで一方的に相手の心身を痛め付けること。
だからこそ互いを傷つけ合う戦いは暴力には成り得ないというのが坊野の認識だった。
「『中学二年生ぐらいの時だったかな? 学校の教師に暴力を振るったと電話がかかって来た。
あの子は嘆いていたよ。自分は何時もそうだ。終わった後で何時もそれが暴力だったと気付くのだと。
いやでもこれ俺が悪いのか? あんなに態度がデカい屑だったんだぞ?
恐ろしい猛犬だと思って手を出したらそれがくたばる寸前の老犬チワワだったなんて誰が思う。
最初から貼り紙でもしててくれたら俺も暴力を振るわずに済んだのにと』」
客観的に見れば身勝手な理屈にしか思えないだろう。
だが坊野にとってはそうとしか言いようがないのだ。
「……以前、僕は坊野から手痛い失恋の話を聞いたことがある」
アーサーがぽつりと呟いた。
「信じていた先輩に恋人を寝取られ目の前で愚弄されたらしい。
挙句、何があってもお前は俺が守るとか泣かせないだとか目の前でイチャつかれたそうな」
惨い話だと思ったという。
「その時は共感と不貞への怒りが大きくて気にならなかったがよくよく考えればおかしい」
元彼女と先輩の末路だ。
二人はその日の内に別れて気付けば学校を辞めて仏門に入っていたらしい。
因果関係がおかしいだろう。何がどうすればそうなるというのか。
「……おじさま、言ってたわ。昔から自分は短気なせいでやらかしていたって」
相手にも非はあったが自分はどう考えてもやり過ぎ。
傷害で逮捕されても仕方ないレベルのことも多々あった。
運良く被害届が出されなかったとのことだが何てことはない。
「「「「皆、悉く心と体を圧し折られたというだけの話」」」」
決して拭えぬ恐怖を刻みつけられ折れてしまった。ただそれだけ。
テュポーンは静かに日記の続きを読み上げる。
「『ここまで説明すればもう分かったんじゃないか?』」
性質が悪い、それしか対処がないという言葉の意味を。
心の底から悔い改めたわけではない。かと言って反省した振りをして舌を出しているわけでもない。
そんな余裕は圧倒的な暴力により根こそぎ奪い取られてしまった。
あるのはただ一つだけ。二度とあんな目には遭いたくないという恐怖だけ。
暴の極みを体現する男に目をつけられないようにするにはどうすれば良い?
「『極まった暴力を避けるにはただ一つ。善良な羊の皮を被る以外に道はないのだ』」
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