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相続した物件はマヨヒガでした  作者: カブキマン


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着火

 一つ仮説を思いついたが、しかし腑に落ちない。

 マヨヒガ以外は何一つ特別でないこんな平凡な男を怒らせてどうしようというのか。

 言っては何だが怒りや憎しみなんて感情はもう食べ飽きている。

 どれだけの命に負の感情を向けられたと思っているのだ。


(……とりあえず続けるしかないわね)


 見極めるためというのもあるがここで話を終わらせるのも中途半端で気持ち悪いし。


「逃げ出したのは十一歳の頃」

「……よく逃げ出せたな」

「教育という形で生贄が使命に疑いを持たないようにしていたのよ」


 ようは洗脳だ。

 ただ歴代の生贄で逃亡を選んだのが私だけというのも考え難い。

 自意識が芽生えて逃げ出した者は他にも居たと思う。

 けど上手くはいかなかった。私が壊すまで完璧な世界が継続していたのがその証拠だ。

 何故上手くいかなかったと言えば、


「私は逃げた。でもそれは世界の全てを敵に回すという意味でもあった」


 だって世界中の誰一人として私に味方をする理由が無いのだから。

 私が死ねば自分や愛する人の幸せが確約されるのに味方をする理由がどこにある?

 花開けば世界で最も価値ある存在になれるとはいえだ。

 蕾の状態で世界の全てを敵に回して逃げ果せられる人間がどこに居る?


「過去逃げ出した者はどこかで心折れたか普通に捕らえられたんでしょうねえ」


 常に飢えと渇きに苛まれ眠ることすらままならない状態で他人の悪意に触れ続ける。

 心が折れてしまうのも仕方ないだろう。

 諦めてしまえば少なくとも十七歳までは衣食住に事欠くことはなくなるのだから。


「私も本当に辛かったわ」

「……そりゃそうだよ」

「でもね、今にして思えば充実した日々でもあったわ」


 何なら世界の終わりを白けた目で見ていた時より心は満たされていた。

 苦しめるのも生きていればこそ。

 私はこの瞬間を全身全霊で生きているのだと実感出来たからだろう。


「徐々に自分の成長を感じられたというのも大きいかしら?」


 最初はただ逃げることしか出来なかったが少しずつ追っ手を蹴散らせるようになった。

 数が多かったり今の自分では敵わない場合は逃げるしかないがその経験も糧となる。


「強くなるにつれ少しずつ良いものが食べられるようになった」


 最初は泥水や木の根で無理矢理誤魔化していた。

 だが強くなるにつれ奪えるものが増えて行き食事の質も上がって行った。


「眠れる時間も増えていった」


 最初は微かな物音にさえ神経を尖らせねば終わってしまう有様だった。

 だが強くなるにつれ眠れる時間が増え眠れる場所の質も上がって行った。


「奪える命も多くなったわ」


 殺せば殺すだけ私の死が遠ざかる。だから殺した。

 只管に屍を積み上げ続けて行った。


「そうして十六歳を数える頃には私は世界の誰よりも強くなっていた」


 当然だ。だって私はそういう存在なのだから。

 私の命でその他全てを幸福に出来るとはどういうことか。

 それは私以外の全ての価値を合算しても尚、私の方が上回っているということに他ならない。

 その価値の中に強さ、力も含まれているのだから完全に開花した私に誰が手出し出来るというのか。


「そこからはもう……ふふ、実に惨めなものだったわ」


 十七歳の誕生日を迎えた頃に殺されると言ったが猶予期間がなくはない。

 かつての生贄の中に誕生日前日に両親が亡くなった者が居るらしい。

 せめて弔う時間をということで少しばかり先延ばしになったそうな。

 厳密な限界は十八歳の誕生日になるまで。

 まあ不測の事態を考えるなら早い方が良いので延期しても数週間ぐらいが限度だが。


「泣き落しよ。信じられる? 悪意を以って追い詰めていた相手によ?」


 ある時、不治の病を患う子を持つ親がその子を抱きながら私の下を訪れた。

 お願いしますお願いしますと必死に懇願する。


「だから私はその場でその子供を思いつく限りのやり方で苦しめて殺してあげたわ」

「……まあふざけるなって思うわな」


 惨たらしく殺すというやり方はどうかと思う。

 だけど私の心情を考えれば咎めるのもどうかと思ってしまうというところかしら?


(――――あぁ、これ良い流れだわ)


 実際は違うが踏み躙られた憎悪の果てに、と彼は考えているのだろう。

 ならば勘違いさせるだけさせた後で真実を突きつけてみよう。

 怒りを誘発させられるかもしれない。


「そして私は十八歳の誕生日を迎え世界は“壊れた”」

「壊れた?」

「ええ。選ばれた一人を捧げればその他一切が幸福を享受出来るという構造が崩れ去ったの」


 私含むあの世界に生きる全ての命が直感でそれを理解した。


「後はもう日が落ちて行くだけ。残った幸福を食い潰す黄昏の時代が始まった」


 けど、


「それじゃ面白くないわよね?」

「お、面白くない……?」


 ニタァと笑う私を見て不穏な何かを感じ取ったらしい。

 坊野は少し引いているようだが構わず続ける。


「正直な話をするとね。何時からか怒りや憎しみは消えていたの。だってそうでしょう?」


 世界の全てと手を取り合ったところで私一人に劣る存在でしかないのだ。

 そんな下等な存在に目くじらを立てるのは馬鹿らしいじゃない。


「子供を甚振って殺したのだってどの口で、なんて正当な怒りじゃないわ」


 ただ遊びたかっただけ。

 恥も外聞もなく悪意を向けた相手に泣き落しをするほどに子を愛している。

 そんな愛しい我が子が目の前で凌辱の限りを尽くされたらこの親はどんな反応を示すのだろう?

 好奇心を擽られたからやっただけ。悪いことをしたなんて微塵も思っていない。

 それは自分が受けた仕打ちがあるからなどでは断じてない。

 当然の権利を行使しただけ。


「だって私は最も価値ある存在なのよ? だったら世界の全ては私の玩具じゃないの」

「……」


 私が楽しむために消費されるのは当たり前のことだ。

 だからめそめそと落ちぶれて行く世界を愉快に終わらせることにした。


「まずは小さな不和の種をばら撒いた」


 例を挙げるなら不貞。

 仲の良い三世代の家族が居たので私はそこの父親に息子の嫁に手を出させた。

 洗脳というよりは感情の増幅。普通なら立ち枯れる下心に水をやったのだ。

 その際、一方的なものではなく嫁も満更ではないようにした。後々のためだ。


「それを丁寧に丁寧に育てていくの」


 不貞の例を挙げるなら露呈のさせ方。

 夫が気付きかけているのを察した妻が保身のために動くよう誘導する。


「私は嫌だったけど無理矢理、みたいにね」


 するとどうなる? 父親は裏切られたと思うだろう。お前も乗り気だったのにと。

 そして当然、反論する。夫はどちらを信じるだろうか? 簡単には決められない。

 そこで目撃させていた別の女にこっそり告げ口させる。


「『嫌々されていたようには見えなかった』ってね」


 その女にも別の仕込みもしてある。夫に対する好意だ。

 ただそれは不貞に踏み切るほどではない。

 だが父にも妻にも裏切られ弱った夫を見て心が揺らぐ。

 私ならこんな思いはさせないのに、と。

 そして夫の方もガタガタの精神状態ゆえ……。


「夫と女に不貞を犯させその場を妻に目撃させるの。どうなると思う?」


 自分を棚に上げて夫の不貞を罵るのだ。

 父親もそれに便乗する。お前がそんなだから嫁が俺に靡いたのだと。

 そんな感じで徐々に傷口を広めるように不和の輪を広げていく。


「塵も積もれば山となる。あなたの世界の諺だったわよね? 正にその通り」

「……」

「世界中にばら撒かれた小さな不和はやがて世界を終わらせるほど大きな花を咲かせたわ」


 誰もが自分以外を信じられない世界。

 無垢な子供ですら瞳を曇らせ疑心を宿し親兄弟友人さえも睨めつけるのだから笑える。


「やってる最中は本当に楽しかったわ。ただ、ねえ?

後はもう終わるのを見届けるだけという段になるとすっかり冷めちゃってたわぁ。

だってぇ、結末が見えたお芝居ほどつまらないものはないでしょう?」


 そんな時、このマヨヒガに招かれたのだと微笑みかける。


「異なる世界が存在するなんて夢にも思っていなかった。あなたが、教えてくれたのよ」

「……」

「フフ、実は内緒にしてたんだけどね。私、元の世界には戻れないけどあなたの世界には出られるのよ」


 俯く坊野の後ろに回り優しく抱き締めながら囁く。


「あなたの世界で同じことをしたらあなたはどんな顔をするのかしらぁ?」


 色々教えてくれたわよね?

 漫画というものを描いていること。それを楽しんでくれる人たちを本当に大切に思っていること。

 長らく途切れていた友との友情が復活したことも話してくれたっけ。

 その人たちもまとめて地獄に招待してあげましょう。


「フフ、私ぃ……とぉっても気になるわ。やっても良いわよねえ?」


 だってここはマヨヒガであなたはその管理者。


「客人たる私の幸福に協力するのは当たり前でしょう?」


 坊野が顔を上げた瞬間、


「――――は゛あ゛?」


 私の顔面に凄まじい衝撃と痛みが走った。

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― 新着の感想 ―
馬鹿な煽り方しちゃったなぁ……
男女平等パーンチ!
アーサー君の言う通りあかん人やった。 本人的には世界への復讐やったんやろうなぁ。 それがいけないとは言えないかもだが・・・。 でも別の世界にしていい事にはならんよな。
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