カウントダウン
マヨヒガに囚われて二ヵ月が経過した今、私はかなり苛立ちを覚えていた。
原因は当然、坊野だ。この男、本当につまらない。
(……私に期待させたくせに)
まるで応えてくれない。どこまでも平凡。
異なる世界について学ぶことはまあ、それなりに面白い。
だが私の本命は異世界などではなく坊野なのだ。
なまじ他の部分が満たされているだけに本命に進展がないのが心底腹が立つ。
(実力行使に出る?)
マヨヒガなる異界の性質は大体、理解した。
真っ向から坊野を害そうとすれば瞬く間に圧し潰されてしまうだろう。
それほどにこの異界は強大無比ではあるが二つほど抜け道は存在する。
一つは単純に極々短時間、坊野とマヨヒガを切り離し彼を害するというもの。
もう一つは元の世界にこそ戻れないが坊野の世界には行けるというもの。
どちらも一度きりのイカサマなので検証は出来ないがほぼ確実に成功するというのが見立てだ。
(……いいえ短気はいけないわぁ)
二枚カードがあると言っても切れるのは一枚だけ。
どちらかを切ればもう一枚は使えなくなるのだから慎重に見極めるべきだ。
(なら実力行使以外で何か新しいアクションを起こすとして何をすれば良い?)
少しの思案の後、思い至る。そう言えばまだ試していなかったことがあるなと。
思いついたなら即行動。それが私の流儀だ。
少々はしたないとは思うが仕方ない。足踏みをしていては死の影に囚われてしまう日々がそうさせたのだ。
自室を出て坊野が宿泊している部屋へと足を向けた。
「……どうした?」
「ごめんなさいね。夜遅くに」
「いやそれは良いけど」
女が殿方の部屋を訪れるにはよろしくない時間帯だ。
訝しんでいたが何かを感じ取ったのだろう。彼は部屋に招き入れてくれた。
「あなたには色々と良くしてもらってるでしょう?」
何時までも己を語らないのは不誠実だと思った。
私の心にもない言葉に彼は別にそんな、とこれまた面白みのない反応を返す。
「私がそうしたいと思ったのよ。だから聞いてくれると嬉しいわぁ」
先ほど私は自分のことは何も語っていないことに気付いた。
そこで己を語ればこの男に何か変化があるかもと考えたのだ。
「……分かった。なら聞かせてもらうよ」
よしよし。
「まずは、そうねえ。私、世界を滅ぼしたのよ」
穏やかな笑みを張り付けたまま告げる。
坊野は少し目を見開いたがそれだけ。あまり驚きはないように思う。
「嘘だと思った?」
「いや、そういうこともあるだろうさ。ここを訪れた客の中には人類を滅ぼそうとしてたのも居るからな」
「それは今もこのマヨヒガに居たりする?」
「まあ気付くか。そうだよ。多分君が感じてる一番強い気配がそうさ」
やはりそうか。
絶対に届かないというわけではないが私より強い力を持っているのだ。
人類を滅ぼすぐらいは可能だろう。
「でも“してた”ってことは過去形なのよね? 私は違うわ」
既に避けようのない破滅を押し付けた後だと笑う。
だがそこまで言っても反応は薄い。
「何も思わないの?」
「何か理由があるんだろ? 少なくとも君にとってそうするに足るだけの理由が」
そして坊野はこう続けた。
「目障りな虫を駆除するような気軽さで人類を間引こうした奴を俺は知ってるからな。
そいつと同じような感じに世界を終わらせたってんならおいおいって思うが君には熱を感じる」
それを聞いてからでないと何を思えば良いかも分からない。
真っ当な返答だ。つまらない答えだ。更に苛ついた。
でもそれはそれとして、
「……さっきのとは別人よねえ?」
「ああ」
「私が言うのも何だけどぉ、ちょっとロクでもない客を招き過ぎじゃないかしら?」
「……それはまあ、はい」
……ひょっとして私、個性が薄い?
いやでも違う。先の二例は語り口からしてどちらも未遂だ。
私はキッチリと滅びを確定させたのだから負けていない。
「ねえ坊野さん。もしたった一人を犠牲にすることで他の皆が幸せになれるならどうする?」
「……幸せ」
「ここで言う幸せは完璧なそれよ。心が満ちるけど物は足りないとかそういうことはない」
何もかもが満ちた非の打ちどころのない幸福だ。
坊野は口を噤んだ。
肯定することで浅ましさを知られたくないのか否定することで偽善を悟られたくないのか。
沈黙の理由は分からないが真っ当の範疇から出ることはないだろう。
私も話の流れで問うただけで何が何でも答えを聞きたいわけではないので無視して続ける。
「私の世界がそうだった」
「はぁ?」
「……ッ!」
これまで散々、失望させられてきた。本当に本当につまらない男であると。
だがただの一言で私の体がぞくりと震えた。未だ定かならぬ期待だ。
その「はぁ?」の意味は何だろう。不快感から発せられたものだとは思うが……。
(私の読みは当たっていた!!)
己を語るという選択が正しかったことを知り喜びが溢れる。
でも焦らない。まだ何か成果と呼べるほどのものが得られたわけではないのだから。
「その一人に選ばれるのは最も強く最も美しく最も賢くなれる可能性を秘めた人間」
「つまりそれは」
「そう。この世で最も価値ある存在になれるかもしれない人が十七歳を数えた日に生贄となるの」
正規の手順で生贄が捧げられると以降、約百年の幸福が約束される。
約とつけたのは一年二年前ぐらいから不幸の兆しが現れ始めるからだ。
生贄が捧げられればそれも帳消しになるので実質あってないようなものだが。
「どうしてそんな構造になったのかは長くなるから省くけどぉ」
記録によれば四千年ほど前から続いているようだ。
「百年周期で生贄が捧げられ少なくとも四千年、私の世界は完璧な幸福を享受していたわ」
「もしかして」
「ええ。お察しの通り私がそうよ」
生まれながらに私は生贄に選ばれていた。
「物心ついた時から皆が言う。親も兄妹も王様も見知らぬ他人も神々でさえも」
お前は皆を幸せにするために生まれて来たのだと。
皆を幸せにするためにその身を捧げるのだと。
「……神様も?」
「ええ。生贄が捧げられることで神の権能も強くなるのよ」
そうして実りを与えたり子を生まれ易くしたりという形で人類に還元するのだ。
そして人類は感謝の形として信仰を捧げる。持ちつ持たれつの関係と言えよう。
「……ひでえ話だ」
悲し気に呟く坊野を見て苛立ちが募った。
「私も最初はそのように生きて来たわ。でも約束の時が近付くにつれ怖くなった」
「当たり前だ」
更に苛立ちが増した。
違う。そうじゃない。さっき少しワクワクさせられたのに何故、直ぐまた失望させるのか。
だが朧げながら見えた来た。先ほどワクワクしたのは坊野が不快感を滲ませたから。
ということは、だ。
(私はこの男を怒らせたい……?)
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