選択肢がなかった
客人が訪れ二週間が経過した頃、私は一人おじさまの下を訪ねていた。
目的は勿論、新しいお客様について。
普段ならおじさまからアクションを起こすまではノータッチだが、
『今回は相手が相手だ。マヨヒガに入れたとはいえ警戒しておくに越したことはない』
と旭お姉さんが言い私たちも同意した。
何せ一国が滅ぶ引き金を引いた古の悪女モルガンに似た気配がする相手だ。
その上力という面ではモルガンをも上回っているのだから警戒は当然だろう。
一人で来たのは一番、角が立たないやり取りが出来るから。
というのも、
『……えらく親近感が沸くお客さん来ちゃったよ』
私たちに来客を知らせに来た際のおじさまの反応。
どうもおじさま、初手で結構心を許しているらしい。
そんな相手を悪し様に言われれば良い気分はしないだろう。
この時点で旭お姉さんはアウト。
暫定邪悪が相手で基本上から目線、そこに嫉妬まで加わればどうなる?
『『『問題外』』』
『殺すぞ』
というのが私たちの判定で却下。
次いで零お姉さん。こちらは真っ当ではあるがポカが怖いとのことで辞退。
アーサーさんに至っては、
『無理無理無理。他の悪党ならともかくモルガン想起させるとか偏見フィルター外れないよ』
偏見が呪われた装備になっているので辞退。
というわけで私以外の選択肢がなくなったのだ。
「うぃー、お待たせ」
ドア先までルームサービスを受け取りに行っていたおじさまが部屋に戻って来る。
今、ねぐらにしているのは結構お高めのラブホテルらしい。
曰く、
『古めのちょいボロラブホを決め打ちして楽しんでたからここらでと思ってな』
何がどうしてここらでなのかは分からない。それ以前のチョイスもそう。
またぞろおじさまのフェティッシュなこだわりがあるのだろう。
それよりも、だ。
(私も早くおじさまとこういう場所で愛し合いたいわね)
どうせラブホテルに来るなら色っぽい用事で来たかった。
「……これまではルームサービスないか。あっても解凍した冷食だったんだがな」
「これは明らかに作ってるわよね?」
「ああ。やっぱ高ぇとこは違えなあ」
だが微妙に冷たい冷凍炒飯もまた別の趣がある。
ハニートーストをパクつきながらしみじみと言うおじさまはやっぱりちょっとフェティッシュだ。
「ところでおじさま。新しいお客様はどんなご様子なのかしら?」
「珍しいな。お前から聞いて来るなんて」
「そうね。これまでとは少々毛色が異なるようだから」
「まあ確かに……いやでもテュポーンはある意味、同じカテゴリーじゃないか?」
どういうことだろう? 力、という意味ではないと思う。
怪物と魔女でヴィラン属というのも違うだろう。
いや正しい分類ではあるけどおじさまがそんな分け方をするとは思えない。
「あ、でもお前らは聞いてないし俺も話してないから違うか」
聞いてない? 何かを言われた結果?
気にはなるが多分私の本題とは関係ないだろうしスルーしよう。
「で? お前は仮名Lさんの何が気になってんの?」
「まあまずは力よね。その性根がどうであれ大きな力というのはそれだけで警戒しちゃうもの」
「あー……まあそうだよな」
私は続くおじさまの言葉に目を丸くすることとなった。
「特にLさん。な~んか悪そうな雰囲気あるし余計にな。心配させたか?」
「……気付いて、いらしたの?」
「いや今心配して訪ねて来てくれたんだなって気付いたのよ」
「いえそうではなくて」
受け答えを考えれば心配していることに気付いたのが今なことぐらい分かる。
そっちではない。私が気になっているのは悪そうな雰囲気という部分だと答えると、
「まあうん。物腰穏やかだけど終始こっちを見下してる感もあったし」
「……その割には平然としているように見えるわね」
「はは、そりゃね。俺もガキじゃねえんだ」
苦笑しカップを傾けながらおじさまは続ける。
「物心ついてから今に至るまで二十数年生きてるんだぜ? 俺もまあ、学ぶさ」
「学ぶ? 何を?」
イマイチ要領を得ず食い気味に聞いてしまった。
少し恥ずかしいが些細な羞恥よりも重要なのは話の続きだ。
「表向きそうとは見えないけど実はクソみたいな奴。露骨にカスな奴。
色んなのと遭遇して来た。直近で言えば前勤めてた会社の上司連中な。
そいつら隠してる本性見せたら大体、でけえ口叩くわけよ。お前何様? みたいなね」
その手の輩のテンプレートだろう。意外性も何もない。
私自身、おじさまが語っているような人種とは腐るほど遭遇しているから。
でもそれが何だというのか。
「だが俺の経験則ではほぼ……いやもう言い切るわ。
少なくとも俺がエンカウントした連中は100%、実際はそう悪い奴でもなかったんだよ。
第一印象が悪くても接している時が糞であっても中身は完全にそうじゃない。
過ちに気付いたら全員、悔い改めて自分を省みることの出来る奴らだった」
一つ例を挙げようとおじさまは前職の上司について語り始める。
嫌な記憶でこれまで詳細を話すことはなかったから少し驚いてしまった。
「セクハラ、パワハラ、モラハラは当たり前。初期装備よ。
素手で便器掃除させられたり、自分のミスを押し付けた挙句理不尽な説教かます。
アレルギー持ちの奴に甘えだつってアレルゲン食わせて病院運ばれたら被害者を詰る」
どう思う? と問われたので率直に答えた。
「屑ね」
「だろ? だからまあ、俺もキレて遂に手が出ちまった」
酷く気まずそうな顔だ。気持ちは分かる。
おじさまは争いを好む性質ではない。
これまではやらかし、と言葉を濁していたが暴力を振るってしまったことを悔いているのだと思う。
「手始めに全員ボコにして連中の顔でトイレ掃除した。
皮膚もぐちゃぐちゃで床一面血だらけ。多分手術しても完全には戻らないだろう」
そして最後は便器に深く顔を突っ込んでフィニッシュしたという。
やらかしが思ったよりバイレオンスで驚いた。
まあそこまで追い込まれていたとのことでしょうけど。
「傷害罪だ」
「一発アウトね。いえ裁判になれば多少、情状酌量は認められるかもしれないけど」
「けど被害届は出されなかったし何ならこれまで難癖で誰も受け取れなかった退職金まで出されたよ」
「……それは反省したのではなく怯えているだけじゃないかしら?」
精神がおかしくなるまで追い詰められた人間が凶行に及べばどうなるのか。
それを身を以って知り怖くなっただけで悔い改めたとは言えないのではなかろうか。
「まあ、俺も正直そういう感じなのかなとは思ってたがどうも違うらしい。
こないだ現世に行った時にどうなったのかコッソリ調べてみたんだがな」
業務改善に動き始めていたらしい。
それどころか過去の退職者への補償まで。
その途上で訴訟にまで発展するかもという話まで出て来たが全面降伏。
よっぽど無茶なものではない限りあちらの要求を飲むつもりだという。
「どう考えても割に合ってないだろ。だって」
「……逃げれば良いものね」
「そう。何かきな臭い伝手もあるみたいだしやりようは幾らでもあるんだわ」
なのに苦しくても真っ当な道を歩き出した。
それを知りおじさまは思ったのだという。
犯した悪事が消えるわけではない。
だが本当に救いようのない人間なんて存在しないのではないかと。
だから仮名Lさんのことも変に身構えて偏見を持たずじっくり向き合ってみようと考えたというが……。
(甘いにもほどがあるわ)
ただの綺麗事でしかない。
(……まあでも、人を信じるということそれ自体は間違いではないわよね)
おじさまではなく他の誰かが口にしていたなら正論でグサグサ刺していたと思う。
でもおじさまなら、ともう心は受け入れ態勢を整え始めている。
別に良いじゃないか綺麗事。それで不利益を被りそうになっても私が守れば良いだけなのだからと。
(惚れた弱味ね。でも良いわ。だって愛しているんだもの)
愛する人のために折る骨に限りはない。
しかしそうなると万が一に備えて錆落としをしておく必要がある。
(ある意味、丁度良い機会なのかも)
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