【意味】おだやかで情に厚いこと。
目覚めは最悪だった。敗北を喫した後に迎える朝の苦々しさたるやもう……。
三番勝負はテュポーンの勝利だった。
まんまとあの部屋を取られた僕と祓主の負け犬二匹は結局、自宅に戻ることとなった。
慣れ親しんだベッドでの目覚めがこんなにも煩わしく思うとは。
【なんかよくわからないけどがんば!】
洗面所の鏡に血文字が浮かぶ。地縛霊にまで気を遣われる始末だ。
お前はお前でさっさと成仏し……いやコイツただのコピーだった。
余計に虚しくなったので朝食を取らず身支度を整えて家を出る。
「……朝から拝む顔が貴様のものになるとはな」
「折角迎えに来てやったのにホント態度悪いね君」
自宅を出て向かったのは祓主のマンション。
コイツも僕と同じ気分だったようで朝食は取っておらず身支度の途中だったらしい。
少し待てと言われ三分ほどで祓主も支度を済ませて出て来たので二人で目的地へ。
行先は坊野さんが暮らしていたアパートだ。目的は見学。
初日は勝者の特権ということで敗者は入れないようになっていたのだ。
「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね。あの人、今留守にしてて。とりあえず上がって頂戴な」
「「新妻気取りかよ死んでくれ」」
アパートに行きインターホンを鳴らすとエプロン姿のテュポーンが出て来た。
それだけでもうヘイトポイント加算されるのに“あの人”だって?
これもうカンストだろ。怨敵認定待ったなし。
「……意外に片付いてるね」
「だがよくよく見れば甘い部分があるな。パッと目につく部分だけを掃除しているようだ」
言われてみれば隅とかには埃が残っている。
目敏く発見する祓主は姑の素質アリだと思う。
「これ君は別に手を入れてないんだよね?」
「ええ。再現してもらった時のままよ」
「割と驚いてるよ僕」
(現世視点で)少し前までブラック勤務で会社と自宅を往復するだけの生活だったと聞く。
そんな暮らしをしていれば掃除なんて疎かになってもしょうがないのに。
「実際そうなんじゃない? 私が再現してもらったのは二十四歳ぐらいのお部屋だし」
「……ああ、まだ何とか余裕があるぐらいの時にしたわけだな」
「ええ。末期の暮らしなんて痛々しいのは目に見えてるし」
まあ、それもそうか。
コンビニ弁当やカップ麺のゴミが山積してる状態なんて好んで見たいものでもないしね。
衛生的な意味もあるが好きな人の苦境が垣間見えるのは普通にしんどい。
「時に貴様は客人に茶も出さんのか?」
「茶を要求する客人もどうかと思うけれど……まあ良いわ。ちょっと待っててくださいな」
テュポーンが支度を始めるや祓主は極々自然にマットレスに飛び込んだ。
僕もやろうかなとは思ったが流石に人目があるところではと躊躇ったのに……。
「……畜生。奴の匂いがする」
テュポーンがここで寝ない選択肢はない。
当時の坊野さんの香りに包まれて眠れるんだもの。
「これってさ。当時の部屋が完全再現されてるんだよね」
テュポーンも具体的な日時までは指定していないだろう。
二十四歳ぐらい、そこにまだ生活に余裕があった頃という条件を加えたぐらいかな?
その上でテュポーンのリクエストに合致する時期の部屋を再現したのだと思う。
「それがどうした?」
「つくづく恐ろしいなって」
多分やろうと思えば何年何月何日の部屋も再現出来るはずだ。
それはつまり過去の正確な瞬間を抽出出来るということでもある。
「やろうと思えば歴史のミステリーだって紐解けるってわけだ」
本能寺の変とかね。
その上で気になるのは、
「ああ。どこを参照しているかということだな」
「そう。未来予測は必要な要素を揃えた上で演算していくけど過去の再現は違う」
過ぎ去ったその瞬間を正確に把握していなければ不可能だ。
「……先生のお祖父様が神だというのならいわゆるアカシックレコードにという可能性もあるな」
「実在するかどうかも分からないけど十分あり得るね」
実在云々言い出せば神の存在証明もだしね。
超常的な力や怪異は存在しているが僕ら裏の人間にとっても神というのは空想上の存在だ。
だがお祖父さんの述懐が正しいなら神は存在する。
僕らの世界における神とは天然自然や概念が擬人化したものらしい。
これもかなり驚愕な事実ではある。
「……僕さ。出会った当初、坊野さんがとんでもなく怖かったんだよね」
得体の知れない逸脱者であると。
「貴様、不敬が過ぎるぞ殺されたいのか」
「今はそうじゃないっての」
殺意のトリガー軽過ぎだろ。
「ただその恐怖の理由が分からなかった」
強さというのなら平均的な成人男性のそれと大差ないだろう。
当時の僕は目覚めたてとはいえ超人だ。百回やれば百回勝てる。
どこに恐怖を感じる理由があるというのか。
再会してからは恐怖は感じなくなったし逸脱者だとも思えなくなった。
やっぱり理由は分からない。
「でもこの完全再現された東京を見て分かった気がするよ」
「……先生当人は只人であっても繋がっている異界が、か」
「うん。多分、マヨヒガの規格外さを無意識の内に感じ取ってたんだろうね」
坊野さんが本気で排除を望めば僕は成す術もなく蹂躙される。
当時は色々虚無ってた僕だけど変われた以上は人らしさがあったということ。
その極小の人間らしい部分が刺激されていたのだろう。
「ああ、それ何となく分かるわ」
テーブルにカップを置きながらテュポーンが言う。
「私も初対面の時、一般人だと思いながらも何か引っ掛かりを覚えたもの」
テュポーンが引っ掛かりで僕が恐怖なのは……まあ自業自得だね。
初対面で怒らせていたから恐怖に傾いてしまったのだろう。
けど無意識の内に感知していたものは同じはずだ。
「理由は分からなかったし直ぐどうでも良くなっちゃったから忘れてたけどね」
「……それはどうでも良いが貴様、客人に出すのがココアってどうなんだ?」
しかもこれ牛乳使ってないだろうと姑祓主が言う。
出されたものに文句つけるなよな。
「ああごめんなさい。棚を漁ってたらつい見つけちゃって」
テュポーンはクスリと笑い大上段から姑祓主に告げる。
「あの狭い駅舎で出しておじさまが出してくれた“思い出のココア”」
「……」
そう言われてふと思った。
「そういや話を聞くに僕とテュポーンは同棲みたいなことしてたけど君だけ違うよね」
テュポーンは狭い駅舎で。僕は廃バスで。
一方姑祓主はどうだろう? 同じ屋根の下には居たが宿だし同棲って感じではないよね。
「……表に出ろ。温厚な私をキレさせたらどうなるかを教えてやる」
コイツが温厚?
「だったら僕は神か何かか?」
「私も今日から聖女を名乗って良いかしら?」
気に入って頂けましたらブクマ、評価よろしくお願いします。




