おかしな客人
「坊野が遭難して今日で一週間か……」
四人で雀卓を囲んでいるとアーサーさんがぽつりとそう呟いた。
「それだけ聞くと大切な人の危機に麻雀やってる私たちがとんだ鬼畜に思えないかしら?」
「というか定義的に遭難と呼んで良いのかな?」
とは際どい捨て牌をした零お姉さんの言だ。
ちょっと気になったので広辞苑を呼び出して確かめてみると……なるほど。
「悪天候などで自力での下山が不可能になった状態だからちょっと違うかもしれないわ」
悪天候を引き起こしているのはそもそもおじさまである。
自力での下山も普通に可能だし。
「セルフ遭難、何ちゃって遭難と称するべきね」
「途端に言葉が軽くなったね。しかしイマイチ理解出来ないのは僕が古い人間だからなのかな」
豪雪、豪雨、飢餓。何一つとして良い思い出はない。
山小屋なんかより普通の家で暮らす方がずっと良いと。
「古い人間かどうかは関係ない。貴様が凡庸な人間だからだ」
「君、その全肯定はどうかと思うよ。それポン」
ささっと白を回収するアーサーさん。
さっきからずっとそうだ。安い手ばかりで早上がりを狙い続けている。
前回とか発のみ。今回も同じ気配がする。
恥ずかしくないのかしら? これがブリテン流だとでも言うつもりか。
「祓主が何もかもどうかしてるのはともかくとしてだ……おっと」
放たれた点棒苦無を危なげなく指で捉えつつ続ける。
「非日常を楽しむっていうのはそう不思議なことでもないだろう」
でもそれは穏やかな日常が当然のものとして定着し切った環境あればこそ。
現代に蘇ってそこそこ経つとはいえ戦乱の時代の方が長かったのだ。
アーサーさんではイマイチピンと来ないのも当然だと言いつつ、
「あ、それロン!」
零お姉さんは振り込んでしまった。
また安い手。つくづくヘイトを溜めてくれるわねこの騎士王。
「……一度休憩を挟まないか? この男への殺意を鎮めるために」
「「賛成」」
「前々から思ってたが動乱の世を生きていた僕より血の気多いな君ら」
というわけでブレイクタイム。
各々がマヨヒガの権能で飲み物とお菓子を呼び出し摘まみ始めた。
「時に貴様ら、今回の客人はどんな奴だったと思う?」
「ああそれか」
おじさまが山に向かった翌日に私たちは客人の気配を感じ取った。
山中に出現したと考えれば結構な距離がある。
にも関わらず意識せずともうっすらと感じ取れるほどに力ある存在だった。
アーサーさん曰く、
『恐らくは武人だな。術だのではなくシンプルに武を突き詰めて行った結果逸脱した存在だろう』
とのこと。私も同意見だった。
特異な力を初めから備えていたわけではない。
一般人が通常の範疇にあったものを研磨した結果、超人の領域に達した者独特の気配。
私もラスボスをしていた頃、その手の人間とかち合ったことがあるので分かる。
こればっかりは直に見たことがないと分からないだろう。
若人二人は遭遇経験がないから単純に強そうぐらいにしか思わなかったようだが。
「まさか三日で消えるなんてね。僕の時は何ヵ月もここで暮らした末、なのに」
「私と旭お姉さんは一ヵ月にも満たなかったけどそれでも三日は驚きだわ」
そう、推定武人のお客様は三日で消えてしまったのだ。
特異な客人として訪れるからには相応の何かを抱えているのは大前提。
それを三日で解消するというのは一体どういうことなのか。
「先生の対レアエネミースキルが向上した結果なのかもしれんな」
「彼の対人スキルが低いとは言わないが頭抜けているわけではないだろう」
流石にそれは無理があるとアーサーさん。そこは私も同意する。
それにおじさまは人当たりが良いけれど、基本は受け身だ。
相手が悩みを抱えていても自分からは仕掛けない。
相手が自分の意思で話してくれるのを待ってから対応している。
だからこそ余計にこの速度は気になってしまう。
「客人大喜利でもする? 一番面白いのを……」
零お姉さんの言葉は最後まで続かなかった。
私たちは同時に同じ方向に視線をやった。
マヨヒガを去ったお客様の気配を玄関先に察知したからだ。
どうする? と顔を見合わせたところで呼び鈴が鳴ったので全員で玄関先へ向かうことになった。
「お主らはマヨヒガの住人で相違ないか?」
玄関先には五十前半ほどの道着を纏った男が立っていた。
二メートルを越す長身とそれに見合う隆々とした筋肉。
私とアーサーさんの武人という見立ては間違っていなかったのだが、
((((何故にこうもズタボロ……?))))
多分私たち四人は同じ感想を抱いたと思う。
武の頂きを目指す過程で負ったであろう大小様々な古傷とは別種。
最近負ったであろうことが見て取れる怪我が色濃く刻まれているのだ。
両目は腫れ上がり吊られた右腕は指先までぐしゃぐしゃ。
片足も完全に圧し折れて杖なしでは歩行など出来ようはずもない。
多分、肋骨とかもかなりやられているようで喋る際は苦痛に顔を歪めていた。
にも関わらず、
((((何故にこうも清らかな気配が……?))))
幼子が見れば泣き出すこと間違いなしの厳つい見た目をしているにも関わらずだ。
今、目の前に居る男は小鳥が肩にでも止まりそうなほどの善人オーラを纏っている。
それがまた何とも不気味でならない。
彼の背景は何も知らないが確実にかつてはこうではなかったであろうと確信出来る。
「……ああそうだが君は?」
代表して口を開いたのはアーサーさんだった。
一応男で年長者という自覚があるからだと思う。
「崩天と申す。用が済めば疾く去るゆえ覚える必要はない」
そしてこちらが名乗る必要もないとのこと。
用とは一体何なのかと聞けば彼はこう答えた。
「礼を」
「礼?」
「坊野殿に感謝の言葉を伝えて頂きたく」
はぁ? と口にしなかった私偉い。
堂々とはぁ? 何言ってるんだ貴様と言った旭お姉さん偉くない。
「そんなもの」
直接伝えるべきだろう。それが誠意というもの。
旭お姉さんは多分そんなことを言いたかったのだと思う。
だが崩天は遮るように言葉を重ねた。
「我が積年の妄執に終止符を打って頂き感謝の念に堪えませぬ。
これよりは我が命尽きるまで他がために生きる所存。坊野殿もどうか御壮健であられますよう」
そう伝えてくれ。
深々と頭を下げると彼は背を向け嘘のように消え去ってしまった。
「……何だったんだ彼?」
アーサーさんの言葉は私たちの総意でもあった。
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