客人 限界OLなラスボス⑥
二人で仲良くお料理と相成ったわけだが何を作るのだろうか?
私が聞けば彼は少しドヤっとしながら答えてくれた。
「こんな寒い日は鍋っきゃないでしょ」
こんな寒い日にしたのはこの人なのだけれど。
ともあれお鍋というのは私も賛成だ。
お野菜たっぷりでちょっと甘めの味付けが良いけどまあそこは彼に合わせよう。
などと思っていたら、
「醤油ベースの甘い感じで肉は鳥で野菜たっぷり入れてさあ」
どうやらあちらも同じ舌になっていたらしい。
あの緩んだ表情を見るにこちらの意をくみ取ったという感じではなさそうだ。
存外、気が合うのかもしれない。
(それはそうと鍋でお手伝いすることってあるのかしら……)
精々、野菜を切るのを手伝うぐらいではなかろうか。
「で、後はおにぎり。茶碗に白米でも良いんだけど今日はおにぎりの気分なんだ」
鍋は自分が担当するからおにぎりを任せても良いかと聞かれたので頷く。
簡単で少し物足りないけれど精一杯気持ちを込めて握ろう。
「じゃ、始めようか」
「ええ」
一時的に増設された調理場で作業を開始する。
彼の求めに応じて出現したお野菜はどれも瑞々しくとても美味しそうだが……。
(改めて考えるとこれどうなってるのかしら?)
明らかに無から有を生み出している。
見た感じマヨヒガから何かしらエネルギーが消費されてるわけでもなさそうだし。
(この領域に限るとは言え神の如き権能だわ)
ネット環境ぐらいでしょう。ここで用意出来ないのは。
それが気にならないなら何もかもを賄えるここから出る必要もなくなる。
(……安寧の牢獄と言い換えることも出来るわね)
出る必要がないなら出る気もなくなってしまう。
囚われていると思わせずに安寧の鎖で繋ぎ止める。
監獄を作る上でのアプローチとしては中々面白いかもしれない。
実際おじさまはともかく私という怪物はストレスもなく囚われてしまってるし。
「うぉ、いきなり? 熱くない? 大丈夫?」
野菜を切っていた彼が驚いたように声を上げ思考の海から浮上する。
ボールにお米を移して直ぐに握り始めたからビックリしたらしい。
お米の熱程度でどうこうなる怪物ではないのだ。
大丈夫よ、と笑い返し用意された具材を使っておにぎりを握っていく。
おかか、昆布、ツナマヨ、高菜、きっとこれらも彼が好きな具材なのだろう。
私がマヨヒガを訪れてからずっとそうだ。
彼は自分の好きなものを私に出してくれている。
(不思議ね。他人の好みを押し付けられているとも言えるのに)
押しつけがましさや不快感はまるでない。
世話になっている立場でそんなことをというのもあるがそれ以上に、
(……私のことを想ってくれているからなのでしょうね)
彼は私のパーソナルな部分を何一つ知らない。私が語らないからだ。
そんな状態で出来る精一杯がこれなのだ。
心も体も満たしてくれる自分の“好き”をお出しする。
これはある意味最上のおもてなしなのではなかろうか。
「というかご飯多いわね」
あれこれ全然お米減らないわねと思いついツッコミを入れてしまう。
すると彼は照れ臭そうに、
「いや今日はやけに食欲が沸いたもんで……こういう時、ついやっちゃうよねっていう」
「なるほど」
テンションに身を任せて多めに炊いてしまったようだ。
まあ保存については問題ない。マヨヒガの能力で何か出来るだろうし出来ないなら私の力でやる。
そうこうしていると鍋に入れる具の下ごしらえを終えた彼が宿直室に入って行った。
何となく予想は出来る。何ならちょっと楽しみになって来た。
「よし出来た」
二合分のお米全てを使い終えた。
大皿におにぎりを乗せ宿直室に向かうと予想通りそこには囲炉裏が出現していた。
その中心には昔話に出て来るような丸底で柄のついた鋳物の鍋。
レトロ趣味のある彼ならこういうシチュエーションにするだろうなと思っていたが大当たりだ。
「おぉ、すまんね。こっちはまだなんだわ」
「大丈夫よ。ふふ、もう良い匂いがしてるわね」
「だろ? ってかちょっと限界だし先にそっちつまんで良いかい?」
「勿論。私もお腹ぺこぺこだし」
じゃあと二人揃っていただきますをしておにぎりを食べ始める。
美味しい美味しいと笑ってくれる彼を見て安堵した。
(良かった……ふふ、美味しいって言ってもらえるのがこんなにも嬉しいことだったなんて)
おにぎりをパクつきながら待つことしばし。
そろそろだなと彼が木蓋を開けると食欲をそそる香りと共に湯気が部屋中に広がった。
大きく切った長ネギにえのきしめじ、大根、白菜、お揚げ、鶏肉。
醤油ベースのおつゆの中でテラテラと光沢を放つ具材は宝石のように輝いて見えた。
「俺さ、鍋の時はいやちょっとデカ過ぎね? ってぐらいネギは大きく切りたい派なんだよね」
「私は特にそういうこだわりはないけれど何となく分かる気がするわ」
シャキシャキとした食感を残しつつもおつゆがよく染みて柔らかくなったネギはとても美味しい。
大根もそう。これまたよく味が染みていて堪らない。
気分転換に挟んだ茸類も肉厚で箸が進む進む。幾らでも食べられそうだ。
(……そろそろ、なのかもしれないわね)
何時までもこのままでは不義理というものだろう。
そう思い流れを作るべく彼に話を振る。
「ところで漫画を描いていらしたそうだけどジャンルはどのようなものを?」
「あー……似合わないのは百も承知だけどその、何だい。少女漫画を、ね」
「まあ」
意外――と思ったがそうでもないのか。
よくよく思い返せば転がっているコミックなどを見れば少女漫画っぽいものばかりだった気がする。
「最初は失恋のトラウマを慰めるために何となく手を出しただけなんだがなあ」
気付けばすっかりハマってしまい消費だけでは飽き足らず供給側に回ってしまったとのこと。
少し意地悪な気持ちが首をもたげ、私はからかうように聞いてしまう。
「失恋のトラウマ? 手酷い振られ方でもしたのかしら?」
「まあ、うん。高校の頃に付き合った初カノとねえ。色々あったのよ」
苦笑を浮かべているところを見るにそこまで触れられたくないというわけではなさそうだ。
ならばもう少しつっついてみようと思っていたら、
「…………いやまさか二人とも仏門に入るなんて」
ぶつもん――え、仏門?
いや私も色恋について得意としているわけではない。
何ならその手の事柄については素人同然だろう。交際経験なんて一度もないし。
そんな私でもこの話題で仏門という言葉が出て来るのがおかしいことぐらいは分かる。
(それに二人?)
何? どういうこと? 恋人は一人でしょう? ならもう一人は誰?
おじさまは仏の道ではなく奴隷労働に入ったから違うはずだし。
(ちょ、ちょっとしたジャブのつもりだったのに……)
本題に話を持っていくための軽いジャブのつもりだった。
正直かなり詳細が気になるけれど今は我慢だ。
後回しにしてしまえば私の決意が揺らぎそうだし。
「そ、そう。色々とあったのね。でも羨ましいわ」
「羨ましい?」
「私、恋なんて一度もしたことがないから」
中学も高校もそういうものとは無縁だったと告げる私に彼は軽く目を見開いた。
恋愛経験の有無についてではない。
私が初めて自分のパーソナルな部分について明かしたから。
そう、私はこれから私について彼に語ろうと思うのだ。
「……へえ、それはそれは。かなりモテそうなもんだけどなあ。めちゃ可愛いし」
彼もこちらの意図を察してくれたのか。ジャブをお返ししてくれた。
いきなり深い部分に触れるのは気まずいのでその気遣いは実にありがたい。
「そうでもないわ……私の母校は修羅の国だったから」
「修羅の国!? え、学校の話だよね? すげえ気になるんだけど」
どうやら私は私で別の興味を引いてしまったらしい。
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