やるじゃない
「……」
「おじさま、緊張なさってるの?」
「そりゃね」
十一月三日、文化の日。
その日俺は小さなイベント会場の一角でそわそわと時を待っていた。
遂に以前、申し込んだイベントの日がやって来たのだ。
ちょくちょく現世と時間を同期させて時を進めてたがいざ当日になるとな。
申請が通った後にSNSを再開し告知した際は今でも待ってくれているファンの人たちから温かな言葉を貰った。
中には当日、予定を開けて必ず行きますと言ってくれた人も居る。
そんな彼らと直接顔を合わせるというのは嬉しさもあるが緊張も大きい。
「大丈夫よ。私が傍に居るんだもの。絶対、大丈夫」
テュポーンは踏み台の上に乗りよしよしと俺の頭を撫でてくる。
恥ずかしいが彼女の優しさだと分かっているので抵抗はしない。
売り子をすると申し出てくれたのは俺を心配していたというのもあるのだろう。
よくよく考えれば現世で普通の人間と接するのかなり久しぶりだし。
「……ありがとよ」
「ふふ、どういたしまして」
それはさておきやっぱ耳目を集めるよなあ。
他の参加者から可愛い、とか良いなあ、なんて声がチラホラと。
ま~じにリアル不思議の国のアリスだからなテュポーン。そりゃ注目されるっつーね。
これが成人向けのイベとかだったら良からぬロリコンどもを大興奮させていただろう。
ちなみに童女連れまわしてることで買う要らぬ面倒については問題ない。
そこらはテュポーンが不思議な力で誤魔化しているそうな。
「それよりお姉さんの方は大丈夫かしら」
「……ああ、あれなあ」
俺も前日はそわそわしてあんまり眠れていない。
だが旭の方はマヨヒガと現世合算で一ヵ月ぐらいマジに“寝てない”。
俺の活動再開といよいよ新刊を手に取れる喜びで血が滾ってしょうがないそうだ。
アイツは俺が新刊を完成させたことは知っていても一度として先に読もうとはしなかった。
協力してくれたし別に良いのにと思ったが断固として拒否されたのだ。
全ては今日この日のためにとは奴の言である。
「問題ないからで食事や睡眠を疎かにすると痛い目を見るのは私も身を以って体験しているし」
旭の場合はポジティブな心持ちで疎かになっているだけまだマシ……? なのかな。
いややっぱ食事と睡眠はしっかり取るべきだわ普通に。
だってアイツ、現世と同期してたからちょこちょこ祓主家の仕事もこなしてたんだぜ。
更に更にイベント終了後に俺と道無が会えるようコンタクトを取ってくれたりもしている。
寝ろ。飯を食えと言いたくなるほどの過重労働だ。
「っと、そろそろだな。準備は良いか?」
「良くってよ」
会場が開放されお客さんが入り始めた。
と言っても小さなイベントだ。行列もないし人が雪崩れ込むということはない。ぽつぽつとって感じだ。
そんな中、真っ先に旭は俺たちの下へやって来た。
(……お、おぉぅ)
緊張した面持ちでゆっくり歩いて来る姿を見て俺は少し驚きを覚えた。
普段の旭はファッションに頓着していない。
仕事の時は別なのだと思うがプライベートは大体、ラフな格好をしている。
素材がとんでもないからそれでも様になっているがマジで着飾らない。
(まるで別人だな)
だってのに今日はどうだ?
ボルドーのセーターに黒のフレアスカート。
服装に合わせて髪にも手を入れたのだろう。毛先に軽くパーマを当てているらしい。
全体的に派手さはないが元の素材が極上なのでむしろ丁度良いぐらいだ。
品のある大人の女性という佇まいで正直に言うと少し、見惚れた。
「あの、三冊頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! 少々お待ちください」
テュポーンが代金を受け取っている間に三冊を紙袋に詰め手渡す。
紙袋を胸に抱き嬉しそうに笑うに俺は少し泣きそうになった。
それから少しだけ周りを見渡し意を決したように俺に話しかけて来た。
「U・リトルレディ先生……ですよね? SNSで拝見致しました。先生が直接、参加なさると」
「あ、はい」
「お会い出来たらどうしても伝えたいことがあったんです」
旭は小さく深呼吸をしてから真っ直ぐ俺の目を見つめ告げる。
「先生の作品のお陰で私の人生は良い方向に変わりました。本当にありがとうございます」
感謝の言葉自体は以前も受け取った。だがそれはマヨヒガでのこと。
作者と読者という形で改めてこういう場で向き合い伝えられると……ああ、何だろうな。
胸がいっぱいになって上手く言葉に出来ない。
「……どういたしまして。そう言って頂けると冥利に尽きます」
「あの、もしよろしければサインを頂けませんか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。ではこれにお願い致します」
そう言ってトートバッグの中から取り出したのは俺が初めて出した一冊だった。
多分霊的な保護がされているんだろうな。劣化は微塵も見受けられない。
それでも不思議と旭が何度も何度も読み返したであろうことが伝わって来た。
サインなんて書くのは初めてで上手く出来るかは分からない。
それでも精一杯の想いを込めて書いた。
「……ッ。ありがとうございます」
少し涙ぐみながら微笑む旭を見て俺の中にあった小さな疑問が氷解した。
無礼を働いたと知るや腹を切ろうとするようぐらい俺に入れ込んでる女が、だ。
今の今まで一度もサインなどを頼んだことがなかった。
地味に気になっていたのだがようやく理解したよ。
(そうか。ずっと、ずっとこうしたかったんだな)
特別な場所でもなければ特殊な立場でもない。
ただの一人の読者として向き合い伝えたかったのだ。
「……ごめんな。随分待たせちゃって」
思わずそんなことを言ってしまった。
旭は突然のことに目を丸くするが直ぐに優しい表情でこう言ってくれた。
「良いんです。こうして、出会うことが出来たから」
差し入れのお菓子を俺に渡すと旭は深々と一礼してこの場から去って行った。
その背を見送る俺の目には多分、涙が滲んでいたと思う。
「……良かったわね」
「……うん」
本当に良かった。今日という日を迎えられて。
漫画を描いて来て本当に良かった。
「それにしても今日のお姉さんは普段のアレな姿とはまるで別人だったわね」
俺が落ち着くのを待っていたのだろう。
しんみりした空気を変えるようにテュポーンが冗談めかして言った。
「ああ。旭ってあんなに可愛かったんだなあ」
しみじみとそう思う。
「……普段のイカレタ振る舞いとの落差というわけね。やるじゃない」
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