客人 空虚な旅人⑩
正直、自分でも戸惑っている。何でほっとしているのか。
だけど取返しのつかない致命的な一線を超える前に踏み止まれた。
そんな気がしてならないのだ。
「そろそろ良い時間だし昼飯にするか」
そんな彼の声もどこか遠く、昼食の間も僕はずっと上の空だった。
昼食を終えると彼はバイク弄りを再開し再び油に塗れ始めた。
その様子を少し離れた場所でぼんやり見つめていると、
「……僕は、人間というものに価値がないと思っている」
気付けばそんなことを口にしていた。
彼はこっちを見て少し驚いたような顔をするが直ぐに作業に戻った。
手は動いているがこちらに意識が向いているのが分かる。
黙って聞いてくれるということだろう。
「昔からそうなんだ」
彼に甘え僕は全てを吐き出した。
「誰が欠けても世界は回るし誰か増えたところで世界が終わることもない」
居ても居なくても同じならそこに価値など無い。
「価値が無いということは意味が無いということ」
ならば何故、人は生まれて来たのか。
無価値で無意味な人間にすらなれない自分は何なのか。
こんなことを言ってどうしようというのか。頭では分かっていても吐露せずにはいられなかった。
僕の話を聞き終えた彼はポツリと言った。
「意味が無いか。俺はありがたい話だと思うがね」
それは僕にとって予想外の返答だった。
「……ありがたい?」
思わずおうむ返ししてしまった僕に彼は背を向けたまま語る。
「他人に上から目線でお前は無価値な人間だとか生きてる意味が無いとか言われるのはムカつくぜ?」
微かに滲んだ怒気にびくりと肩が震えた。
本当にどうしてこうも恐ろしいのだろう。
戦闘能力という意味では封鎖内に居た弱い化け物にも遠く及ばないはずなのに。
「でもお前は違うだろ?」
「誓って」
「そう。極々フラットに言うもんだから俺も毒気を抜かれてな」
それで真面目に無価値ってどういうことなのか考えてみたのだと彼は苦笑する。
「したらあれこれ、案外ありがたくね? ってなった」
「何でそうなるの」
「だって何も無いってことは自分の好きな荷物を好きなだけ持てるってことだろ?」
自分が思う価値あるものを好きなだけ抱え込めば良い。
そうすればその生に自分だけの意味が生まれる。
「でもそんなの」
「自己満足だって? かもな」
彼はあっさりと肯定した。
「けど何をしても無価値無意味だってんならしょうがないじゃん」
自分で決めて自分で採点するしかない。
「だって自分で決めることを良しとしてくれたんだから」
それは言葉尻を捉えた皮肉や嘲りなどではなく心底からの言葉だった。
「…………あなたは、無を“肯定”と捉えたの?」
「お前がそう思わせてくれたんだよ」
自らが壊されたことを悟った時、僕は動揺と共に安堵した。
そして今、僕は高揚感を覚えている。
何に対してかは分からない。でも、また何かが変わった。
壊れた僕の中で新しい何かが芽吹いたような……そんな、気がしているのだ。
「――――出来た」
僕が呆然としていると彼は噛み締めるようにそう言った。
「……それ、直ったの?」
「ああ! 何とかな」
試走に行くが一緒にどうだ? 笑顔と共に告げられた誘い。
未だ落ち着かない心を抱えたまま僕はぎこちなくそれに応じた。
「……気持ち良いね」
「だろ?」
風の音に負けないよう彼は少し大きな声でバイクの良さを語っている。
彼はきっと想像もしていないだろう。
僕が今、生まれて初めて肌を撫でる風を気持ち良いと思ったことなんて。
「お前確か高2だろ? バイクの免許とか取ってみたらどうよ?」
バイクそのものに興味はない。
そう言おうとして気付きを得る。
興味がないのは事実だけど何でか悪くないとも思っている。
免許を取る行為というよりも少し先の未来を思い描くことが良いなと思ったのだ。
「……そうだね。それも良いかも」
ホントの理由は口にせずそれだけ言うと彼は嬉しそうに笑った。
「そうしろそうしろ。現世に戻ったら大変な状態だろうけどさ」
それが終わったら思う存分羽根を伸ばせば良い。
そこまで言って彼は名案を思いついたとばかりに更に声を弾ませた。
「例の救援に来たって偉そうな女居るだろ?」
「うん? それがどうしたの?」
「非常識な事態に外から人間が派遣されて来るってことはだ」
自分たちが知らないだけで超常現象に対応する組織がある可能性が高い。
その上で誰が組織を管理しているかというと国の可能性が高い。
つまり、
「幾らか金を引っ張って来れるんじゃないか? 協力したって名目で」
「それは」
確かにやれなくはないだろう。
僕が身を置いている組織は治安維持を目的としたもの。
外部から事態解決のために乗り込んで来た人員がスムーズに活動出来るよう協力したと言い張れなくもない。
「そしたらその金で免許取れば良い」
「そもそも生き残れるかどうかも分からないけどね」
「生き残れるさ。ここをどこだと思ってんだ? マヨヒガだぜ」
どっぷり幸運に塗れたお前ならきっと大丈夫。
それどころかもっと多くの人間を助けられる。
根拠とも言えないものだけれど、
「……そうだね。そうかもしれない」
不思議と信じてみたくなった。
(僕の異能は、多分弱くなった)
今までも問答無用で何かを無に還すことが出来るわけではなかった。
それでも何て言うのだろう。将来性? のようなものはひしひしと感じていた。
だがその未来は閉ざされた。でもそれはきっと良いことなのだ。
(弱くなったからこそこの力で何かを掴むことが出来るかもしれない)
ずっと冷たかった心が熱を帯びていくのが分かる。
これをくれたのは……。
「もっとスピードを上げて欲しいな」
海岸線に入ったところでそう提案すると彼は良いねと口笛を吹いた。
「ノって来たねえ。任せろ! ここにゃ法定速度なんざねえからな!!」
口実を使って強くその背に抱き着く。
鉄と油の臭いがするけれどまるで不快じゃなかった。
「ん」
海の向こうに沈む夕陽が眩しくて少し目を閉じた瞬間だ。
彼の香りも温もりも消え失せ、代わりに喧噪がやって来た。
「おい貴様、死にたいのか!?」
僕に迫る攻撃を弾いた偉そうな少女が叱責を飛ばして来る。
どうやら戻って来たらしい。
「……ごめん、それとありがとう」
謝罪と感謝を口にし僕は小さく深呼吸をした。
「こんなところじゃ死ねないね」
最初の目標はもう一度彼に会うこと。
僕を壊し無を肯定してくれた彼にもう一度会いたい。
胸に灯った小さな熱が歩き出す力を与えてくれる。
「さあ、新しい旅を始めよう」
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