客人 空虚な旅人⑨
物心ついた時から自分が周囲とは違うことが分かっていた。
親も保育園の先生やクラスメイトも皆、僕を男の子としても女の子としても扱うのだ。
分別のつかない子供であろうと違和感を覚えるのは当然だろう。
体だけではない。根本的な部分で自分は人間から逸脱したナニカなのであると。
それを自覚した時、僕は疑問を抱いた。周囲との違い確かめていく中で思ったのだ。
『あの人たちはなんでわざわざ生まれてきたんだろう』
男が居る。女が居る。体と心の性別が異なっている人も。
怒りっぽい人、涙脆い人、優しい人、厳しい人。
皆違って皆良いと言うけれど、そうは思えない。
『誤差じゃないか』
自己犠牲が極まった善人も救いようのない悪人も同じような生き物でしかないだろう。
だって誰かが欠けても誰か一人増えても変わらず世界が回るのだから。
そこで疑問は己に帰結する。
『ならば何故、僕は生まれてきたのか』
人が等しく価値の無い存在ならばその営みの中にすら居場所が無い僕は何なのか。
あなたはお父さんとお母さん、沢山の人に望まれて生まれて来たのよ。
親が、教師が、愛情を示すため子供に言い聞かせるよくある類の台詞。
僕にこれは当て嵌まらない。両親は僕を愛しているのだろう。
『けど、あの人たちが望んだ形じゃない』
ただ気付いていないだけ。我が子の形がおかしいことに。
だから父は僕を息子と認識しているし、母は僕を娘だと認識している。
『探してみようか』
生にも死にも人にも世界にも価値を見出せない。
絶える望みも無い僕だけれどそれでも生きている。生まれてしまったのだ。
ならば生死の天秤がどちらかに傾くまで理由を探すのも良いだろう。
そうして探求の旅が始まった。
『……あぁ、やっぱり』
理由はどこを探しても見つからない。
だが自分の居場所がどこにもないという根拠だけは積み重なっていった。
決定的だと思ったのは僕の主観で数ヵ月ほど前のこと。
突然、世界がおかしくなった。
どうしてそんな風になったのかは分からないが本能的に理解した。
『これはみんなが思い描くなにかなんだ』
狂った世界は皆の色が合わさった結果なのだ。
だけどそこに僕という存在の色はない。
いやそもそも色を持っていなかった。
『それも良いさ』
多分ここが旅の終着点。死ねば終わりだし生き残っても続けるつもりはない。
そう思っていた矢先に僕は妙な場所に迷い込んでしまった。
そこで僕は出会ったのだ。
『……あなたは、怖い人だね』
見た目は取り立てて特徴のない三十手前ぐらいの男性。
だが彼を見た瞬間、生まれて初めて恐怖というものを思い知った。
それから紆余曲折を経て彼と同居生活をすることになったのだが……。
「~♪」
鼻歌交じりにバイクを弄る彼。
朝早くからやっているというのに疲れなどまるで見えず本当に楽しそうだ。
マヨヒガに迷い込んで半年弱。僕はずっと彼を観察して来た。
『あなたは幸せ?』
あの日投げた問いは未だ僕の中で燻り続けている。
言葉にしないのは彼が怖いからだ。
「ねえ坊野さん」
「おん?」
「坊野さんは僕を見て何とも思わないの?」
恐怖心は未だある。
だがあの時の質問が客観的に見れば失礼だから彼が怒ったのだとも理解していた。
だから無礼にならない問いならば大丈夫。
そう分かっていても怖いから今の今まで聞けなかったが……少し、勇気を出して聞いてみた。
「えぇっと?」
イマイチピンと来ていない顔だ。
彼は一目で僕らをどちらでもないと看破した。普通の人間には出来ないことだ。
何故、見抜けたのか。それは彼も形は異なれど営みの中に紛れ込めない逸脱した存在だからなのでは?
ならば共感なり嫌悪なり何かしらあって然るべきだろう。
……僕が彼に拭えぬ恐怖を植え付けられたように。
「気持ち悪い、とか何で生きてるんだ、とか」
僕がそう尋ねると彼は呆れたような顔をした。
今の質問のどこにそうなる理由があったというのか。
唇を尖らせる僕に彼はこう答えた。
「仮にそうだとして本人の前でンなこと言わねえよ普通」
「それは……でも、僕がそういうの気にしないのは分かってるでしょ?」
言われてみれば一般的には非礼にあたる。そこは認めよう。
だが杓子定規で全ての人間に当て嵌まるわけではない。
人によって対応を変えるのもコミュニケーションというものでは?
僕が反論すると、
「それは常識的な範囲でだろ。悪口やそう取られかねない発言なら配慮するのが大人だよ」
暗にお前は子供だと言われているようで何だか悔しかった。
「ああでも一つだけ。今思ったことはあるな」
「何だい? 教えてよ」
まあ待てと彼はタオルで汚れを拭い茶を飲み始めた。
何だろう。わざと僕を焦らしているのだろうか?
不満を表明するように軽く貧乏揺すりをしていると彼は笑った。
「……何かおかしい?」
「それだよ」
どれだよと突っ込みを入れると更に笑いは大きくなった。
「随分と感情が豊かになったじゃないか」
「え」
「来た時は無愛想、とはまた違うが起伏がなかったろう? 何もかもどうでも良いって感じでさ」
「それは」
「会話だって俺から話を振るのが殆どだったじゃないか」
否定出来ない。
ぼんやりしている僕に何かと話かけていたのは彼だ。
「気になったことがあれば聞きはするけどそこから会話は広がらないしな」
「……」
「それが今はどうだい? 不機嫌そうに唇尖らせたりと随分表情豊かになったじゃんよ」
言われて気付く。そうだ。僕は元々こうじゃなかった。
最低限周囲に合わせる程度のことはしていたが笑ったり怒ったりなんてした記憶はない。
(何時からだ?)
僕は今、己の変化を理解した。
気付いてしまえば何もかもがおかしなことだらけだ。
(他人がどう思ってるかなんて気にしたことなんてなかったじゃないか)
無価値な人間の営みの中にすら居場所のない自分はより価値がない。
そう考えていた。ならば同じように逸脱していると思われる彼もそう。
話はそこで終わりだ。僕と同類でないなら尚更そう。
彼が幸せかなんて聞く意味がない。僕をどう思ってるかなんて聞く意味がない。
(――――ああそうか。僕は初めて出会ったその時に、壊されたんだ)
虚無を蹂躙するほどの恐怖によって。
だけど何故だろう。
(僕は今、安堵している)
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