客人 空虚な旅人⑦
「さてどこまで話しましたか。ああそうだ。奴への印象でしたね」
「うん。どうだった?」
「愛想のない女だと思いました」
「それお前が言う?」
俺への態度を除けば旭に愛想があるとは到底思えない。
というかコイツ道無を女だと思ってるのか。
まあ体を見なければ分かるはずもないことなので無理もないが。
「ですが接していく内に形容し難い違和感を覚えていきました。何だこの生き物は、と」
「おいおい……」
「先ほど私は愛想のない女だと言いましたが同行していた他の者は愛想のない男だと言ったのです」
「そりゃパッと見はどっちとも取れるし」
「外見“だけ”ではないのです」
「?」
女と言う奴も居れば男と言う奴も居る。
それ自体は見てくれだけで判断するなら不思議でもない。
だが旭は言語化出来ない微かな引っ掛かりを覚えたのだという。
「それで聞き取り調査をしてみたのですが調査隊だけでなくパンドラでも性別の認識がバラバラでした」
「それも別に」
「パンドラの中には奴のクラスメイトも数人所属していると言ってもですか?」
それは確かに妙だ。
体育の授業なんかは男女で別れてるしな。
というか道無はトイレとか着替えはどうしてたんだ?
「もっと深く踏み込んで来ると更に奇妙な事実が判明しました」
市役所に保管されている戸籍を調べたのだという。
「データもまた閲覧者によって変化しているのです」
女と思っている者は女に。男と思っている者は男に。
データが切り替わっているというよりは認識の問題というのが旭の見立てだった。
「明らかに奇怪な事象にも関わらず違和感を覚えている者が私以外には居なかった」
「……」
「認識の異なる者が同時に資料を閲覧して相違が生じたにも関わらずですよ?」
「それは、軽いホラーだな」
不自然なことを不自然と認識出来ないのは恐ろしいことだ。
「恐らく奴には性別というものが存在しない。そしてそれは医学的な問題ではなく超常的な問題なのでしょう」
だからそれぞれが勝手に投影して自己完結してしまう。
相当な実力者か特殊な素養のある者でなければ違和感に気付けないのだという。
「ただ違和感に気付けても私自身はやはり奴を女としか思えないのですが」
仮に一緒に風呂に入れば自分の目には女体が見えるだろうとのこと。
「先生、気付かれましたか?」
「な、何が?」
「違和感を抱けはしてもどちらかの性別であるという認識は覆らないのです」
旭は理屈を以って道無は男でも女でもないと答えを導き出した。
だが頭では分かっていても女であるという認識は変わらないと言いたいのだろう。
でもそれがどうした?
「……?」
「思い出してください。以前のマヨヒガで私たちに相談された際、先生は何と仰いましたか?」
……いやごめん覚えてねえわ。
俺の内心を察したのか旭は答えを教えてくれた。
「“驚くほど男の匂いも女の匂いもしない”。そう仰ったのです」
「……言ったな」
「先生だけは真実を捉えていた。そしてそれは恐らくマヨヒガに由来するものではない」
「……まあ、現世で抱いた感想だしな」
「何故かは私にも分かりませんが、だからこそなのではないでしょうか?」
俺は道無零という人間の真実を捉えられる。
だから道無は俺と出会うためマヨヒガに迷い込んだってことか。
「正直奴がどんな存在なのか。人であるのかすら分かりません」
でも俺なら何とかなるだろうと旭は笑った。
「ありがとう。参考になったよ」
「お気になさらず。後は、そうですねえ。他に話せそうなことと言えば……」
少しの思案の後、旭はポンと手を叩く。
「道無零の異能とアート事変の結末についても一応説明しておきましょうか」
「よろしく頼むよ」
「まず結論から言うとアート事変を解決したのは道無です」
「モテまくってて主人公みたいとか思ってたけどマジで主人公じゃんよアイツ」
本職を差し置いて民間人が中心になって事態を収束させるとかあるあるだ。
「そういう場合、主人公は巻き込まれた一般人……」
「かと思いきや中盤ぐらいから特異性が示唆され終盤で伏線回収、ですか?」
「そうそう。実際、かなり道無に当て嵌まるんじゃないか?」
道無が男でも女でもないというのを知ってたからアレだけどさ。
仮に知らないまま旭の話を時系列に沿って聞いていればかなりそれっぽいストーリーラインになると思う。
「確かに言われてみればそんな感じですね」
自己弁護するわけではないが、と前置きし旭はこう続けた。
本職である自分たちが役に立たなかったわけではないと。
「道無に黒幕を倒させることが最良の形になると考えたから奴を行かせたのです」
パンドラに調査隊、そして他の協力者たち。
皆で総力戦を挑めば黒幕を殺すことは出来たがそれでは意味がない。
黒幕と道無がサシになる状況を作り出すのが最善だったと旭は断言した。
「最終決戦は正しく地獄でした。先生は黙示録というものはご存じですか?」
「あー、何か審判の日がどうたらってあれ?」
「それです。あの状況は限定的な黙示録と呼んでも差し支えはなかったでしょう」
支配、戦争、飢饉、疫病を司る四騎士の出現と同時にそれは始まった。
溢れ出す異形、殺し合う人々、秩序は崩壊し終末へ向かって一直線。
「あの地獄の中で辛うじて正気を保っていたのがパンドラと調査隊の主要な面子だけ」
そしてそのパンドラと調査隊も結局は壊滅してしまったという。
戦闘員、非戦闘員問わず多くの人間が無惨に死んだ。
道無が黒幕を倒す寸前ぐらいには旭も含め片手の指で数えるぐらいしか生者は居なかったとのことだが、
「え、でもあの事件で死者はゼロだってニュースで言ってたような……」
封鎖は福岡市内だけとはいえ福岡市の人口だけでも相当なものだろう。
具体的な数字は分からないが百万は確実に超えていると思う。
調査隊のような裏の人間なら分かる。
胸糞悪いが最初から存在しなかったとして表向きの被害に計上しないことも出来るかもしれない。
だが民間人が百万人も死ねば流石に誤魔化しは効かないだろう。
「いいえ。アート事変における“最終的”な死者はゼロで間違っていません」
「???」
意味が分からない。矛盾してるだろ。
沢山死んでるのに死者はゼロっておかしいじゃんよ。
「ど、どういう」
「生命、物質問わずあらゆるものを“無に還す”それが道無零の異能なのです」
「何だアイツ、ラスボスか?」
幾ら何でも客人のラスボス率高過ぎるだろ。
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