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相続した物件はマヨヒガでした  作者: カブキマン


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客人 限界OLなラスボス⑤

 私がこの場所に迷い込んで一週間が経った。


『ここは外界との時間の流れが違うらしいから、まあ悪いことにならないんじゃないかな』


 竜宮城のようにはならないよとは彼の言で私も同意見だ。

 この家……今は駅だけどが不都合を齎すことはないだろう。

 なので時間を気にせずダラダラと過ごすことが出来ている。

 気付かない内に疲弊し切っていた心はかなり癒されたと思う。

 けど、


(まるで糸が切れた凧のようだわ)


 本調子からはかなりほど遠いのが現状だ。

 時間を気にしなくて良いとはいえ私には使命がある。

 それを考えればどこかで切り替えなくてはいけないのにどうにも上手くいかない。

 心に火を入れようとするのだが直ぐに萎えてしまうのだ。

 今だってふかふかのお布団から出たくなくてつらつら益体もないことを考えてしまっている。


「……というか今朝はえらく冷えるわね」


 部屋の片隅にあるストーブは稼働中だがそれでも寒い。

 のそのそと布団から出て窓にかかったカーテンを開けてみると、


「まあ」


 吹雪である。それもかなりの吹雪だ。

 都市部なら機能不全に陥るレベルだと思う。

 天然自然の理から外れたこの異界において天気を決めているのは彼だ。

 つまり今日はそういう気分だったのだろう。


『深々と静かに降り積もる雪も良いが目を開けてるのもキツイぐらいの吹雪も良いよなあ。

外に出るのはぜ~ったいに嫌だが家に引きこもってる分には最高だと思うワケ』


 みたいなことを昨日言っていたし。

 正直そこらのこだわりはよく分からないが当人が満足ならそれで良いと思う。

 さて。一度布団から出てしまったら二度寝という気分でもない。

 宿直室を出て直ぐの場所にある水場で顔を洗い駅務室へ向かう。


「おや? おはようお嬢さん」

「ええ。おはようおじさま」


 机で何か作業をしていた彼は私が来たのに気付き振りむき笑いかけてくれた。

 少し、泣きそうになる。

 朝起きて誰かが笑顔で語り掛けてくれる。これは奇跡のように素晴らしいものなのだと思う。

 何なら二日目の朝は普通に泣いた。


「何をしていらしたの?」

「んー、いやぁちょっとした落書きさ」


 横から机を覗き込む。

 広げられたスケッチブックにはアパートの絵が鉛筆書きで描かれていた。

 資料でしか見たことのないようなレトロな町並みに佇むアパート。素人目線だがかなり上手いように思う。


「おじさま。ひょっとして芸術の道を志していたの?」

「あはは、そんなマジな感じじゃないよ。俺は昔から漫画が好きでね」


 読むのも好きだがキャラの絵を描くのも好きだったのだという。

 最初はキャラだけだったが次第にそれでは物足りなくなり絵を描くことそのものにハマったそうだ。


「ただそれでも物足りなくて大学入学を機に漫研にも入ってさ」

「あら、じゃあ漫画を描いていらしたの?」

「ああ。同人誌を出したりもしてたんだぜ? あ、同人誌って分かる?」

「読んだことはないけれど大雑把な知識なら」


 趣味で行う自主制作の書籍等……だったかしら?

 成人向けのものが多いようだけど私に話をしたということは全年齢向けなのだろう。


「売れたのは片手の指で足りるほどで赤字だったけどそんなんどうでも良いの」


 やり遂げたという達成感と手に取ってもらった喜びは今でも忘れられない。

 心から楽しそうに笑う彼を見て私も何だか胸が温かくなった。


「年に二、三冊ぐらいのペースで出してたら固定ファンもついてさあ」


 と、そこで彼は深い溜息を吐いた。


「……社会人になっても数年はやれてたのになあ」


 遠い目で窓の外を見る彼の横顔は煤けていた。

 何というか他人事には思えない空気だ。

 背負っているものは違うけれど私も彼からはあんな風に見えていたのだろう。


(多分、もっと酷かったのでしょうね)


 私の表情を見て何かを察したのか彼は小さく咳払いをした。


「まあでも無職になったが食うに困らない物件を相続したからな。活動を再開するのも悪くないかも」

「……そうね。おじさまのファンも首を長くして待っているわ」

「だと良いんだけどなあ」

「きっとそうよ。ってあれ? じゃあ今描いてらっしゃったのは?」


 この話の流れで再開を考え出したということはリハビリのためというわけではないだろう。


「これ? これはマヨヒガの改装案さ」

「あー……」


 何故、駅の姿をしているのかというのは私も疑問に思い聞いてみた。

 その答えが自分好みの落ち着くシチュエーションだからというもの。

 衣替えをするような気軽さでこれからも色々と変えていくつもりなのだろう。


「でも一から細かく練る必要があるのは大変ね」

「いやそうでもない。ぶっちゃけイメージするだけでもニュアンスを汲んで良いようにはやってくれるんだ」


 例えば待合室に貼ってあるポスター。一枚も見覚えがないと彼は苦笑する。


「じゃあどうして?」

「勝手にやってはくれるが完全に好みのものに仕上がるわけじゃないからね」


 点数をつけるなら八十後半から九十点ぐらい。

 文句はないし整合性も取れているがどうせならこだわりたい。


「オートメーションとマニュアル操作みたいなもんさ」

「手間はかかるけれどその分、細かな部分もこだわれるということね」

「そういうこと」


 だからイメージを明確にするためこうして筆を取ったわけだ。


「ただ描いてて思ったが一度じっくり建築関係の知識なんかも学ぶべきだなコレ」

「あら、とても良い出来だと思うけれど」

「そうでもない。あくまで俺の頭の中にあるイメージを出力しただけだもん」


 資料を集めて知識をインプットすればクオリティを上げられる。

 そう語る彼の目はメラメラと意欲に燃えていた。

 私には分からないが楽しそうで何よりだと思う。


「それはさておき、お嬢さん。お腹が空いてるんじゃないか?」

「ぁ」


 言われて思い出したように小さくお腹が鳴った。

 時計を見れば時刻はお昼前。どうやらかなり惰眠を貪っていたようだ。


「……ええ。お腹ペコペコだわ」

「じゃあお昼にしようか。米もそろそろ炊けるしな」


 嬉しそうに立ち上がった彼に待ってと声をかける。


「ん? どうした?」

「いえ、その……今日は私もお手伝いしたいなって」


 作ってくれるのを食べているだけでは忍びないというのがまず一つ。

 そしてそれ以上に手料理の温かさを思い出させてくれた彼に少しでも気持ちを返したいのだ。

 私のような人間にそれを伝えられるかどうかは分からないけれど……やりたいと、そう思う。


(最後に料理をしたのはもう随分と昔だけど大丈夫よね)


 自慢するわけではないが生来、何事も卒なくこなせるタイプなのだ。


「そっか。じゃあ今日は二人で作ろうか」

「! ええ、ええ! そうしましょう!」

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