幕間
「やあよく来たね。まずは一杯」
「……あなたね。見た目童女にビールを注ごうとするのどうかしてるわよ?」
その日、テュポーンと旭はアーサーの居る歓楽街を訪れていた。
甘い香りと妖しい照明に照らされるクラブの中では人形たちが痴れた宴を繰り広げている。
つくづく趣味の悪い男だと思いつつテュポーンはミルクを注文した。
「ははは、僕が倒したどんな怪物よりも恐ろしい存在に無用の気遣いだろう」
「デリカシーがないわね。そんなだから奥様を寝取られるのではなくって?」
「おいテュポーン無礼だぞ。コイツは国も寝取られてる」
「君たちに人の心とかないのかな?」
もう既に過去のことと割り切ってはいる。
だが無遠慮に踏み荒らされて良い気分がするほどアーサーの性格は狂っていない。
「さっさと本題に入れ。私は忙しいのだ。どれだけ時間があっても足りん」
「……坊野の聖書というイカレタ創作活動か。いや君、本当にどうかしてる」
書くことがあり過ぎて時間が足りないのか? 違う。
思うがままにいっぱい書き記してただ分厚くなれば良いというわけではない。
内容に過不足はなく、頭にスンナリ入って来る文章にするというのが旭の執筆方針だった。
そのために寝食も忘れてひたすら試行錯誤しているのだ。
もう第三者からすればどうかしていると言わざるを得ない。
「まあ良い。僕も忙しいしさっさと本題をというのには賛成だ」
「飲んでるだけだろ貴様」
「はいはい突っ込まないの。早く終わらせたいのでしょう?」
テュポーンに言われ旭は舌打ちと共に黙り込んだ。
あまりにも態度が悪過ぎる。
「まず聞きたいんだが新たな客人が来た、ということで良いんだよね?」
「……ああ。先生がそう仰られていたからな」
「アーサーに続く過去からの客人」
三人は一つ頷き声を揃えて告げる。
「「「まるで気配を感じない」」」
集まった理由はこれだ。
最初の客人であるテュポーン以外は住人としても客人としても坊野以外の気配は常に感じていた。
しかし今回に限ってそれがないのだ。
坊野が嘘を吐いているということはない。そもそも嘘を吐く理由がないから。
だから客人がおかしいと考えるのが自然だろう。
「異世界の怪物、若き天才、そしてこの僕が揃いも揃って感知出来ないなどということがあるか?」
「強いとか弱いとかそういう単純な括りではなさそうね」
「特異な力、或いは存在そのものが異質と考えるべきだろうな」
マヨヒガの性質上、坊野に害が及ぶことはないと分かってはいる。
だが非現実を生きている者の性分と言うべきか。
彼らは皆、常に不測の事態に対応出来るように動いてしまうのだ。
「……意見は大体出尽くしたか?」
「だろうね。ただどれもイマイチって感じだ」
「ちょっと話し合って判明する程度の人間がそもそも特殊な客になるかという話よね」
だがこの時間も決して無駄ではない。
まあ外れだろうと分かっていても事前にそういう可能性もあると頭に入れておくことが重要なのだ。
議論で渇いた喉を潤しそろそろ解散という空気が流れ始めたが、
「ん? 何だいあれ。人形たちの忘れ物か?」
「「!」」
アーサーが古びた手帳をソファの隅で発見したのだ。
「おい」
「しっかり保管していたわよ。つまりそういうことなのでしょうね」
「アーサーが住人になったからか? だがタイミングが」
「……訳アリか。説明をしてくれるかな?」
「察しが早くて助かるわ」
そう言ってテュポーンは暫定坊野祖父の日記帳について説明した。
そして現在開示されている部分について共有した上で日記帳を読み進めることに。
「……やっぱり追加されてる。読むわね?」
「「ああ」」
「これは……おじさまが小学校高学年ぐらいかしら? 随分飛んだわね」
日付は年単位で飛んでいた。
間に記述があったのか、飛ばしたのかは不明だがそこは考えてもしょうがない。
頭の隅に置きつつテュポーンは新たなページを朗読し始める。
「『あまり時間は残されていない。手を打つなら動き始めねばならんだろう』」
「……旭、坊野の祖父が死んだのは?」
「ここ一年以内だな」
二十年近い時間があったというわけだ。
あまり時間は残されていないというのは寿命ではないだろう。
後の文章と合わせて考えれば長期的な計画を成就させるための時間ということになる。
「前倒しで成ったという可能性もあるだろうが」
「二十年も前から動かなければいけないような何かだからね。ギリギリだったで良いと思うよ」
わざわざ言葉にしなくても察しのつく人間たちだ。
それでも敢えて言葉にしているのは齟齬がないよう認識を共有するため。
テュポーンもそれを理解しているので何も言わず中断していた朗読を再開する。
「『ただの老人のままでは居られない。切り離していたものを再度、拾う必要がある。
人間になった儂には不要なものと置いて来てしまったが……或いはこのためだったのか』」
人間に“なった”。
その文言は坊野の祖父が人外であることを示唆しているように思える。
「ちなみに先生とマヨヒガを相続させた祖父に血の繋がりはないようだ」
事情を知らぬアーサーのため旭は掻い摘んで背景を語った。
「坊野は純粋な人間ということだね。いやまあ分かってはいたけれど」
「テュポーン、続きを」
「『ああそうだ。誰に読ませるつもりもない代物だがこれも使えるか』」
日記とは個人で完結するもの。
しかしここに来て筆者と三人の視線が明確に交わることとなった。
「『であれば何時かどこかでこれを読むお前たちに語り掛けるとしよう』」
名は名乗らない。核心はまだ遠い。
それでも日記帳の主は語るという意思を表明したのだ。
「『天然自然概念に“意思”を求めるのは人の業と言えるだろう。
自分のせいではないという無責任さか。他者に責を求めたくないという善性か』」
そこの判断は第三者に委ねるとしよう。
その一文からも日記の主が完全に人とは言えぬことが窺える。
では一体何者なのか。
「『形なきものに意思を求める業も時を経るにつれ不要になっていった。
だが後もう少しで完全に脱却出来るというところで人類がやらかした。
第二次大戦だ。お陰でギリギリ滑り込むような形で儂は生まれてしまった』」
既に三人には言わんとしていることに察しがついていた。
だがそれはテュポーンの世界にもこの世界にも実在はしないとされているもの。
だが、実在しているのであればマヨヒガの特異性にも納得がいく。
「『儂は神だ』」
あまりにも簡潔。冗談だろうと錯覚しそうなほどだ。
「『妻と子に出会い人として生きると決めた儂が何故、切り離した力を求めたのか』」
「「……」」
ごくりと三人は息を呑み、
「『それは次回をお楽しみに』――――ちょっと?」
「「おい!!」」
天丼を食らう羽目になった。
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