客人 空虚な旅人③
「……? ???」
当の道無も訳が分からないようだった。
痛みとかよりえ? って疑問が先立っているのだろう。
幼少期、ガラスがあると気付かず突っ込んでぶっ倒れた時の俺もあんな感じだったと思う。
「あなたが何かした、わけではないよね」
「違う。信用度ゼロだろうけど」
「一応聞いただけ。する意味がないのは分かってる」
……嫌な言い方だが感情より理屈でものを考えてくれる子で助かった。
「俺も聞くけど今のは」
「見えない壁にぶつかった。今もほら、ここに」
立ち上がりペタペタと空を触っている。
道無がパントマイムのプロでもないなら真実そこに壁があるということだ。
公園の外と中を隔ててる?
「道無は俺に会うまで公園を出ようとは」
「しなかったね。いきなり妙な場所に連れ込まれて途方に暮れてたから」
最初からこうだった可能性があるな。でも何でだ?
「とりあえず他のところも試してみよう」
「うん」
明確な出入り口以外にも外へ出る手段は幾らでもある。
植え込みを超える、フェンスを乗り越える、公園から出ようと試行錯誤を繰り返す。
検証の結果、公園と隣接する原っぱの周辺ぐらいしか道無は自由に動けないことが判明した。
「おいおいマジかよ」
管理者権限で何とかしようとしたがうんともすんとも言わない。
俺、ここの管理人なんだよな? どういうことだよ。
「……」
「あー、悪いな道無。こうなったら公園に住んでもらうしかないみたいだ」
希望の家屋を立てるから勘弁して欲しい。
現実なら物理的な限界はあるが空間は拡張出来る。
それなら豪邸だろうと建ててやれる。俺がそう言うと道無はいや、と首を横に振った。
「家建てるつっても公園で寝泊りってのは確かに嫌だろうが」
「違うよ。そういうことじゃない」
「え」
「多分、無駄」
「む、無駄?」
「論より証拠か。ちょっとここに僕が使う用のテントでも生み出してみてよ」
困惑しつつも言われた通りにテントを生み出そうとする。
「は?」
が、出ない。
発注したら秒でお出ししてくれるマヨヒガデリバリーが発動しないのだ。
「ど、どういう」
「……多分、あなたの傍で共同生活をしろってことなんだと思うよ」
「はぁ?」
「僕にはそれが必要だとマヨヒガが判断したんだろうね」
そうすることがマヨヒガを出る切っ掛けになるということか?
俺にはまるで意味が分からないけど……。
(道無の反応を見るに当人的には心当たりがあるってことか)
参ったねどうも。
「……一応、他にも色々試して良いか?」
「ご自由に。無駄だろうけどね」
色々な意味で気まずい相手だ。出来れば一つ屋根の下は避けたい。
そう思って考え得る限りの抜け道を探してみたがやはり無駄だった。
住宅街の一軒家に住居を変えたらその瞬間に道無が転移して来たのには笑ったよ。
俺と同居というのはもう避けられない既定路線のようだ。
「はあ。じゃあどっか広い家探すか作るかあ」
「あの廃バスで良いよ」
「え? いやいや流石に未成年をあんなとこで暮らさせるわけにはいかねえよ」
テュポーンとか泊まりに来たけどあれは合法ロリだからな。
「僕は気にしない。というかどうでも良いんだ。屋根があるならそれで十分。何ならなくたって良い」
「……」
「雨曝しだろうと何が変わるわけでもないからね」
斜に構えてるわけでも強がりを言っているわけでもましてや中二病というわけでもない。
極々自然に道無がそう思っているのが分かってしまった。
(……この虚無が、そうか)
テュポーン、旭、アーサー。
三人の客人が抱えていた問題。彼らの幸せを阻むものについて俺はまるで見当がついていなかった。
そりゃそうだ。言葉を尽くさずして相手の何を理解出来るというのか。
(“だからこそ”厄介だ)
こんな短い時間で。言葉を尽くして己を語ったわけでもない。
にも関わらずああこれがそうだと分かってしまう道無はこれまでの客と毛色が違う。
(しかも何がやべえって多分、理由ないだろコレ)
例えば自分の命さえ惜しくないほどに愛する誰かが居たとしよう。
その人を失ってしまったならどうしようもない虚無に支配されても無理はない。
虚無に至る理由がある。これってかなり重要なことだ。
言い方は悪いが理由があるなら代わりの何かを探したり別の道に進むことも出来るってことだからな。
だが道無は理由がないまま根本的な部分が欠けてしまっている。
(純正の虚無とでも言うべきか)
最初からこういう形で生まれてしまった。
(未来の情報をポロリしちゃうかもなんて俺の心配も杞憂だったな)
直近で起きる大事件。番号を選べるタイプの宝くじ、万馬券。長期連載漫画の結末。
この子に未来の情報を教えたとして何一つ変わりはしない。
(そんな相手にどう対応しろと?)
テュポーンたちを救った、などと言うつもりはない。
結局のところ自分の問題に答えを出したのはアイツら自身だからな。
それでも俺なりに少しぐらいは役に立てたとは思ってる。
だが道無相手に何が出来る?
いや未来ではああだったから何かしら方法は……ん?
(――――あれ? でもコイツ怖がってたよな?)
恐怖も何もないだろう。根っこには何もないんだから。
コミュニケーションを取れるあたり取り繕うことは出来るみたいだから演技?
こういう場面ではああするだろうみたいな考えに則って、とか。
見た感じでは演技には見えなかったが……。
(出会ったばかりだしな。俺の見立てが間違ってる可能性もある)
純正の虚無と評価したが未来の道無にそのようなものは感じなかった。
どうにかして問題が解決したからと思っていたが、そもそも俺が見誤っていた可能性もある。
(とりあえず今の段階であれこれ考えてもしょうがないな)
今目を向けるべきは直近の問題。
道無と共同生活を送ることについて考えるべきだろう。
俺がやってるなんちゃって高校生ではなくマジのティーンだからな。
「……まあ君がバス暮らしで良いってんならそうさせてもらうけど本当に良いんだな?」
「うん。迷惑なら」
「子供を野晒しにする方がよっぽど気分悪いよ」
「そっか。ならお世話になります」
そう言って頭を下げた後で道無はそう言えばと思い出したように口を開いた。
「共同生活をするなら一応、言っておくよ。坊野さん、僕の性別何に見える?」
「分からない。男の格好はしてるけど君からは驚くほど男も女も感じないんだ」
「……へえ、やっぱり分かるんだ。うん、それ正解」
道無はその場で服を脱いで裸になった。
突然のことに反応も出来ずに居たがやがて脳がそれを認識し俺は絶句した。
そこには“何もなかった”のだ。男女どちらかであれば必ず備えているものが何もない。
異形の肉体とでも言うべきものだ。しかしどうしたことかこの上なく自然に思えてしまう。
「そういうことだから風呂とかトイレとか気を遣わなくて良いから」
どっちでもないからと実にあっさりのたまうけどさあ。
(どうしてそんな受け止め切れない球ばかり投げて来るんですか……?)
どうして……。
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