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相続した物件はマヨヒガでした  作者: カブキマン


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客人 限界OLなラスボス④

 その日も何時もと変わらない朝だった。


【えー!? 本当に? とても六十代には見えませんよ!】


 テレビの向こうでは美魔女特集なるもので年齢不相応に若い女性たちが取り上げられていた。

 なるほど。アナウンサーが言うように確かに六十代には見えない。

 女性たちは謙遜しつつもどこか誇らし気で、だからこそ笑ってしまう。


『……老いというものの重要さをまるで理解していないわ』


 老いとは命がこの世に生を受けた瞬間から縛り付けられる絶対不変の(ことわり)だ。

 その理に生じた異変が既に一般人にすら影響を及ぼしてしまっている。

 医療の発展、生活の変化などという誤魔化しが通用するのは後何年か。

 破綻してしまったシステムはもうどうしようもない。


『……』


 部屋の隅に置かれた姿見に視線をやる。

 そこには金髪碧眼の、まるで不思議の国のアリスのような少女が映っていた。

 誰が信じる? 鏡の向こうの私がアラフォーだなんて。

 外見だけを取り繕っているわけではなく真実、私の肉体は十一、二歳程度で止まっている。


『あは』


 笑ってしまう。

 どう詰ませるか。この世界にはもうそれしか選択肢が残っていないのだ。

 今日の安寧がずっと続いていく優しい現状維持なんてものは許されていない。

 あまりに絶望的過ぎて笑うしかないだろう。


『私も、昔はこうじゃなかったのに』


 “テュポーン”。それが今の私の名で私は人類を滅ぼす組織の首魁を務めている。

 世界がどう足掻いても詰みであることを知った際、敢えて私は怪物の名を自らに与えた。

 ある種の決意表明であり、諦観であったのだと思う。

 けれど最初はそうではなかったのだ。かつては希望を掲げてあるはずもない未来を追いかけていた。


『どこで、こんなになっちゃんだろう』


 その日も予定は詰まっていたが私は衝動的に家を飛び出していた。

 どんな道を歩いたのか、どこに行こうとしていたのか。それさえ判然としない。

 ただ雑踏の中で強い風が吹き抜けたことを覚えている。

 反射的に目を閉じ風が収まったところで目を開いたら、


『は?』


 吹雪の中に居た。

 いやおかしいだろう。季節は真夏で時間は真昼。うだるような暑さだったはずだ。

 それがどうだ? 月も見えないほどに暗い吹雪の夜の中、私はどことも知れぬ場所に佇んでいるではないか。

 言っては何だが私は世界でも限りなく頂点に近い実力者の一人だ。

 そんな私を気取らせずに攫うなどと一体誰に出来るというのか。


『……異界、異空間の類かしら?』


 その手の場所に続く歪みやゲートの気配はなかったが見た限りではそうだ。

 こちらに危害を加えるような意思は感じない。


『むしろ……となると、これは私側の問題?』


 拉致られたのではなく私が迷い込んだ。

 思案するが材料があまりにも少ない。

 この場に突っ立って考え込んでいてもしょうがないと私は線路の上を歩き出す。

 そして私は彼に出会った。


『――――』


 駅員のような装いをした男性。歳の頃は二十七、八か。

 一目見て分かった。ここが根本的に私の居た世界とは異なる場所であると。

 だって彼、世界の歪みに汚染されていないのだもの。

 どうやら私は世界の壁を超えてしまったらしい。

 恐らくこの世界の標準的な一般人。ただ何か引っかかりを覚えるのも事実。

 状況と相まって慎重に探りを入れてみることにした。


『お嬢さんはマヨヒガって知ってるかい?』


 坊野と名乗った男の子はここについての驚くほどあっさり仔細を教えてくれた。

 ……マヨヒガを相続という字面にちょっと笑いそうになったがそこは置いておこう。


『……すまない』


 管理者なのにということだろうが彼に罪はない。

 伝承から推察出来るマヨヒガの性質を鑑みるに恐らくこれは私自身の問題だから。

 遠野物語においてマヨヒガに迷い込んだ人間の話が二つ綴られている。

 詳細は省くが結末は一人は富を授けられ、もう一人は富を授かれずというもの。

 重要なのは迷い込んだ人間がマヨヒガから何かを与えられるということ。

 富を授かる方はともかく授かれない方も? そう。

 後者の人間は欲をかきすぎてはならぬという教訓を与えられたのだ。

 つまり私もここから何かを与えられるまで帰れないと考えるのが自然だろう。


 ――――もう何を持つ余裕もない私に何を望むというのか。


 そんな弱音が首をもたげてしまったからだろう。

 彼が差し出してくれたココアを飲んだ瞬間、私は泣いていた。

 拷問にかけられようと眉一つ動かさない自負がある。

 それぐらいには私は自らを律すことが出来るようになってしまった。

 だけど甘く、少し苦くて温かいそれが心に染み入った瞬間……手綱を握れなくなってしまった。


(その結果がこれとは……)


 今、私はふかふかの布団の中でぼんやり天井を眺めている。

 抗うという気力もなく流されるがまま歓待されてしまった。


(ああでも、おいしかったなあ)


 ココアの後にお出しされたクッキー。

 あれよりも遥かに値段もクオリティも高いものは食べたことがある。

 しかし、齎された感動は段違いで久しく忘れていた空腹を思い出すことができた。

 食べなくても問題ないなら食事をする時間など削っても支障はない。

 だから必要な会食以外では何も食べておらず実際何の問題もなかったのに……。


(ラーメンもそう)


 美味しくて温かった。

 正直、十数年料理などしていない私の方が上手に作れると思う。

 だが得られる感動はやっぱり段違いだったと思う。

 私が作って食べても心は微塵も揺れなかったはずだ。


(ものを食べて美味しいと思ったのは何時振りだろう)


 これまた十……考えるだけで鬱になりそうだ。


(お風呂も良かった)


 術を使い身を清めた上でシャワーも浴びていた。

 シャワーすら必要はないのだが私も女だ。

 清潔だからとて流石にそれはどうかと思い使っていた。

 しかし浴槽に身を沈めて時間を気にせずなんてことからは随分遠ざかっていた。

 これも食事と同じぐらいの期間だと思う。


(私、本当に疲れてたんだなあ)


 そんなことを考えていると眠気が襲ってきた。

 けど……ああ、寒いな。

 火事の心配はないからとつけっぱなしのストーブ。布団の中には湯たんぽもある。

 だけど、何でだか寒かった。


「……」


 隣を見る。

 布団の外に肘を突きながら寝転がり子供をあやすようにぽんぽんと布団を叩いてくれていた彼。

 爆睡していた。ちょっとやそっとでは起きないだろうってぐらいの深さだ。

 私が眠るまでとか言ってたが五分ぐらいでこの有様。


「……甘えても、良いわよね?」


 そう言ってくれたのは彼なのだから。

 起こさないよう彼を布団の中に引き摺り込んでその体に抱き着き胸に顔を埋める。

 寒さはもう、感じない。体温と心臓の鼓動に導かれて眠りに落ちる刹那、私は思った。


(……私今、一回り近く下の若い男の子に甘えてるのよね)


 なまじ身近な分、人類滅ぼすより罪悪感が酷かった。

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