問題解決 表
「……アルトス」
スナックのカウンターに座りグラスを傾ける。
思うのは一月ほど前にここを去ってしまった友のことだ。
映画を見た数日後だったか。何時ものように家を訪ねると奴は来た時と同じ格好をしていた。
元居た場所に帰るのだと言葉ではなく心で理解した。
『少し飲もうか』
『……ああ』
酌み交わしたのはエクスカリバー。アルトスからのリクエストだ。
他愛のないお喋りが途切れたところで彼は静かに頭を下げた。
『ありがとう』
何が? というのは分からない。多くは語らなかったから。
別に構わなかった。だって本当に晴れ晴れとした顔をしていたから。
そこからまたお喋りが再開して朝まで語り明かした。
そうして日が昇り始めた頃……別れの時はやって来た。
『坊野。君の話ではマヨヒガを去る時、迷い込んだ人間は一つ何かを持ち帰って良いそうだね?』
『ああ』
金銀財宝だろうが持たせてやれる。
新たな旅立ちを迎える友への餞別だ。
何でも欲しいものを言ってくれと答える俺にアルトスは笑ってあるものを手に取った。
『君と酌み交わした思い出としてこれを貰えないだろうか?』
『ああ、持ってけよ』
そんなものを、とは言わなかった。
だってその目は何てことはないただの空き瓶を宝物のように見つめていたから。
『ありがとう。代わりと言っては何だがこれを受け取ってくれるかな?』
アルトスは腰の剣を俺に差し出した。
素人目に見ても大層な代物だと分かるし断ろうと思ったが、
『友情の証だ』
そう言われては断ることも出来ず大切にすると告げ受け取った。
『元気でな』
『君も達者でね』
そして存在しない表通りへと続く路地の前で俺とアルトスは最後の言葉を交わしたのだ。
『――――いつかまた!!』
朝焼けに照らされアルトスはマヨヒガを去って行った。
「おじさま飲み過ぎよ」
着物姿のテュポーンがカウンター越しに俺を優しく叱る。
スナックのママの気分を味わいたいからとのことだが、
(七五三にしか見えねえんだよなあ)
あと浮いてる。
場の雰囲気にそぐわないとかではなく物理的に浮いてる。
普通のスナックのママは身長足りねえからって浮遊はしない。
「良いんだよ。どうせ体壊すことはねえんだから」
「もう、しょうがないんだから」
それにしても、とカウンターに肘を乗せテュポーンが俺の顔を覗き込む。
改めて思ったがマヨヒガに迷い込む客の顔面偏差値やべえな。
「少し妬けてしまうわ。私との別れはそこまでではなかったのでしょう?」
再会した時のリアクションを見れば分かると唇を尖らせる。
マジで良かったな。俺がロリコンだったらヤバかったぞお前。
「いや、まあ、うん」
言い訳をさせてもらうなら好感度の差とかではないと思う。
異性同性で多少ベクトルは違えど優劣はない。
「だっていきなり消えてたじゃんテュポーンも旭も」
あと旭は同じ世界出身だしな。
しかも俺のファンっつーんだからイベント顔出せば再会は容易だろうし。
「アルトスとはとっぷり酒を酌み交わして最後の時間を過ごしちゃったし」
会いに行った時からお別れするんだって空気で分かっちゃったからな。
一晩別れを惜しむ時間があったからこそこんなに引き摺ってしまっているのだ。
「別れ方もずるいよアイツ……」
朝焼けの中に消えて行く王子様とか絵になり過ぎでしょ。
そりゃ心に焼き付きますよ。目を閉じれば目蓋の裏に浮かび上がるわ。
「でも、私やお姉さんと同じようにまたここを訪れるかもしれないじゃない」
「そうかもだが……うーん、何だろう。もう二度とあの時のアイツには会えないような気もしててさ」
「……存外、鋭いわね」
「?」
「何でもないわ」
うーんと唇に指を当て思案するテュポーン。
やがて何かを思いついたようでカウンターに手を突くやクルリと回ってこちらにやって来た。
スナックのママはこんなアクション映画みたいな動きしねえんだわ。
「私ではアルトスさんの代わりにはなれないわ。それはお姉さんも同じ」
でも、とテュポーンはそっと俺の頬を両手で包み込んだ。
そして、
「その寂しさが少しでも軽くなるように抱き締めてあげることは出来るから」
優しい手つきでぎゅうっと俺を胸に抱き寄せた。
前々から思ってたが包容力半端ねえなこの子。
(こんな性格だから人類を滅ぼそうと考えるまで追い詰められたんだろうなあ)
今はもう解放されたから良いけど色々隙だらけで心配でもある。
まあこの子をどうにか出来るロリコンがこの世に居るとは思えないけどさ。
「ありがとよ」
「うふふ、どういたしまして。ところでおじさま、そろそろ時間なのではなくって?」
言われて気付く。
アルトスが去った後、俺は一度現世に帰還した。
その際に近々俺の好きな漫画家さんのサイン会が開かれることを知ったのだ。
だからマヨヒガの時間経過もそれに合わせていた。
「そうだな。じゃあ行って来るわ」
「ええ。いってらっしゃい」
テュポーンに見送られ現世に帰還する。
ただ出た場所は今俺が暮らしている家ではなく東京のとあるマンションだ。
旭の家が管理している物件の一つで東京を訪れる際は使って良いと言ってくれた。
最初はマンション丸々一棟貢がれそうになったのでこれは妥協した結果だ。
「……旭も来られれば良かったのにな」
権力と財力を保持するためどうしても外せない当主の仕事があるとのこと。
友達の分もサインを貰うとかは出来ないのでせめて良い土産話を持ち帰ろう。
そう決めて俺は最寄り駅から電車に飛び乗りイベント会場へ。
現地に到着したら早速、嬉しいことがあった。
「ボーちゃん!」
「えっちゃん!」
社会人になって自然と疎遠になってしまった趣味友との再会だ。
こちら文字通り心を亡くすレベルだったがあちらは健全に月日を重ね趣味も楽しんでいたらしい。
近況を語り合い一緒にサインを貰い、改めて連絡先を交換して別れた。
本当はこのまま食事でもと思ったが仕事を抜けて来たらしいので仕方ない。
「ちょっと残念だが“また”があるんだから良いよな」
趣味友と別れた後、旭が予約を取ってくれた店に向かい歩き出したのだが……。
「……おいおい勘弁してくれよ」
店まで徒歩十分ぐらいと言ったところで異変が俺を襲う。
道を歩いていたら街並みはそのままに人が消え、真紅に染まった得体の知れぬ空間に迷い込んでしまったのだ。
真っ赤な空間は生き物の腹の中を想起させる不気味なもので生理的嫌悪を掻き立てられる。
どうしたものかと思案し、気付く。ここからマヨヒガに飛べば良いじゃないかと。
「あれ? 飛べな……!?」
言葉は続かなかった。
赤い世界に大きな影が差し見上げればビルの向こうに巨大な怪物が見えたからだ。
旭から貰ったオカルトグッズも今は持っていない。
(あ、見た……アイツ、俺を……どうする!? どうすれば……!! というか何か腹立って来たな)
混乱が極まり逆にイラついて来た俺に大きな腕が伸ばされた。
そしてその手が俺を掴もうとした正にその時、
「“千五百年ぶりだぞ。邪魔をしてくれるなよ”」
怪物の腕が斬り飛ばされ鮮血の雨が降り注いだ。
「この声、我が友アルトスではないか!?」
雨を遮る腕が視界も塞いでいて見えはしないが聞き間違えるはずがない。
「改めて名乗ろう」
雨が止み視界が晴れ俺の目にそれは映し出された。
胸元が大きく開いたシャツ、赤ら顔、とろんとした瞳、頭に巻かれたネクタイ。
「我が名はアーサー。かつて騎士王と謳われ」
そして手には日本酒の酒瓶。
「――――今は酔いどれと笑われる男にして君の友だ」
へらへらと軽薄な笑いを浮かべ俺を見つめるアルトス改めアーサー。
アーサー王がどうとかより、
「いや何があったお前!?」
もう会えないという俺の予感はある意味で当たっていた。
気に入って頂けましたらブクマ、評価よろしくお願いします。




