客人 正統派イケメン⑩
騎士王アーサーの心はかつてないほど晴れ晴れとしていた。
「……間違えたと思ったらやり直す。当たり前のことなのにね」
為政者として咎人を裁いたこともあるのに情けない。
罪に対して過剰な罰を与えたことはないつもりだ。
罪を悔いている人間にやり直す道を示したことだって幾度もあったのにとアーサーは自嘲する。
「……私は自分が特別な人間だと思い上がっていたようだ」
今はもうランスロットやギネヴィア、モルドレッド。
それだけではない。王に多くを求める無責任な円卓の騎士や民草への恨み辛みも消えていた。
だって私は幸せになるため“これから”人生をやり直すのだ。
過去の恨み辛みに何時までも拘泥していては上手くいくはずがない。
だがアーサーには一つ懸念があった。
「しかしどうしたものか」
心身共に充実した王がブリテンの地に帰還すればどうなる?
再び担ぎ出されるのは目に見えている。そんなの真っ平御免だ。
かと言って縋りつく者らを切り捨てるのも後味が悪い。
「……あの映画のような形でブリテンを去れれば良いのだが」
そのために必要な偽装を施す術をアーサーは持たない。
出来ると言えばマーリンだが協力するとは思えないし、そもそも今は幽閉中だ。
「まあゆっくり考えれば良いか。どうせ時間は腐るほどあるのだから」
夜はとっぷり更けて後はもう寝るだけだが風呂に入っていないことに気付く。
すっかり贅沢者になってしまったと苦笑しつつアーサーは家を出た。
「む」
銭湯の入り口まで来たところでアーサーは足を止めた。中に気配を感じたのだ。
坊野のものではない。怪物のそれでもない。
「……となると印象の薄いもう一人の客人か?」
これまでとは違い見えない壁は感じない。進めば確実に顔を合わせられるだろう。
だが何故、男湯の脱衣所から気配が?
怪訝に思ったアーサーは気配を消しそろりそろりと脱衣所へ向かい、
「――――」
絶句した。
恐らくは友人が忘れていったであろう下着。
それに顔を突っ込んで荒い呼吸を繰り返している女が居るのだ。そりゃ言葉も失う。
「……何をしている」
「はっ!?」
アーサーに声をかけられ変態こと祓主旭は下着を抱えたままズザザっと距離を取った。
そして胸の谷間に下着を突っ込み振り返ると、
「な」
驚愕を露わにした。
明らかに様子がおかしい。見られたくない場面を見られてしまった人間の反応とは何か違う。
「よ、酔いどれアーサー!? な、何故貴様がここに……」
「は?」
“酔いどれアーサー”その存在はアーサーも知っていた。
何せ自分が真実を知る切っ掛けになった男だから。
何故その名がここでと困惑するも、
『自称現代に蘇ったアーサー王』
友の言葉を思い出す。
「「ッ……そういうことか!!」」
声が重なる。
アーサー、そして変態ではあるが旭も頭の切れる人間だ。
二人は聡明な頭脳を以って答えを導き出した。
酔いどれアーサーとこの場に居るアーサーが同一人物であると。
「……マヨヒガの時間軸が異常なのは知っていたが、まさか過去の人間まで」
「この異界は異なる時代の人間を破綻なく出会わせられるというのか」
そしてこの異界が自分たちの想像以上の場所であることに戦慄していた。
だがアーサーの方は戦慄と同時に安堵していた。
(やり直せたのだな)
王になってからアーサーは常に己を律し続けていた。
そんな自分が誰の目も気にせず酔っ払いで居られる。
憂いを捨て気楽に生きられているという何よりもの証左だろう。
「……君は未来の私と面識があるようだが気付かなかったのか?」
「遠目に見た程度だ。それに、気配も異なる」
「私が変わったのか」
「或いはマヨヒガが気付けないように阻害していたのか、だな」
恐らく両方だろうと旭は言う。
「だというのに貴様と私が顔を合わせたのは……まあそういうことなのだろう」
「騎士として君の変態行為を咎めろということか」
「違う!!」
私も似たようなケースに出くわしたのだと旭は自身の経験を語った。
この出会いがアーサーにとって必要なことであったのだろうと。
「心当たりはあるか?」
「ああ。どう人生をやり直そうか」
いや真実を知った今ならこう言うべきか。
「今の私がどうやって酔いどれアーサーになるかについて悩んでいる」
「どう……? いやなるほどそういうことか」
クツクツと喉を鳴らす旭の胸には未だ下着が収まっていた。
アーサーは色々言いたいことはあったが今しばらくは見過ごしてやると言葉を呑んだ。
「王などという欠片も益のない椅子を捨てたくなったわけだ」
「……否定はしないよ」
「フン。そういう意味でも私と貴様は似ているということか」
「変態と一緒にしないでくれ」
「黙れ酔っ払い!!」
「まだ酔っていない」
何たる厚顔さ。これが未来の人間か?
いやこれを未来の人間の標準にしては失礼だなとアーサーは心の底から反省した。
「チィッ。正直、先生と親しい貴様に手を貸すのは癪なのだがな」
だが先生と親しいからこそ手を貸さないわけにもいかない。
旭は渋々という感情を隠しもせず少し待っていろとアーサーに告げ両手を合わせた。
(これが異国の術式。召喚陣か?)
西洋と東洋。過去と現代。異なる点はあれど共通項も見出せる。
歴戦の勇士たるアーサーは術師ではないもののしっかり術式の本質を見抜いていた。
「最初に言っておくが私は一流の術師だ」
旭は召喚した護符や呪具、魔道具の類を並べながらアーサーに語り掛ける。
「……自信満々だね」
そう言えるだけの能力はあるのだろうがとアーサーは呆れ半分感心半分で呟いた。
「だがマーリンやモルガンのような超一流と並べられれば流石に劣る」
「これらの道具では奴らの目は誤魔化せない?」
「“私だけ”ではな。だが“ここで”貴様にこれらを譲渡すれば話は変わるはずだ」
幸運。その一点が不足を補ってくれるだろう。
そう言って旭は一つ一つの説明を始めた。
過不足ない簡潔なものでアーサーもキチンと理解することが出来た。
「精々上手く使うが良い」
旭は鼻を鳴らし脱衣所を出て行こうとするが、
「待て」
アーサーがその背を呼び止める。
「助力には感謝しているが、だからとて君の変態行為を見逃す理由にはならない」
置いて行け。言葉にはしなかったが意思は旭にも届いていた。
その上で、
「断る」
堂々と変態行為の続行を宣言した。
「そうか」
分かっていたことだ。恩があるので一応聞いただけ。
アーサーは押し入れの奥に仕舞い込んでいた聖剣を呼び出しその切っ先を旭に向けた。
「ならば刃を以って君の罪を断つとしよう」
「やってみろ!!」
騎士王アーサー、最後の戦いが始まる。
明けましておめでとうございます。本年も引き続きどうぞよろしくお願い致します<m(__)m>




