幕間
「あら、何だかご機嫌ナナメね」
時刻は深夜。
映画に夢中でお風呂を忘れていたので銭湯に行くと旭お姉さんに出くわしたのだが一目瞭然の不機嫌顔。
「……貴様は何とも思わんのか」
「何がよ? というか寒いしまずはお風呂行きましょうよ」
おじさまの気紛れシーズンチェンジで今日は冬で雪がぱらついている。
そんな時に銭湯の入り口で立ち話なんて正気の沙汰ではない。
「……まあそれもそうだな」
「そうよ」
というわけで脱衣所へ。
どうでも良いけど一度、あの番台に座ってみたいわね。
お客は全然来ないから虚しさが半端ではないのでしょうけど一度ぐらいはと思う。
(今度おじさまに許可を貰いましょう)
そしてお客さんとして来てもらって気分を味わうのだ。
「ふぅ」
浴場に入りかけ湯をしてから湯舟へ。
何時来ても綺麗で良い塩梅のお湯が張られているというのは中々の贅沢だ。
「で、不機嫌顔の理由は何なの?」
「……アルトスとやらだ」
「はあ?」
アルトス。一ヵ月ほど前、マヨヒガに迷い込んだという異世界からの客人だ。
旭お姉さんがおじさまに渡した護符の力でもまだ歩くのがやっとというぐらい消耗しているらしい。
私の目から見てもあの護符セットはかなりのクオリティだった。
(毒か呪詛か……何にせよよっぽど過酷な戦場だったようね)
そのアルトスがどうしたのだろう。
「――――先生と距離近くないか?」
「そうねえ」
それはその通りだと思う。
おじさまはアルトスの世話をしに通っているがアパートに戻って来ないわけではない。
三人だけの頃より頻度は落ちたが一緒に夕飯を食べたりもしている。
その席でよくアルトスの話をするが本当に楽しそうでかなり心を許しているのが察せられる。
(おじさまのコミュニケーション能力というよりはあちら側の、でしょうね)
おじさまの話からの推測だがアルトスは人の上に立つ人間だったのだと思う。
上から抑えつけるとかではなく対話を以って人の輪を維持するタイプの。
だからおじさまもスルっと心を許したのだと思う。
「言っても私たちは異性だもの。同性のお友達が出来て嬉しいのでしょうね」
「そういうことは聞いていない。私が気に入らんと言っているのだ」
「あなた本当にナチュラルな暴君ね」
権力も暴力も与えるべきではない人間の典型だ。
おじさまの存在が本当にファインプレイだと思う。
もしおじさまの同人誌と出会わなければ鬱屈の果てにとんでもないことをしでかしていただろう。
(コスパが悪いで踏み止まったということは逆に言えば見合えば何でもするということだもの)
おじさまの世界はおじさまに感謝をすべきだと思う。
とんでもない巨悪が生まれる前にその目を刈り取ってくれたのだから。
「……良い子ぶりおって。知っているのだぞ貴様が先生に身の程知らずにも懸想していることを」
「懸想とはまた古めかしい言い方を」
そういうところは良家のお嬢様らしい。
「好きよ。愛してるわ。でも男に嫉妬するような狭量な人間ではなくってよ」
変態の言葉を思い出す。競うな、持ち味を活かせと。
「バブみ系合法ロリを目指す私に嫉妬などというものは無縁だと思って頂戴」
バブみには包容力が必要不可欠だもの。
「何だ貴様頭おかしいのか」
「失礼ね。ああでも少女らしさをアピールする上での可愛らしい嫉妬はありかしら?」
大人が情念で見せるみっともない嫉妬では出せない味を出せる。
「狂人め」
「屋内でブーメラン投げるの止めてくれる?」
危ないから。
「というかあなた色々重いのよ」
「愛しているから仕方ないだろうが!!」
「んもう」
そんな話をしつつお風呂を堪能した。
入浴後、休憩コーナーで肩を並べフルーツ牛乳とコーヒー牛乳を楽しんでいると、
「あら」
妙なものを発見してしまう。
「どうした?」
「あそこ」
休憩コーナーのベンチに古めかしい手帳が置かれている。
あれは私たちがここに入った時には確実になかったものだ。
「……マヨヒガか?」
「その可能性が高いと思うわ」
私も彼女も超常関係においてはスペシャリストと言って良いだろう。
世界も力の体系も異なっているがそれでも通じる部分は大きい。
そんな私たちを以ってしてもこの異界についてはまるで分かっていない。
暇な時とか調査をしたり話し合ったりはしているが進展は皆無だった。
なのにここに来てあからさまに怪しい現象。マヨヒガからのアプローチと考えるのが自然だろう。
「私が確認するわ」
「……実力的にはそれが妥当か」
どこか不満そうなのは私に劣るということが悔しいからだろう。
手帳を手に取り中を検める。
「……白紙?」
一通り目を通してみたが何も書かれていないし妙な気配なんかもない。
それでも念のためともう一度最初から見てみようとしたところで文字が浮かび上がった。
「何でフェイントかけたの?」
「最初から出せ」
ちょっとイラっと来たものの浮かび上がったえらく達筆な文章を読み上げる。
「『孫が遊びに来た。孫が可愛すぎてつらたん』」
これは日記帳だろうか?
孫というキーワードに、おじさまがマヨヒガを相続した背景。
固有名は出ていないがおじさまの御祖父様のものである可能性が高い。
ちらりと隣を見ると彼女も同意見のようで小さく頷いている。
「『孫が泣いて帰って来た。どうにか事情を聞き出すと名前のことでからかわれたそうな。
他にも何かありそうだがこれ以上は聞き出せないし聞き出す必要もなかろう。
あそこのガキって確かもう小学校高学年のはず。よくもまあ保育園児を……。
あそこは親もろくでなしだ。親が親なら子も子。儂の孫を泣かせるとは絶対に許せん』」
読み進めて行くとやはりこの孫がおじさまの可能性である情報が出て来た。
よく名前でからかわれた。おじさま自身もそんなことを言っていたし私としても理解はできる。
「『祟り殺してやろうかと乗り込み、己の勘違いを悟った』」
「勘違い? どういうことだ? 幼き先生を泣かせるなど万死だろう」
そういうところが重いのだと……いや旭のことは置いておこう。
「『絶句する儂の目の前に広がる光景。それは……』」
何やら不穏な記述だ。
ゴクリと喉を鳴らし次のページをめくると、
「『次回に続く』――――ちょっと?」
「おい!!」
以降は空白になっていた。
日記帳を叩き付けそうになったが寸前で踏み止まる。
旭お姉さんと目配せをして互いに深呼吸。改めて考察をしてみる。
「……何かを私たちに伝えようとしているのは間違いないわよね?」
「ああ。何故、今かと言えば先生との関係性ではなかろうか?」
「孫と信頼関係を築き始めているから情報を出して来たと」
日記帳の主がおじさまの祖父でおじさまに関わる何かを伝えようとしている。
その前提で話を進めているがまず間違いないだろう。
「となると今開示出来るのはこれだけと考えるのが自然か?」
「マヨヒガには何かがある。或いはおじさま自身に。それを示唆しても良い……と」
おじさまともっと関係を深めれば情報は更に開示される可能性が高いというわけだ。
「……実績でアンロックするタイプの日記帳なんて初めて見たわ私」
「見たことある奴が居れば逆に驚きだ」
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