客人 限界OLなラスボス③
「ごちそうさまでした」
俺が葛藤している内に食べ終えたようで少女は行儀良く手を合わせていた。
次は風呂だがさてどうしよう。
駅舎に風呂が存在していない問題は簡単だ。後付けで増やせると感覚的に理解出来る。
(……問題は着替えだ)
これもまあ、出せる。出せるが考えて欲しい。
パジャマは良いよ。いやそれもちょっとアウト寄りか?
でも下着はアウトだろ。勝手に出て来るとはいえ俺が女児用下着をマヨヒガに発注するわけだし。
「おじさま」
「え、あ……何だい? デザートかな?」
「とても素敵だと思うわ。でも、よろしくって?」
頷き続きを促す。彼女の瞳には理知的な光が宿っていた。
やはり俺のチョイスは正解だったな。かなり回復しているようだ。
まあふとした切っ掛け一つでまた崩れ出すから安心は出来ないが。
「私に気を遣ってくださっているのよね?」
「……」
「ええまあ、理解は出来るわ。精神的にかなりキているであろう人が目の前に居るんですもの」
それが見かけ愛らしい少女なら尚更だと自嘲気味に笑う。
「けど」
「良いんだ」
「え」
「気を遣う必要はない。放って置いてくれたら勝手に何とかする。そう言いたいんだろ?」
ニュアンスは合ってると思う。多分な。
「でも良いんだよ。俺が好きでやってることだから」
もっと言うならこれは代償行為みたいなもの。
かつて同じような人間に手を差し伸べられなかった後悔を君で晴らそうとしている。
「どうしようもない自己満足だから気にする必要はない」
ああでも、と俺は苦笑と共に告げる。
「迷惑だ、鬱陶しいというのなら俺はこれ以上何もしないよ」
「……その聞き方はずるくってよ」
「かもな。で、どうする?」
少女は沈黙した。俺も口を閉ざした。
壁掛け時計が時を刻む音だけが室内に響く。
そうして十分ほどの後、彼女は口を開いた。
「そう、ね。……ならもう少し甘えさせて頂くわ」
「そうしてくれ」
ともあれこれで一方的な押し付けではなく合意の上にシフトチェンジしたわけだ。
なので俺も遠慮なく聞かせてもらう。
「とりあえず温かい風呂に入ってもらおうと思うんだけどさ」
「うん」
「着替え、どうしよう?」
先ほど感じていた懸念を正直に口にすると、
「あー……そういう? いえ、まあ、そうよね。少し気にし過ぎな気もするけれど」
「いやでもキショイでしょ。縁戚でもない見た目女児の下着用意する成人男性」
「マヨヒガの機能だし下心があるわけでもないなら私は別に良いと思うけれど」
そもそもそんなこと気にする歳でもないしと苦笑する。
……見た目相応の年齢じゃないとは思ってたが、これひょっとして俺より年上?
だがまあ、当人がそう言うなら俺も気にせずやらせてもらおう。
指を鳴らすと着替え、入浴セットと書かれた紙袋が二つ机の上に出現した。
筆跡を見るに俺のものではない。つくづく不思議なものだと思う。
いや不思議じゃないマヨヒガって何なんだって話でもあるが。
「水場の更に奥が風呂だから」
「分かったわ」
紙袋を両手に少女は去って行く。
それを見送り俺も自分の飯を作るべく立ち上がった。
献立は同じ野菜たっぷり袋麺。味だけは変えたがな。今の気分は塩なのだ。
「……うんめえ」
くたくたになるまで煮て柔らかくなったキャベツとタマネギ。
そいつを軽く噛みつつ最後はスープで流し込む。
これだけで幸福指数が上がるのだから寒い時のラーメンは偉大だ。
会社勤めしていた頃はそんな余裕もなかったからな。
「麺も良い。やっぱ硬めなんだよなあ」
最初はちょっと硬めだが食ってる内にスープでふやけて食感の変化を楽しめる。
偶にちょっとではなく結構硬めにしたりもするが結局はこれが一番性に合う。
「ごちそうさまです」
一度始めたらもう箸は止まらずスープも全部飲み干してしまった。
満足感はあるが八割ぐらい。味は良いが量が足りなかった。
なので食後のデザートにアイス。カップのバニラだ。お高いのではなくスーパーで98円とかのやつ。
コイツを追加することで満足ゲージは満タンどころか二割ぐらい超過してしまった。
「とても良いお湯だったわ」
「はは、そりゃ良かった」
外で一服してから戻ると丁度、風呂から上がった少女と出くわす。
ほんのり赤く染まった頬で微笑む彼女を見て俺も思わず笑みが零れる。
未だ身に纏う限界オーラは色濃いがそれでも最初よりはマシになっていると思う。
フルーツ牛乳を差し出すともう慣れたようで素直に受け取ってくれた。
「ふぅ。すっかりマヨヒガの機能を使いこなしているのね」
「ん? ああ、そうだね。自分でも不思議に思うよ」
相続してから一か月以上は経過しているが訪れたのは今日含めて三度。
本格的に管理者としての機能を使いあれこれし始めたのは今日が初めてだ。
にも関わらず最初のような戸惑いはもうなかった。
祖父が最低限の説明しかしなかったのもよく分かる。
使っていれば自然と馴染むユーザーフレンドリーさは素晴らしいと思う。
「でもどうしてクラシカルな駅に環境を変えたの?」
「ああそれはね」
取り留めのない会話が続く。
俺は彼女に深く踏み込みはしないし、あちらも俺の深い部分には触れない。
本当に何てことのないお喋りだが、これで良い。
俺自身も未だ色々と疲れがこびりついていたのだろう。
何も気負う必要のない雑談で心が軽くなっているのが分かった。
「はふぅ」
少女があくびを漏らした。見れば時刻は零時前。
良い子はそろそろ寝ないとな。
布団を用意するよと言えば少女はコクリと頷き俺の後に続いた。
宿直室に置いてあった私物を回収し、ふかふかの布団を出現させる。
「じゃあ俺はこれで」
「ええ、おやすみなさい」
と別れようとしたのだが、
「え? あれ……どうして……ご、ごめんなさい」
去り際少女に服の裾を掴まれ止められてしまう。
引き留めた当人は困惑しているようだが俺には分かった。
(ご、権藤さん……!!)
つい三ヵ月ほど前、リタイアした権藤さん。
彼は風俗にのめり込み過ぎた結果、身持ちを崩し郷里に帰ることになってしまった。
すわそういう依存症かと思ったのだが違った。
山本さんの時と同じく私的なお別れ会を開いた際の彼は憑き物が落ちたように穏やかな顔をしているではないか。
『今にして思うと性欲じゃなかったんだ』
『と言いますと?』
『心が擦り切れてると誰かの温もりが恋しくてしょうがないってことさ』
恋人を作る時間もないから風俗に頼るしかなかったのだという。
『俺を迎えに来た父ちゃんがよく頑張ったなって頭撫でてくれてさ』
それで気づけたのだと彼は恥ずかしそうに笑った。
「お嬢さん。良ければ君が眠るまで添い寝をしようかい?」
「……うん。おねがい」
電灯を消して布団の傍に肘を突いて寝転がる。
握った小さな手は少し震えていて、きっとこれが孤独の寒さなのだろう。
俺はそれを少しでも癒してあげたいと思う。
(……でもそれはそれとして絵ヅラが最悪過ぎるなコレ)
ここがおまわりさんの巡回区域から外れてて本当に良かったわ……。
気に入って頂けましたらブクマ、評価よろしくお願いします。




