曇天、寂びれた飲み屋街
東京観光は実に素晴らしいものだった。
田舎に引っ込む前は東京住みだったので正直、何を感じることもないと思っていた。
ところがどっこい、全然そんなことはないっていうね。
やっぱり気分が違うからだろう。同じ行動をなぞるだけの日々を脱却し新しい友人も出来た。
そんな状態で歩く東京の街は見え方も感じ方もまるで違った。
「というわけでマヨヒガの新しい環境について意見を募ろうと思う」
三泊四日の東京観光を終え自宅に帰還した俺はテーブルを囲む友人たちにそう切り出した。
「どういうわけ?」
「いやそろそろ温泉宿も飽きて来たし観光で気持ちもリフレッシュしたから一新しようかなって」
俺の独断で決めてもテュポーンも旭も文句は言わないだろう。
でも同居人に相談なしでやるっていうのも俺の気分的によろしくない。
「どうだ旭?」
「そう、ですね。あまり距離を感じる広い建物は遠慮したいかなと」
先生をなるべく近くに感じていたいのでと旭。
崇拝されるのもそろそろ慣れて来た感あるわ。
美人は三日で慣れるなんて慣用句があるけどその類型かな?
「私は前二つの路線を踏襲して欲しいわね」
「というと?」
路線とはどういうことだろう?
「駅舎に温泉宿と両方とも田舎や山奥とか閑静な環境にあったでしょう?
あれ地味に良いなって。元は、というか今もあっちではそうなんだけどずっと東京住まいなのよ。
これまでは騒がしさとか気にしたことはなかったのだけれど一度立ち止まってみるとね」
テュポーンの気質的には静かな場所の方が好ましいのだという。
これからもずっととは言わないがもう一回ぐらいは静かなところが良いとのこと。
「しかしテュポーンよ。別に都市部の環境を再現しようとマヨヒガなら問題ないのでは?」
まあ人居ねえからなあ。
「人口いう意味では私たちに新しい客人が増えても十人を超えることはないでしょうね。
でもそういうことじゃないのよ。ただ静かってだけではなく寂びれた感じが好きなの私」
ああうん。駅舎も温泉宿も意図して古めかしいのにしてたからな。
そこが刺さったのだろう。
「逆に言うと都市であっても廃棄されて植物とかが浸食したようなところならアリだわ私」
「ああはいはい。遠い未来の話を書いた作品とかに出て来るタイプのヤツね」
それは俺も好き。
「そういうおじさまはないの?」
「何か違う環境にぐらいしかないんだな。だから新しい刺激って意味でも二人の意見聞きてえなって」
今のところ希望をまとめると住居はそこまで広くなくて寂びれた静けさのある環境?
過疎化の進んだ漁師町でも再現すりゃ良いのか?
「あ」
「どうしたよ?」
「私たちの希望に沿うものがあったのを思い出したわ。ほらおじさまのスケッチ」
「はあ?」
スケッチって何だよと首を傾げる俺にテュポーンは言う。
「駅だった頃、私がおじさまに告白をした日よ。起きた時、描いてたじゃないの」
「あ……あー! はいはいアレか!!」
「何を描いていらしたので?」
「昭和のレトロな町並みとアパートだった……よな?」
確かにアレならテュポーンと旭のリクエストにも合致するか。
いやでもアレをそのままってのも芸がないな。
「お」
「あら、何か思いついたの?」
「バッチリ。早速飛ぶが準備は良いか?」
俺のイメージを汲み取りマヨヒガは変化した。後はもう行くだけだ。
二人が頷くのを確認し俺はマヨヒガへの道を開いた。
「ここは……どこかの路地裏?」
表通りから奥まった路地を進んだところにある狭い通り。
シャッターだらけだがかつては多くの店がひしめき合っていたことが窺えるだろう。
「昭和後期から平成初期ぐらいまでは栄えていたが永遠に続くはずもない。
景気の悪化と共に寂びれて最早くたばりかけている地方の飲み屋街がコンセプトです」
俺が一息にそう告げると二人は「「長ッ」」とリアクションを返してくれた。
「で、住居がこちら」
右手にある古びた二階建てアパートを指し示す。
塗装は剥がれまくってるし鉄骨の階段にも錆が浮いていて踏み外さないか不安がよぎるだろう。
「こだわりはクソ狭い通路です。人一人通るぐらいしかないのに物とか置いちゃってマジで歩き難い」
「何て必要のないこだわりかしら。いえ雰囲気自体は好きなのだけれど」
「先生のそういうフェティッシュな部分が作品に活かされているのだ。道理の分からん奴だな」
「間取りは風呂なし四畳半。入浴は近所の銭湯までよろしくお願いします」
家具は考えてマヨヒガに発注かけないと酷いことになるので工夫は必須だ。
「違う住居が良いなら別に」
「「ここで」」
ちょっと食い気味に答えられて軽く引いてしまった。
「部屋は俺が既に確保してる二階の突き当り以外ならお好きにどうぞ」
「では先生の隣を」
「あら、私だっておじさまのお隣が良いわ」
やっだあたしってばモテモテね。
人生で一番女性に求められてるんじゃねえかな。
まあそれが色恋かと言われたらややこしいし深く考えると面倒なのでスルーするが。
一歩踏み込んだ関係をと言われたら俺も誠実に考えはするが今のとこその様子はないしな。
「「……」」
「流血沙汰はご法度な」
「そこは弁えております」
「当然ね」
「フフフ、結構。何で決めるか分からんが勝負の内容が決まってないなら俺に任せてくれないか?」
俺がそう提案すると不思議そうにしつつも頷いてくれた。
まだまだ序の口。本当に見せたいところへ誘導する良い口実が出来た。
「ではこちらへどうぞ」
「何でちょっとガイドさん風なのかしら」
「お可愛いと思います」
向かったのは少し歩いた場所にあるスナック。
魔鈴と印字された電飾看板。ここが小さなこだわりの一つだ。
「このそろそろ寿命だろって感じのぼやけくすんだ光が良くね?」
「分かるわ」
「理解出来るよう精進致します」
では中へ。
ぼんやりとした照明に照らされる店内は五人掛けぐらいのカウンターが一つ。
ガラステーブルの席が一つ。正直、あまり広くはないがこのこじんまり感が良いのだ。
「こだわりはテレビの配置。乱雑なカウンターの天井付近に設置してあるのがポイントです」
「そこは分からないわ。というかやけにテンション高いけどスナックに思い入れがあるのかしら?」
「いや実は中学入るまでは転勤族でな。地方とか転々としてたのよ」
小三ぐらいかな?
一年ほど滞在してた町があり親父がそこで行きつけになったスナックによく連れて行ってくれたのだ。
何でか分からないけどツナマヨトーストとかがやたら美味しかった記憶がある。
「……先生の個人情報がまた一つ蒐集出来たな」
「なるほどね。それはそうとおじさま、ここで勝負って何? 飲み比べでもするのかしら?」
いやそれも良いけどお前らがやると終わらねえだろ。
「スナックと言やカラオケ! というわけで部屋決めカラオケ大会の始まりー!!」
「テンション高いわね。……カラオケとか最後に行ったの何時かしら」
「カラオケですか。初めての経験ですがまあ、問題はないでしょう」
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