客人 限界OLなラスボス②
「……」
無表情のまま静かにぽろぽろと涙を零す少女の姿を見て俺は既視感を覚えた。
そうだ。違う。これはココアが不味かったとかそういうことではない。
(や、山本さん……!!)
あれはそう、入社三年目。梅雨の時期だった。
その日俺は同期入社でわりと仲の良かった女子社員山本さんと昼飯を食べていたのだ。
雨鬱陶しいな、洗濯物乾かないよねなどと他愛のない会話を交わしていた。
その中で俺は彼女の買って来た菓子パンについて話を振った。
『山本さん、結構それ食べてるけど好きなの?』
『うん。小さい頃から好きでさ。おやつとかによく食べてたんだよね』
何の変哲もない雑談だ。
しかし山本さんがその菓子パンの袋を開け齧り付いた正にその瞬間だ。
『……』
『や、山本さん?』
目の前の少女と同じように山本さんが無表情になり涙を流し始めたのだ。
声をかけても揺すっても反応がない。
どうしたものかと慌てていたらぶっ倒れてしまい病院へと運ばれた。
結局、彼女は会社を辞め郷里に帰ることになった。
『何で泣いたのかって? 坊野くんにその菓子パン好きなのって聞かれたでしょ?』
『ああ。小さい頃から好きだったって』
私的に小さなお別れ会を開いた際、俺はあの日の涙の理由について聞いてみた。
すると彼女はこう答えた。
『そう。それで何か昔の楽しかった頃の記憶が走馬灯みたいに駆け巡ってさ。
そしたらもう泣けて来るし指一本動かせなるしで気付いたら病院のベッドだったわけ。
坊野くんも無理しておかしくなったら元も子もないんだし……退き際は見極めた方が良いよ?』
結局、俺は退き際を見極められずやらかしてしまったわけだがそこは良い。
重要なのはあの日の山本さんと目の前の少女が重なって見えるということ。
(や、やっぱり心はもう限界だったんだ……!!)
救急車を――いやマヨヒガまで来れねえよ無茶言うな!
どうにかして外に、どうやって!?
直に訪れるであろう未来を予想しパニクるが何時まで経っても倒れない。
いや倒れないのは良いことなんだが……俺の見立てが間違っていた?
「わたし、なにやってるんだろ」
いや合ってたわ。
ぽつりと漏れた少女の言葉から滲み出る虚無。これは紛れもなく心が限界な人のそれだもの。
(……いやそうだよな。心と体の限界が同時に訪れるとは限らないし)
限界OLという印象の方が強過ぎて忘れていたが俺はその前に何と考えた?
人知及ばぬ力を持つ強大な怪物だと思ったのではないか?
ならば肉体の限界値を常人のそれと同列に並べるのは違うだろう。
(よし落ち着いた。今、俺が成すべきことは何だ?)
自分に問う。答えは決まっている。
何か拉致みたいな感じになったことへの罪悪感もあるがそれ以上に俺は少女にシンパシーを抱いている。
山本さんの異変に気付けず何もしてあげられなかったが同じ過ちは繰り返さない。
「お茶だけじゃ寂しいよな。良かったらこれも」
「え、あ……うん」
敢えて少女の苦しみには触れず俺はクッキーの載った皿を差し出した。
俺の記憶の中にある一番美味しいと思うクッキーだ。
少女は鈍化した思考のままのろのろと反射的に手を伸ばした。
「……おいしい」
「だろう? 俺のお気に入りなんだ」
これは俺の経験則だが肉体は空腹なのに心的要因でそれを自覚できない時はヤバい。
多分、今のこの子もその状態だと思う。
肉体が怪物のそれだとしてもこうして飲食ができるのだから飢えや渇きはあるだろう。
だからまずは食べさせようと思う。
(今なら多分、この子の空腹を呼び起こせる)
ココアで涙が出るぐらい参ってるのだ。
甘くて軽いお菓子の力を借りればいける……と思う。
「プレーンもいけるけどこっちのバナナも中々イケるから食べてみなよ」
「うん」
アソートなので味は複数ある。
これはどうだい? じゃあこっちもと勧めれば少女は驚くほど素直に受け入れてくれた。
いや受け入れていると言うのは少し語弊があるか。
精神状況を立て直せていないから流されるがままなのだ。
何かいけないことをしている気分だが今はやむなし。
少しばかり道徳に目を背けた成果は五枚目のレモンクッキーを食べ終えた直後に現れた。
「あ、や……ちが、違うのよ。おじさま、これは違うの」
くぅ、という可愛らしい腹の音が鳴ったのだ。
美少女は腹の音まで違うんだな。俺とかずごご、って感じだぞ。
レディとしてのプライドか。顔を赤くして弁解しようとするがメンタルがガタガタなので上手くいってない。
俺は構わず次の提案をした。
「うっかりしてた。もうすっかり日も暮れて夕飯時なのにお菓子はないよな」
実際はどうなんだろう?
外界とマヨヒガの時間の流れは異なるみたいな記述もあったからな。
具体的にどれぐらい違うのか細かく書いといて欲しかった。
「好き嫌いはないかな?」
「え、あ、うん。特にないけれど別に」
「結果的に拉致監禁みたいなことになってるんだ。衣食住ぐらいは提供して当然だろう?」
少しばかり強引に押し切って飯の準備を始める。
今夜のディナーは袋麺だ。
こういう時、個人的に一番効くのが袋麺で味は味噌。
醤油とか塩は元気な時が一番美味しいけど味噌はクタクタになってる時が一番染みるのだ。
※あくまで個人の感想です。
(野菜も出そうと思えば新鮮で質の良いものを出せるんだろうが……ここは敢えてのカット野菜)
野菜のクオリティを上げ過ぎても逆に浮くしな。チープなぐらいが丁度良いのだ。
水を張った鍋をストーブの上に置き野菜を投入。
湯が沸き始めるまでにラーメン丼と割りばし。水の入ったピッチャーを机に並べて行く。
「……」
少女はぼんやりとその光景を見つめていた。
少し気を抜けばこうなってしまうのは本当に重症だ。
(野菜はくたくたになるまで煮て、逆に麺はちょっと硬めぐらいで)
もっと美味しい作り方はあるのだろう。
野菜とかもシャキシャキが好みかもしれない。
だけどここは俺の一番好きをお出しするのが正解だと思ったのだ。
(よし、粉末スープを入れてよくかき混ぜ……完成だ)
丼にラーメンを投入し少女の前に置いてやる。
「……いただきます」
「ああどうぞ」
見た目は外人だが彼女の箸使いはとても綺麗だった。
小さな口で麺を啜り一口目を食べ終えると、
「……あったかい」
そう漏らした。無意識の一言だ。
美味しい不味いではなく温かい。正に俺が求めていた感想だ。
(ラーメンしっかり仕事したわ)
順調にケアは進んでいると見て良いだろう。
飯の後は温かい風呂に入れてフカフカの布団で寝かせてあげれば応急処置は完りょ……いや待て。
(血縁でもない成人男性が見た目女児を風呂に入れて寝かせる……?)
……かなり事案臭いが今だけは目を瞑ろう。
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