客人 厄…強火ファン⑪
忘れもしない。201×年十一月三日、文化の日。
あれは十三歳の秋だった。
「その日、私は任務のため茨城を訪れていた」
「十三歳って中学生だろ。なのに……うん? 201×年? 茨城?」
何か引っかかるものがあったらしく首を傾げている。
「細かな経緯は省くが不手際によるトラブルで現地に赴いたは良いが待機時間が出来てしまったね」
最低でも半日以上は暇になってしまった。
ただ待つだけというのも窮屈だと私は周辺の散策をすることにしたのだ。
その道中で目に入った文化会館では何やら催しが行われているらしい。
暇潰しにはなるだろうと入ってみることにした。
「絵画の展示、寄席など色々とやっていてその中に同人誌の頒布イベントもあった」
これが二次創作や成人向けなら興味はなかったが全年齢向けでジャンルも幅広い。
手慰み用に何冊か購入してみるかと足を運んだ。
「どうせなら自分とは縁遠いものの方が良い。そう思って私は漫画に狙いを定めた」
そこで目をつけたのがとある大学の漫画研究会が頒布を行っているエリア。
並べられているものを一冊ずつ全て購入し私は会館を後にした。
「待機用にと手配された宿に戻り早速、戦利品を検めてみることにしたのだが……正直、イマイチだったよ」
SF、伝奇、スポーツ――ジャンルは多々あったが私の興味を引くものではなかった。
それでも数時間は暇を潰せたのだから文句は言うまい。
「最後に残ったのは少女漫画風の絵が描かれた表紙のもの」
「……」
「正直、ないなと思った」
幾ら自分に縁のないものをと言っても限度がある。
漫画という時点で遠い世界のものなのに少女漫画。
とはいえ一冊だけ残すのも何か違うしとりあえず流し読みはしようと手に取った。
「技術的に言えば素人目で見ても拙いと分かるものだったよ」
改善の余地は幾らでもある未熟さの塊。
だが、私は瞬きするのも忘れて読み耽ってしまった。
拙いものではある。だがそこには確かな熱があったのだ。
「平面の世界に描かれた少年少女らの恋模様を見て心の底から思ったよ」
良いなって。
こんな風に誰かを好きになってみたい。
こんな風に誰かに好きになってみたい。
好きな人のことで一喜一憂して眠れない夜を過ごしてみたいって。
「私は自分が女であることを思い出した」
流れ流され擦り切れた末、消えゆくはずだった私をその一冊は繋ぎとめてくれたのだ。
気付けば私は泣いていた。
泣くことを恥だと思うような教育を受けて来た私だが泣く己を恥ずかしいとは思わなかった。
「U・リトルレディ先生」
敬意と感謝、愛情を込めてその名を呼ぶ。
先生は何も言わず私の言葉を待つようにじっと私の目を見つめていた
「あの日あの時、寄る辺を持たない小さな私を救ってくれてありがとうございます」
あなたが居てくれたから私は私を見失わずに済んだ。
あなたが居てくれたから私は私のままで居られた。
暗く渇いた私の人生に差した太陽の如き光。それがあなたなのだ。
「……どういたしまして」
多くは語らず一言それだけ返して先生は笑った。私もつられて笑った。
場の空気が和ぎ先生が何かを言おうと口を開きかけるが私はそれを手で止める。
きっとここから楽しいお喋りに突入するつもりなのだろう。私だってそうだ。
折角ファンであるということを明かすことが出来たのだからその立場で色々お話がしたい。
「改めてこれまでの非礼を詫びさせて頂きたい」
「何だそんなの」
もう耐えられない。罪悪感で狂いそうだ。
「――――というわけで御免!!」
「――――待てや!!」
腹を掻っ捌こうとしたところで待ったが入った。
「止めないでください! こうでもしなければとても顔向け出来ないのです!!」
「おかしいだろうが! この流れで切るか普通!? 目の前でファンに死なれる先生の気持ちはどうなる!?」
「ご安心召されよ。先生の御心に傷をつけかねないので流石に死ぬつもりはありません」
臓物がまろび出たところで直ぐにくたばるような脆弱な存在ではない。
何なら心臓が止まってもしばらくは生きていられる。
その間に治癒の術を施せば何ら問題はない。
そう先生に説明するのだが、
「あ、そっかぁ。なら大丈夫だね! とはならねえだろうがよォ!!」
「そ、そんな!」
「そんな! じゃねえんだわ! いきなり臓物見せられる俺の気持ちも……」
ハッとした顔で先生はこう告げる。
「見てねえとこなら良いってわけじゃねえからな! 金輪際切腹禁止!!」
「うぅ……しかし、先生がそう仰るのなら……」
「三十年近く生きて来て切腹禁止令出すとか初めての経験だぞお前」
「で、では別の形でお詫びを。とりあえず現世に戻れたら当家の全資産を慰謝料として」
「要らねえ! 重いんだよ一々! 詫びってんならモデル兼アシにでもなってくれりゃ良いから!」
「しかしそれでは私だけが得をして」
「俺が良いつったら良いんだよ! 受け入れろや恩人だろ俺ェ!?」
そう言われてしまえば私としても何も言えない。
「ってかさぁ……お前、おかしいだろ」
「おかしい、ですか?」
「話の流れ的にさあ。こうなるのは違うでしょ」
首を傾げる私に先生は額に手を当てながら続ける。
「夜中にワザワザ呼び出して何かすっげえロクでもねえ生い立ちを告白されてさあ。
ああこれそういうことかって思うじゃん。マヨヒガに迷い込む原因になったであろう話なのかなって。
途中で急におかしな方向にハンドル切るじゃんよ。一通逆走しちゃうじゃんよ」
そう言われても……。
「いや、目下最大の悩みは先生に働いてしまった無礼の数々だけですし」
逆にそれ以外に何かある? としか。
生い立ちのことにしてもそう。
私は先生に救われた。揺るぎない己を見いだせた。それで終わりだ。
「えぇ……?」
「まあそれ以外にも悩みというかストレスはありますが」
「あるんじゃん! 聞くよ! 俺めっちゃ話聞くし! めっちゃ真剣に解決方法考えるぜ!?」
何とお優しい。そして何たる幸福か。
推しの先生からこんな言葉をかけて頂けるとか今が私という人間の絶頂期か?
だがそれはそれとして、
「いえそれについては解決法というか解消法は既に持っていますので」
「あ……そ、そうなの。ごめん何か出しゃばっちゃって」
「御気になさらず。その御気持ちだけで十分幸せですから」
「そ、そうか。ちなみにその解消法というのは?」
そう問われたので私は素直に答えた。
「いやちょっと人類間引こうかなと」
「何だお前ラスボスか何かか?」
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