客人 厄…強火ファン⑩
一ヵ月。準備のためそれだけの日数が必要だった。
やたら先生との仲をアピールしてくるあの小娘の助言には一定の正しさがあったように思う。
それゆえ私も先生に己の全てを打ち明けることにしたのだが直ぐに告白というわけにもいくまい。
どこからどう語るべきか。必要な部分とそうでない部分。整理が必要だった。
無駄な話で先生の貴重なお時間を奪うわけにはいかない。
……新刊執筆のお邪魔になるのは断固として避けるべきだからな。
なので念入りに準備をしていたら結局、一ヵ月もかかってしまった。
まあその間も先生とは蜜月を過ごせたので決して無駄な時間ではなかったが。
そういうわけで私は先生が風呂に入っている間に事前にしたためていた文を部屋に届けさせてもらった。
そして夜半、指定の場所で先生を待っているわけだが……。
(まるで逢引を行うかのようで少し、ドキドキするな)
場所は共に肩を並べ糸を垂らしたあの川原。
月光に照らされ川のせせらぎと風の音を楽しみながら先生を待つというシチュエーションは中々に良い。
正直、かなり興奮している。
「悪い。待たせたな」
「いや良いさ。私も今、来たところだからな」
「はは、お約束だな」
古からのお約束を諧謔として使ってみたが喜んでくれたらしい。
やっぱり好きなのだな。私も好きだ。
本当はずっと前から待っていたけれど相手に気を遣わせたくないので小さな嘘を吐くいじましさ。
きっと百年先も好まれるシチュエーションだと思う。
「で、だ。こんな時間のお誘い。その理由を聞いても良いのかな?」
「ああ」
深呼吸を一つ。
「今こそ私はあなたに私を語りたいのだ」
「聞こう」
どうして? などと聞かなかったのは先生の優しさだろう。
先生は川辺に腰を下ろすとちらりと私を見る。一つ頷き、私は語り出した。
「私は古くからこの国の霊的守護を担う防人の家に生まれた」
遡れば飛鳥の頃まで辿り着くほどの由緒正しい家系だ。
家名は魔を断つ刃足らんという意味で刀剣の神、経津主神から肖ったものだという。
「私は生まれながらに祓主の次期当主として道が定められていた」
「……」
「ふふ、意外かね?」
目を丸くする先生を見て思わず笑ってしまう。
何を考えているか手に取るように分かる。
「ああ。今でこそ男女平等が謳われる時代だが」
「黴臭い名家では男子こそが長にという考えが根付いていると思った訳だ」
「……まあ、正直に言うと」
「実際、豊臣政権末期までは男子が家を継いでいたようだ」
「それでもかなり昔じゃね? 何つーか開明的な家なんだなオタクんとこ」
「開明的、か。強ち間違いでもないかな」
如何にして盤石な守護を敷くか。それのみを考え徹底的に効率化を図っていたのが祓主の家だ。
鎖国の時代であろうと有用と判断すれば平然と西洋の術式も積極的に取り入れていた。
そういう意味では開明的という評価は合っている。
「あ、だからか。実力があれば性別なんて関係ないって」
「そうだな。しかし、あなたが考えるよりも行き過ぎた実力、合理主義だがね」
「行き過ぎた?」
「そう」
当たり前の話だが男だけでは子を成せないし逆も然り。
男女揃って初めて子を成す条件が整うのだ。
如何にして有能な次代を作り出すか。
「そのお題目を追及した結果、性差など意味はないという結論に達したのだ」
「???」
「例えば男が当主だったとしよう」
当主になるぐらいだ。その優秀さは担保されている。
それは質の良い種を持っていると言い換えることが出来るだろう。
「だが種が良くても畑が悪ければどうだ?」
「それは」
「次代の出来は当代よりも劣ってしまう。それではいけない」
理想は当代を超えることだが最低限、同程度の出来が必須だ。
ならば別の畑を探そうか。ああ、見つかるならそれでも良いさ。
「だが見つからなかったら?」
更に言えば畑は見つからなかったが優秀な種が見つかった場合はどうだろう?
「……まさか」
先生の顔色が青褪めて見えるのは決して月光のせいではあるまい。
それはそうだ。真っ当な人間ならそんな反応にもなるさ。
「女になって種を貰い子を成せば良い。そう考えたのさ」
「じゃ、じゃあ……お前が使ってた男の体って……」
「そう。どちらにも対応出来るようにと誂えられたものだ」
具体的に言えばアレは私が男として生まれていたIFを形にしたもの。
それゆえ性差による変動する能力値を除けば他はまったく同じ。
優秀な種としてちゃんと機能するようになっている。
「とはいえ、だ。当初は色々と問題もあったらしい」
「あ、当たり前だろ。そんな」
「誤解なきよう言っておくが人権的な問題ではないぞ?」
“機能的”な問題だ。
今は自由自在に入れ替われるがかつては不可逆。
「更に言うならコストの関係で囚人などを用いた実験は難しく当主自身が検証しなければいけなかった」
手探りでやるしかならず問題は多々発生した。
中でも一番大きいのは精神に異常をきたす問題だ。
「……そりゃそうだろう」
「そう。現代の知識で考えれば一般人でも分かる」
心は男なのに体は女。心は女なのに体は男。
それゆえに生じる心身の不和は現代では医学的な診断名だってついている。
だが戦国、江戸時代初期の人間にそんなことなど分かろうはずもない。
手探りで原因を解明するしかなかった。
「そうして代替わりを繰り返す内にどちらの肉体も扱えるようになる技術、教育法が確立した」
「……教育法?」
「勘が良いな。ああ、ロクでもないのはそこだ」
原因が性自認にあることに気付いてしまったのだ。
ゆえに時の当主は考えた。
教育によって男であるという自認、女であるという自認を取り払ってしまえば良いと。
それも、だ。
「生まれながらに性別の自認を失くすわけではない」
一度、しっかりと自認が芽生えた上でそれを否定し完全に破壊してしまうのだ。
「悍ましいだろう?」
人が人らしく在ることを否定されるのだから。
「……で、でも祓主は言ってたよな? 自分は女だって」
ならば悪習はどこかで断ち切られた。
少なくとも私の父母は――――などと思ったのだろうがそんなことはない。
「いいや。私の父は生まれた時は女だったよ」
最初はどうだったかは分からない。
だが教育を終えた後は己の現状に何一つ疑問を持っていなかったのだろう。
今の父を見ればそれがよく分かる。
必要だからそうした。男か女かなどは些事であると本気で思っているのだ。
「……」
「私はロクでもない教育を受けながらも自らの性を絶やすことはなかった」
女であるという意識は常にあった。
とはいえ環境が人を形作るのだから私の抵抗は所詮、孤軍のそれ。
徐々に心は擦り切れて行った。己を見失いかけていた。
私もまたこれまでの愚かな当主らと同じ道を辿ろうとしていたのだ。
「そんな時、私は運命に出会った」
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