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相続した物件はマヨヒガでした  作者: カブキマン


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客人 厄…強火ファン⑧

 驚きを表現する慣用句で天地がひっくり返るというものがある。

 私は今、正にそれを味わっていた。

 共通の趣味を持つ坊野と仲良くなりたい。それが大前提であったのにそこが崩れてしまったのだ。

 共通の趣味どころの話ではない。彼は私という人間を救ってくれた大恩人なのだ。


(そ、そのような御方に何という……無礼の数々……!!)


 これが私の思い込み、考え過ぎならどれだけ良かったことか。

 だがそうではない。


『うん。今だから言うけどお前わりと態度カスだぞ』


 直々にそう言われてしまうぐらいには先生に対して私は無礼を働いていたのだ。

 悪意がない天然だとフォローは入れられたが悪気がなかったら良いのか?


(良いわけがないだろうが!!)


 遂に出会えた感動。新作を描こうとしているという情報を知れた歓喜。

 初対面で殺気を放ち以後も無礼を働いてしまったという絶望と己に対する憤怒。

 綯い交ぜになった感情をどう表現すれば良いのか。

 真夏と真冬が同時に訪れたような狂った状況に情緒が壊れてしまいそうだ。


「そうだ。折角だし意見聞かせてくれよ。お前的にこのキャラデザどうよ?」

「私の如き卑賤な素人が口出しをするなどとても」

「何で急に卑屈になった。ひょっとしてあれか? 俺の言ったこと気にしてる?」


 そう、だけどそうではない。


「あれもまあお前の味だろ。いや仲良くなったからそう言えるとこはあるけどさ」


 遠慮なく評価や改善点を言ってくれと促される。

 そう言われても……。


「最高に嬉しいとしか」


 リトルレディ先生が私をモデルにしたキャラクターを描いてくれる。

 しかも役どころはメイン。これ以上に嬉しいことがあるか?

 というか待ってくれ。


(わ、私先生の前で裸を晒したのか?)


 それも二回も。

 見られて恥ずかしい体はしていないが第三者がどう思うかは別だ。

 いやだが先生は女の体の時は照れたように顔を背けていた。

 つまりアリ、ということか? やだどうしようすっごく嬉しい。

 だがそれはそれとして礼を欠いた振る舞いだやだどうしよう。


「へえ、意外に可愛いとこあるのね」

「か、可愛い?」


 やだどうしよう口説かれてる?

 確かに先生ほどの男になら何をされても構わないが……私が可愛い?

 今のやり取りのどこにそんな要素があったというのか。


「自分をモデルにしたキャラが漫画に登場して喜ぶようなタイプだとは思わなかったよ」


 それより、と先生は更なる意見を求めた。

 共通の趣味について語らったことで心の距離が近付いたからだろう。

 すごくグイグイ来られるこの御仁……。

 そこからはもう、兎に角無礼がないようにと必死で何をしていたかの記憶はなかった。


「……どうしたものか」


 そして深夜。

 私は部屋で一人、どうしようもない苦悩に駆られていた。

 頭では分かっている。先生は全然気にしていないと。

 しかしそういう問題ではないのだ。私自身が私を許せない。


「切るか。腹」


 友人になったと思った女が朝起きるといきなり死んでいたとか一般人にはトラウマものだろう。

 でも私の罪を雪ぐためにはもう命を捨てるぐらいしか……。


「駄目だ。罪悪感で考えがまとまらない」


 命を捨てるのは止めるとしても一回、腹は切っておくか。

 少しでも冷静さを取り戻すために死なない程度にプチ切腹をしよう。

 私のような人間ならバッサリ行っても自分で治せるしそう簡単には死なないからな。

 よし切ろうと部屋の隅に置いていた愛刀を手に取り気付く。


「……ここで切ると部屋を汚してしまうな」


 掃除をすれば良いという問題ではない。

 私がマヨヒガを脱出しない限り、先生とはこれからも付き合いは続く。

 部屋を訪ねて来ることも普通にあるだろう。

 先生を一度私の血で穢れた部屋に招くなど万死だ。


「先生も足を運ばぬであろう山深く……ならば問題ないか?」


 現世に帰還出来ない以上、どこかで腹を切るしかないのだ。

 であれば先生がなるべく近寄らないであろう場所で腹を斬ろう。

 マヨヒガに土下座で白装束を出してもらいそれに着替え愛刀を手に宿を出る。


「……ッ」


 山道を歩いて五分。人の気配を感じ足を止めた。

 先生のものではない。それはこれまで感じていたもう一人の客人のものだ。


「……居る。確実に」


 あちらも私に気づいたようで同じように足を止めたのを感じた。

 これまでも互いに存在は認知していた。

 しかし絶対に超えられない壁のようなものが我と彼の間にはあったのだ。

 だから会うことはないのだろうと思っていたが突然、邂逅の時が訪れた。


「こんばんはお姉さん。素敵な夜ね?」


 山道を下って来たのは白いワンピースを着た金髪碧眼の童女だった。

 愛らしさを凝縮したような外見だが中身は真逆。あれは少女の形をした怪物だ。


「なるほど。先生が私程度の殺気では動じぬのもの納得だよ」


 己が裏において上位に入る実力者であるという自負があった。

 実際、第三者からもそのように評価を受けている。

 だが目の前の怪物とはどれだけ備えをしても十やり合えば十負けるという確信があった。


「先生? まあそれはさておき私の圧にもあまり動じていなかったし生来の気質じゃないかしら」


 目立つ外見。底の見えない力。

 広く認知されていても不思議ではないが私はまったく知らない。


「先生は偉大だからそれもあり得るか」

「こんな形でお会いするなんて夢にも思わなかったわ」

「それはこちらも同じだ始まりの客人よ」


 どちらにとっても予想外の邂逅であるのは間違いあるまい。


「名乗りの礼を取ろう。祓主旭だ。こんな夜更けに何をしている?」

「見て分からない?」


 少女の形をした怪物は少し胸を張り告げる。


「――――カブトムシ捕りよ」

「何やってるんだ貴様」


 いや確かに虫かごと網を持ってはいたけれど。

 それでもこんな規格外の化け物が夜中に昆虫採集に興じているなどとは思わないだろう。


「女の子だってカブトムシやクワガタを捕っても良いじゃない。男女差別?」

「そうではなくて……もう良い」

「あらそう? とりあえず名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀よね」


 怪物は居住まいを正した。


「私はテュポーン。偽名と思われるかもしれないけれど生憎、これが今の私の本名なの」


 どうぞよしなに。クスリと妖しく笑い怪物は優雅に一礼をした。

 ……虫かごと虫捕り網が邪魔過ぎるな。


「で、私からも聞きたいのだけれどお姉さんこそこんな夜更けに何をしているのかしら?」

「見て分からんのか?」


 ふぅ、と小さく溜息を吐く。


「――――腹を切りに行く途中だ」

「何やってるのあなた」

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