客人 限界OLなラスボス⑨
「そうか、そうだったのか」
勝手に納得しないで欲しい。説明、説明をして?
「山本さん、権藤さん……俺は今、本当の意味であなたたちを理解したよ」
この人は神妙な顔で突然、何を言い出すのだろうか。
説明、説明を要求します。そんな私の内心を察したのか彼は頷き口を開いた。
「……不快にさせてしまうかもしれないが」
「構わなくってよ」
そもそもが人類を滅ぼそうとしている大悪党なのだ。
どんな悪口雑言も甘んじて受け入れよう。
「線路の向こうからやって来た君を見て俺は直ぐに分かったよ。見た目通りの存在ではないって」
人知及ばぬ力を持つ怪物であると。一目で見抜いたという。
さもありなん。生まれ持った感性もあるだろうがこのマヨヒガは彼の領域だ。
自らの腹の中に居る存在がどんなものであるかぐらいは分かるだろう。
「だが力以上に俺の目を引いたものがあった」
「力以上に? それは一体」
なぁに? 私の問いに彼は酷く真剣な顔をして答えてくれた。
「――――溢れんばかりの凄まじい限界OLオーラ」
真剣な顔で口にすることではないと思う。
「それを前にすれば恐怖も霞む。いや別の意味で慄いてはいたんだがね」
ブラック企業に勤めていたからこそ分かるのだと彼は言う。
その目には私が日常生活もままならぬほど擦り切れているように見えていたのだとか。
困ったことに否定は出来ない。ある程度、落ち着いた今だからこそ分かる。
平気だからと食事をしなくなるのは正気の沙汰ではなかろう。
「……今挙げた二人もそうだった」
劣悪な環境で心身を摩耗させ限界を迎え去って行ったという。
まあ規模は違えど私の世界もブラックと言えなくもないけれど……。
「俺はただ彼らを見送ることしか出来なかった。どうしてそうなったかなんて考えもしなかったんだ」
「どうしてって」
彼が言っていただろう。ブラックな環境で摩耗して、と。
私の指摘に彼はゆるゆると首を横に振る。そういうことではないのだと。
「何故俺の方が長く保ったのか。何故彼らが自分を見失い壊れてしまったのか」
その答えが分かったのだという。
「精神の頑健さやキャパシティも当然あるがそれは根っこじゃない」
では根本的な原因とは何なのか。
私が視線で続きを促すと彼は静かに答えを告げた。
「彼らは“選べなかった”んだ」
「……選べなかった?」
「俺はさ就活前から決めてたんだ」
曰く、彼は昔から短気でやらかしていてそのことをとても反省していた。
大人になってからもこれではいけないと入った会社で嫌なことがあっても頑張ろうと決めたのだとか。
「頑張ると最初から自分で決めていたから自分を見失うほど壊れることもなく長持ちしたんだ」
先ほどの人たちは辞めてからも後遺症に苦しんでいるとのこと。
だが彼は気が抜けているだけで日常生活に支障はない。
それも全て自分で選んだという事実が柱になっていたからだという。
「山本さんたちにはそれがなかったんだ」
何となく入社してずるずる引き摺られ考えて選ぶという余裕もなかった。
だから行きつくところまで行きついてしまった、と。
言いたいことは分かったが反論させてもらう。
「私はその方たちと違うわ。だって自分の意思で選んだもの」
「本当に?」
「自分の意思で選んでなければ人類を滅ぼすなんて業、背負えはしないわ」
「いや背負えてないじゃん」
彼はいきなり剛速球を放って来た。
「選ぶのと流されるのは違うだろう」
「……私が、流されてこの道に入ったと?」
殺気が漏れ出てしまう。自らの覚悟を侮辱されたからだ。
しまったと思う私だがあっさり受け流す彼に驚きを覚える。
こんな見てくれでも一般人が私の放つ殺気を浴びたら物理的な影響さえ及ぼしてしまう。
マヨヒガに護られているからというよりは彼が真実、己の考えを疑っていないからだろう。
だから私の殺気など“難癖”だと受け流せた。
こうなると私としても素直に耳を傾ける他ない。
「話を聞くに君、どこかで一度でも立ち止まって考える暇があったか?」
「それぐらい幾らでも」
「あった? 本当に?」
食い気味に迫られ言葉に詰まる。
「世界を滅ぼす怪異とやらを倒した際に世界の真実を知って、だ。
このままでは世に地獄が溢れるてしまうと必死になって打開の手を探したんだろう?」
そうだ。その通りだと頷く。
「で、結局駄目だった」
「……そ、そうね」
あまりにも遠慮がなくて少したじろいでしまう。
「ならば少しでもマシな形をと君なりに人類を滅ぼす決意を固めた」
「そうよ」
「何だっけ? 死のない世界に適応出来るよう人類を進化させる、だったよな?」
頷き続きを促す。
「素人の俺でも途方もない道だと分かる。どこから手をつければ良いかも分からないぐらいな。
パッと思いつくだけでも研究は必要だろう。そうなると人も金も時間も幾らあっても足りない。
最初は部下も居なかっただろう。部下が出来ても何もかも放り投げることはしなかったはずだ。
多分君はかなり出来る人間だ。そして責任感が強い。人が増えても自分の仕事を減らしはしなかったんじゃないか?」
私は言葉を失っていた。彼の言わんとしていることが理解出来たからだ。
もう一度聞くぞと彼は私の目を見て問う。
「――――立ち止まってる暇なんてあったか?」
私は答えられなかった。
「決断する事柄が大きければ大きいほど考える時間も増える。
即断即決は悪いとは言わないが時と場合によるだろう。
少なくとも世界規模の問題に対して即断即決するというのは些か軽率なんじゃないか?
待ち受けている破滅を考えれば尚更、慎重になるべきだ」
熟慮に熟慮を重ねたのか。
嫌になるほど葛藤を味わい尽くしたのか。
彼の言葉は情け容赦なく刃となり私の胸を刺していく。
「君は言ったな。マヨヒガから出られないのは自分の側に問題があると」
「……」
「それが何よりもの証明なんじゃないか?」
どうにもならない状況に追い込み無理矢理にでも立ち止まらせる必要があった。
だからマヨヒガは君をここに閉じ込めたんじゃないか?
半ば確信を持って告げられた彼の推測に私は反論の言葉を持たない。
私自身、そうではないのかと思ってしまったからだ。
「……考える時間が必要だろう」
気付かなかったこと。認めたくないこと。全てが明らかになったのだから。
彼は立ち上がると宿直室を出て行った。
「……私は」
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