雪中、レトロな駅舎にて
「……おぉぅ」
降りしきる雪の中、俺は眼前に佇む赤い屋根の駅舎を呆然と眺めていた。
築百年近いであろう古めかしい木造のそれは天候も相まってか何とも侘しい。
我に返った俺はゆっくりと引き戸に手をかけた。
少々立て付けが悪く硝子がガタつく音と共に戸が開かれ中へと入る。
「凄いな」
年季の入った長椅子が置かれた待合室。漆喰の壁には複数のポスターが貼られている。
ビール瓶を傾け微笑む女性が描かれたそれは商品の宣伝だろう。
彫りの深い男性が女性を抱くポスターは映画のそれか。
見れば標語が書かれたものまである。
レトロなイラスト、書式で構成されたそれらに“見覚えはない”。
「……」
しばし中を観察してから窓口付近にあるドアを開け駅務室へと入った。
部屋の中央ではこれまた少し錆が浮いた石油ストーブが金網を赤熱させている。
丁度良いと近付き冷えた手を翳すとじわりじわりと指先から熱を帯びていく。
落ち着いたところで椅子に腰掛けデスクを見るとそこには先ほどまで存在しなかった湯呑みが置かれていた。
「梅昆布茶か」
俺の好物だ。
ぐいっと飲み干し改めて室内を見渡し思う。
「これ、どういう原理なんだ?」
この駅は現実に存在する、或いはかつて存在したものではない。
これは俺が思い描いた空想の産物だ。
だがその割にはディティールがあまりにも作り込まれている。さっきのポスター等がそうだ。
ふんわりとしたイメージを肉付けしてリアルなものにしてしまう。
これは一体どういう原理なのかと首を傾げ……途中で馬鹿らしくなり苦笑が漏れる。
「オカルトに理屈を求めてもしょうがないよな」
あれが食べたいな。
そう頭の中で考えると机の上に駅の雰囲気とは不釣り合いなスナック菓子が出現した。
それを摘まみつつ駅――いや、“マヨヒガ”について思いを馳せる。
マヨヒガ。東北地方で語られる伝承の一つだ。
ざっくり説明すると迷い込んだ人間に富を授ける不思議な家。
少し前、俺はその不思議な家を祖父から譲り受けたのだ。
遺言書に記されたマヨヒガの説明を改めて口に出してみる。
「曰く、勝手に飯が出てくるので飢えや渇きとは無縁」
この茶と菓子がそうだ。
「曰く、金運に恵まれ普通に暮らす分には不自由しない」
少し前に付き合いで買った少額宝くじが全部当選してた。
「曰く、ある程度、家屋や周辺の地形を変えられる」
最初は霧の中に佇む昔話に出てきそうなお屋敷だった。
それをこの能力で雪の中に佇む駅舎に変えたのだ。
「曰く、時折“妙な輩”が迷い込んで来ることもある」
気になるのはここだ。
相続してから俺がマヨヒガを訪れたのはこれで三度目になる。
だが今のところ祖父が言う妙な輩と出くわしたことはない。
「伝承で語られるマヨヒガからして人が迷い込んで来るのはそう不思議でもないが」
だとしても妙な輩などと称するだろうか?
それにそもそもの話、マヨヒガの伝承で家主について言及されたものはない。
探せばあるのかもしれないが少なくとも俺が知る範囲ではなかった。
焦点が当たるのはあくまで迷い込んだ人間についての悲喜こもごもだからな。
だから人が迷い込んで来ても家主たる俺が関わることはないのではなかろうか。
ということは、だ。
「祖父さんが言及した妙な輩というのは別口と考えるのが自然……か?」
普通に迷い込んだ者とは特に関わることはない。
しかし妙な輩の場合は家主が関りを持つ必要がある、と。
「恐らく危険性はないんだろうが」
もしそうなら注意喚起してるだろうしな。
孫を謀殺するつもりとかなら話は別だが、流石になかろう。
疎ましい相手にこんなアルティメット不労所得を遺すわけがない。
ならば余計な先入観を持たせないように最低限の言及だけで留めた、とか?
「おっと」
つらつらと考えていたらぐうと腹が鳴った。
そう言えば飯がまだだった。
変に菓子を腹に入れたものだから忘れていた空腹が刺激されてしまったらしい。
さて何を食べようかと思案する。
「お」
石油ストーブが目に入り天啓を得る。
すると俺の意図を酌んだマヨヒガが物を用意してくれた。
複数のカップ麺とヤカン、アルミホイルと新聞紙に包まれたさつまいも。
出来上がったものを出すこともできるが
「それじゃ味気ないもんな。作る楽しさを味わいたい時もある」
窓の外を見る。
薄暗い空から深々と降り注ぐ雪が線路に積もっていく。
外に出ればさぞや寒いだろう。肌を刺す冷気は体だけでなく心も凍えさせるのは想像に難くない。
こんな日に木の香りに包まれた温かい部屋の中で食らうカップ麺と焼き芋、
「……堪んねえ」
想像するだけで涎が出そうだ。
マヨヒガを冬の駅舎という環境を変えたのは完全に俺の趣味である。
環境が変えられるということは俺の性癖に刺さるシチュエーションを整えられるってことでは?
そう思ってからは早かった。他にも候補はあった。吹雪の山小屋、雨の庵とかな。
しかし今の気分的には駅舎だったのでそれらは次に回そうと思う。
「っとと」
ストーブの天板にさつまいもを置き定期的にひっくり返すことしばし。焼き芋の出来上がりだ。
軍手をしていても熱く感じるそれに少し焦りつつ机に持っていく。
直ぐには食べない。コイツは食後のデザートだ。
机からヤカンを持って行き入れ替わりで天板の上に置き湯が沸くのを待つ。
「……よし」
ヤカンを回収して机に戻り事前に選んでいたカップ麺(カレー味)に湯を注ぎ準備完了。
幾つになってもこの待つ時間の楽しさは薄れない。
ジジイになっても俺はきっとこんな風にワクワクしてるんだろうな。
「ご機嫌な昼食になりそうだ」
まったくマヨヒガって最高だな。
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