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第99話『黒と蒼の脈動』

 状況はヴィンクルムが少し劣勢。ながらも迅鋭だって油断はできない。互いが互いに思考を巡らせていた。


(こいつ……動きが変だな。おそらくは何かしらの特殊能力を持ってる)


(想定より何倍も強い。長期戦になると負けるのはこっちだ)


 迅鋭は刀を振って血を飛ばし、逆手の刀を前へと突き出す。

 ヴィンクルムはチャクラムを回転させながら、親指と人差し指でチャクラムを掴んだ。


(離れると奇妙な軌道のチャクラムが来る。やはり接近戦で倒すしかないか)


(アレは……まだだ。後でエンテイ様の肉壁になる時に少しでも時間を稼ぐ時に使わねば)


 両者、荒い呼吸を整えながら──構えた。二人の静寂の間にポップなBGMと可愛らしい女性の明るい声が割り込んでくる。


(とっとと倒してイヴの所へ──)


(さっさと倒してエンテイ様の元へと──)



 ──溜め込まれたチャクラムを地面に叩きつける。


 チャクラムはバッタのように跳ね回り、火花を散らしながら天井と壁と床とを駆け回りながら迅鋭に襲いかかる。

 それらを『羽衣』で防御しながらヴィンクルムへと斬りかかる。


 ──飛び回るチャクラムをキャッチ。刀をチャクラムで防ぐ。

 ボクサーのジャブのように放たれるチャクラムによる殴打。『先の点』による見切りで回避し、受け流す。


「──っ!?」


 前からの斬撃──そこへやってきたのは後ろからのチャクラム。高速回転する刃が迅鋭へと襲いかかる。

 ──弾く。『羽衣』ではなく、普通に握って側面を叩き、弾き飛ばす。

 だからこそ見える隙。弾いた隙に的確にチャクラムの打撃が放たれる──。


 ──迅鋭の手がヴィンクルムの手首へ。打撃のスピードに合わせながら回転させ──後方へあったコインゲームへと叩きつけられた。

 レトロゲーム『海洋物語』の主人公であるマリンちゃんの「プクプクプク~♡」というあざとい声が響き渡った。


「っ……この声嫌いなんだよ──!」


 立ち上がろうとする所へ迅鋭の刀がやってくる。

 ヴィンクルムはこれを回避。刀は綺麗に積まれたコインの山を切り倒す。


 機械の中身を駆け回る。仕切りを壊しながらコインを踏み潰しダッシュ。スピードには差があるが、それを迅鋭は『波紋』により埋めた。


 ──ガラスを突き破って飛び出る。またまたマリンちゃんの「暴力は禁止ですぅ♡」というぶりっ子な声色が響いた。

 ガラス片にも臆することなく迅鋭の斬撃。だがやはりスーツの差は大きく、迅鋭による猛攻も全て弾かれてしまった。

 そこへ放たれるヴィンクルムの蹴り。迅鋭は直撃するも器用に衝撃を受け流し、地面に転がりながら停止した。


 近くに置いてあった小型のコインゲームに蹴りかかる。迅鋭はそれを回避しようと走る──が、フェイント。少しの間を置いてコインゲームは蹴り飛ばされた。

 とんでもない豪速球で飛んでくる機材。レトロな画面が虹色に光りながら迅鋭の横を通り過ぎた。


 その隙にヴィンクルムはチャクラムを落ちていたもう一つのチャクラムへ投げた。

 大きな回転力を加えた円盤はチャクラムに直撃。回転力が伝わり、超高速で迅鋭に飛びかかった。


「くっ──!」


 ギリギリで弾く。──そこへ回し蹴りが入った。

 刃の根元で攻撃を受けるも、蹴り飛ばされて箱型のシュミレーションゲームへと壊し入る。


『こんにちは☆私は星の戦士『サテラ』だよ! このゲームは──』


 ゲームのルール説明が始まった。だが迅鋭には微塵も興味がなく、というより、気にする余裕がなかった。

 追撃しに来たヴィンクルムのチャクラムを防御。受けきれずに奥へと飛ばされる。


 そこへ更なる追撃でのチャクラムを投げつけるが、迅鋭はそれをパリィ。上へと弾き飛ばす──それをヴィンクルムはキャッチ。

 上から下へと振り下ろし。それを防いでからの斬撃──これを回避してのカウンター。

 攻撃とカウンターの応酬。ぶつかり合う火花が暗い箱の中に光を灯し続ける。


『それじゃあ準備はいい? レッツ──ゴー!』


 ──二人の前に現れる謎のモンスター。ドロドロのまさに『スライム』といった様相のホログラム。

 だが──二人の攻防は意に返さず続く。


『一ポイント!』


 なんて可愛い声も刀とチャクラムの衝突する音でかき消された。


「このゲームはしたことある?」


「ロア殿に連れられてなら!」


 壁を蹴って横回転。逆手の斬撃がヴィンクルムの前腕を切り裂く。


「っ──まさか銃以外でもポイントが入るのはビックリだよね!」


「ロア殿は最後の方にイラつきすぎて、そこの妖怪を直接殴りに行っとったぞ! もしかしてそれはズルか!?」


「アンタのボス破天荒だね──!!」


 ヴィンクルムのチャクラムがフック気味に投げられる。円盤は箱の外壁を切り裂き、やがては箱を完全に上下に分けた。


 柄頭をヴィンクルムのみぞおちに沈みこませ、掌底で顎を殴りつける。そのまま押し込み箱から脱出──迅鋭のうなじと前腕を掴み、力技で投げ飛ばした。


「くっそ──っ!」


 体験型格闘ゲーム『タワーオブファイト』の奥へと落下。ホログラムの画面にキャラ選択の画面が映し出される。

 ヴィンクルムはもう一つのチャクラムを回収して、ひとっ飛び。ゲーム機を挟んで──構えた。


 力を溜め込み、そして──蹴り飛ばす。

 ゲーム機は砕け壊れながらぶっ飛ぶ。奥の服屋へと破片を撒き散らしながらマネキンに衝突する。


(いない──!?)


 ──下。這いずるように下がっていた体。起き上がると同時に刀の斬撃がヴィンクルムに襲いかかる。

 避け──きれない。ヴィンクルムの身体を縦に裂いた。



「……見えた」


 ボタボタと流れ、血溜まりとなっていく光景を床に見ながら、ヴィンクルムはそういう迅鋭を見上げる。


「溜め──じゃろ?」


「ふ……ふ。気がつく、のが……遅いんじゃ?」


「慣れてないんじゃよ。大目に見ろ」



 ──ドンピシャ。ヴィンクルムの能力は『チャージ』である。

 効果はそのまま。動きを止めて力を溜め込むことにより、通常よりも何倍も高い威力の一撃を放つことが可能。威力は溜める時間により、溜めれば溜めるほど威力は比例して大きくなる。


 ヴィンクルムがよくするフェイントはこれが理由だ。攻撃のタイミングをズラすように見せ、その実はチャージする時間稼ぎ。

 戦闘中は常に片手にチャクラムを握っていたのも、チャージ中の隙をカバーするためでもあったのだ。



 ヴィンクルムは気にしないように見せかけてはいるが、内心かなり冷や汗を流していた。


(くそっ、くそっ! バレるとは思ってたが、ここまで早く見破るとは……!!)


 歯を食いしばりながら立ち上がる。口からも流れ出る血を拭き取り、迅鋭に睨みをきかせた。


「能力に気がついたのに……殺しきれないとは。やはり貴方には失望しました」


「そうか。お眼鏡に叶わなくて残念だ」


 強がりだ。荒れた呼吸からもそれが分かる。対して迅鋭──激しい動きにスタミナこそ消費したものの、ヴィンクルムと比べれば元気そのものだ。


(ちくしょう……幻水迅鋭に出し渋ったのは悪い選択だった。こいつは、こいつを放っておけば──必ずエンテイ様に刃が向かってしまう)


 力の差はもう理解した。もちろんヴィンクルムの方が下。表には出さないが、本人もそれはよく理解している。

 しかし──ヴィンクルムにはその差を埋める手段を持っていた。


「もう遊びは終わりです。貴方と戦っても面白くない。──さっさと殺すとしましょう」


「──」


 異変に気がついた迅鋭。これ以上は時間をかけるわけにはいかない。迅鋭は刀を振り上げて斬りかかる──。



 ──甲高い音が鳴り響いた。

 迅鋭の刀はヴィンクルムの前腕。言うなれば『小手』の部分によって食い止められていたのだ。


「──すぅ」


 突然の変化に固まる迅鋭。そこへヴィンクルムの斬撃が炸裂──する前に離脱し、攻撃を避けた。


 それはさっきまでのヴィンクルムとは似ても似つかない姿だった。

 黒い奇怪な仮面。滑らかで美しい弾丸のような体の鎧。そして前腕側部には鋭い鎌のようなものが。チャクラムが見当たらないので、変化したのだろう。

 例えるならば『黒い人型の蟷螂』だ。その紫の目の部分は迅鋭を捉えると鋭く光った。


「体の変化……なるほど。イヴの『オーバーボルトモード』とやらに似たものか」


 つまり形態変化。ヴィンクルムの能力を底上げし、戦闘能力を強化した姿である。


「『蒼脈(そうみゃく)』。これが僕の真の実力です」


「スーツを着ていてよく言うの。全部脱いでから、その言葉を使ってみよ」


「なんとでも言いなさい。僕の役目はエンテイ様の言葉に従うこと。──その役目をまっとうするまで」


 今まで与えた傷は鎧の中へと消えている。治ってはいないだろう。ならばヴィンクルムが満身創痍なのは今も変わらずだ。


「やり直しといきましょう」


「──上等じゃ」


 迅鋭、ヴィンクルムは同時に構えた。

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